二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

64話 「アカシック・∞」 ( No.234 )
日時: 2015/09/19 15:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 久しぶりの超獣世界。思えば、ユースティティアとの一戦から、こちらの世界には足を踏み入れていなかった。
 そんな久々にリュンに連れられて訪れた場所は、海の底だった。
 勿論、海底そのものではない。海底に沈んでいる建物の中だ。
 正確に言えば、沈んでいるのではなく、沈めているのだが。この建物は元々、海底に建築することを想定したものなので、沈んでいるのは当然と言える。
「……っていうか、ここ本当に図書館なの? なんかすっごい狭いけど」
 リュンが転送した先は、狭苦しい一室。見上げても闇しか見えないほどに天井は高く、十二面の壁は暗青色に染まっており、それ以外にはなにもない空間。
 ただ、たった一面、壁に扉のようなものがついているのが見える。
「まあ図書館だよ。でも、図書館っていうのは、いろんな人が記録された書籍を読むところだよね。だけどここは、この星のあらゆる知識や概念を記録し、保管するところだ。誰かに見せるわけでもない。なによりも知識を重んじる賢愚神話にとっては、宝物庫みたいなところだ」
「ただただ保管と記録をするためだけの場所、ね」
 ゆえに、ここは知識を記録し、保管する以外の一切の機能を排している。ここは、ただそれだけのことを為すための場所なのだ。
「それにここは入口、エントランスみたいなところだしね」
「でも、誰もいないし、窓一つなくて、ちょっと息苦しいわね」
「窓があれば、海の中を見れてすてきですね」
「でもここ、水深何千メートルって深海だから、外は真っ暗だよ」
「……そういえばここって、どうやって入るのかしらね」
 たった一つの扉に目を向ける沙弓。見たところ、普通の金属製の扉に見える。まさかあの扉を開けたら海の中でした、なんてことはないだろう。そもそも水圧で開けることすら敵わない。
 出入り口ではなさそうな扉が一つしかないにも関わらず、どうやってこの場所へと入るのか、半ばどうでもいい謎が生まれてしまった。
 そんな折にふと、リュンは呟く。
「……そろそろかな」
「え? なにが?」
 それを暁が聞き返した直後。
 背後でに、何者かの気配を感じた。
 そして、暁たちが振り返った瞬間、その者たちが視界に飛び込んできた。
「お待たせしました、リュンさん。それと、東鷲宮の皆さん」
 そこにいたのは、小柄な少女が二人。
 一人は水色のドレスに、片足だけのガラスの靴が特徴的な少女。
「彼女を連れてきました」
 そして、もう一人は、
「あきら……やっとあえた……」
 華奢で、瞳には無感動な光を灯した少女——日向恋だった。
「恋! どうしてここに?」
 本来ならば、彼女たちは烏ヶ森の生徒で、目的は同じであっても基本的に自分たちとは別に行動している。
 それがなぜ、この場へと来たのか。
「恋さんが、東鷲宮の皆さんと行動したいと言うので、連れてきました」
「今日はつきにぃが許してくれた……」
「思ったよりも単純な理由だわ」
「まあともかく、ありがとう、氷麗さん。お疲れさまです」
「では、私はこれで失礼します」
 そう言うと、瞬く間に氷麗は消え去ってしまった。
 どうやら本当に恋を連れて来ただけだったようだ。
「……なんかあっさりしてるわね」
「彼女も忙しいんだよ。なんでも、一騎君のところでは、仕事がたくさんあるみたいだし。それにも僕も色々と頼みごととかしてるしね」
 そんなことより、とリュンは仕切り直す。どうやら、やっと本題に——この場所を訪れた理由を話すようだ。
「今回、君たちを連れだしたのには、それなりのわけがあってね」
 役者が揃ったとでも言うように、リュンは改めて一同を見渡した。
 そして次に、暁と恋に交互に視線を向ける。 
「君たちのことについては、氷麗さんやウルカさんたちとも、色々と話をしたんだけどね。暁さんのコルル、恋さんのキュプリス。神話の語り手である二人が、それぞれ神核と呼ばれる物体を通じて十二と邂逅し、新たな力を得た。僕は、これについては他の語り手のクリーチャーにも起り得ることだと思っている。そして、僕らはその現象を神話継承、力を得た新たな姿を継承神話と、便宜的に呼ぶことにした」
「シンワケイショーとケイショーシンワ……?」
「なんか同じ漢字の語順を入れ替えただけでややこしいわね」
 確かにそうなのだが、“神話を継承する”という現象が神話継承、“継承された神話”という結果が継承神話、というように考えれば分かりやすいだろう。後ろの単語を基準にすればいい。
 そんな付随説明で二人をいなしつつ、リュンは続けた。
「これについては、僕もいろいろ調べたんだけど、詳しいことはまだわかっていない。けれど、推測するに神話継承を起こすには、二つの条件を達成する必要がある」
「二つの、条件……?」
「そう。一つは神核。これを通じて、二人は十二神話と出会ったんだよね?」
「うん、そうだよ。なんか急に熱くなったと思ったら、周りの景色とかが変わって、神話空間じゃないところにいて……」
「そこに、アポロンさんがいたんだ。ただ、自分はただの残響だって言ってたぞ」
 つまり、あれはアポロン本体ではない。あくまで、彼が残した意志のみにすぎないのだ。
 暁に続き、恋もキュプリスがキュテレイアへと進化した時の様子を語る。
「私は、神核は持ってなかった……でも、ユースティティアの城のどこかか、それか地下とかに……あったんだと思う」
 恋は神核を持っていなかったようだが、それでもキュプリスは神話継承し、継承神話——キュテレイアへと進化した。
「その恋さんのパターンから察するに、神核は所有していなくても、ある程度近くにいれば反応することが分かる。では、どうやったら神核が反応するのか。それは、各神話ごとの条件を満たした瞬間に、神核が応えるんだと思う」
「条件? 条件に重ねて条件って、どういうことかしら?」
「条件っていうか、まあ、思想とか意志とか、そういうものかな。十二神話っていうのは、凄い個性的で、それぞれが持つ思想や意志は全然違う。そんな十二神話がそれぞれ持つ思想と同調したとき、条件は満たされると思うんだ」
 暁の場合は、どのような仲間も受け入れ、共に戦う意志。
 恋の場合は、仲間を必要とし、慈愛の心を持つという自覚。
 それは《太陽神話》と《慈愛神話》が掲げる思想であり、彼らの生き様そのものでもあった。
 そういった十二神話にそれぞれ対応した観念を持つことで、神核は十二神話と繋がるのではないかと、リュンは考えた。
「だから、そのヒントを探すためにも、皆をここに連れてきたのさ。ここには各十二神話についての蔵書もある。君たちがかつての十二神話について知るきっかけになるんじゃないかな」
「成程ね。納得できない話ではないわ」
「でも、十二神話と同調するって……どういうことなんでしょう? あきらちゃんは、どんなかんじでしたか?」
「うーん、よくわかんないや。あのときは、本当に必死で、無我夢中だったし……恋は?」
「私も……でも、あのとき、キュプリスに言われて……そう」
 当時の事を思い返し、恋は思うがままの言葉を紡ぐ。
 あの時の感覚を、最も近い言葉で言い表すならば、こうなのだろう。
「自覚、した……自分の心を」
「……自覚、か。それが神話継承するための、大事な要素なのかもしれないね」
 そして、リュンは続ける。
「とまあ、ヒントは当事者から話を聞くだけでもありそうだけど、やっぱり肝心の部分は感覚的になってしまって、詳しいことは分からない。むしろそれは、当事者にしか分からないものであるのか、それとも君たちそれぞれによって違うのか……なんにせよ、こればっかりは君たち本人が見つけていくしかなさそうだ」
 そんな風に、リュンはまとめた。
 これまで、封印が解けたばかりの語り手たちは、とてもこの世界を統治できるような力は持ち合わせていなかった。
 しかしそれは、神話継承からなる継承神話の存在により、あえてその状態にされていたのだと推察できる。かつての十二神話がなにを思ったのかは分からないが、継承神話の存在が確認できたということは、まだ力の弱い語り手であっても、神話継承を為すことでかつての十二神話に迫るほどの力を手にすることができる。そしてそれが、いつか成し遂げられるはずの、この世界の統治、そして調和と安定に繋がるのだ。
 そうなれば、リュンの目的は達せられる。ここまで、語り手の存在を信じて正解だった。
「じゃあ、僕は僕の方で調べものをしてるよ。終わったら連絡するから、それまで行動は自由だよ。ここはクリーチャーもいないし、安全だけど、くれぐれも外には出ないでね。もっとも、出たらすぐそこは深海だから、出るに出れないとは思うけど」
 最後にそう言って、リュンは一人先に、奥の扉へと消えていくのだった。

64話 「アカシック・∞」 ( No.235 )
日時: 2015/09/24 02:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

「……最後だけ投げた」
「なんか最近のリュンって、あまり私たちに干渉しなくなったわよね。なにかあったのかしら」
 自分たちもクリーチャー世界についてはかなり知識を得ていたが、それでもまだそのすべてを知っているわけではない。知らないことも、非常に多い。
 なので、リュンに導いてもらう必要性もまだ感じるのだが、リュンからしたらそうではないのだろうか。
「まあでも、とりあえず今回は私たちだけで動きましょうか。というわけで、リュンに代わって私が取り仕切るわ。そもそも遊技部の部長は私だし。日向さんは一時的な仮入部員ゲストってことで」
 と、沙弓は部長ぶって、そんなことを言い出した。
「いつもなら二人組で分かれてたところだけど、今回は日向さんもいるし、二人組と三人組に分かれて——って、カイ! どこ行くの?」
 とりあえず手分けして動くことを提案する沙弓だったが、すべて言い終わらないうちに、いつの間にか浬が扉の方へと歩いて行く。
 沙弓はそんな浬を呼び止めようとするが、浬は扉に手をかけたところで、首だけで振り返り、
「……俺は一人でいい」
 それだけ言い残し、扉の向こうへと消えてしまう。
 そうして残された四人は、しばし呆けていた。
「……なにあいつ」
「かいりくん、どうしちゃったんでしょう……?」
「なんか今日の浬、ちょっと変だよねぇ。部室にいた時は普通だったのに」
 どうにも様子のおかしい浬だったが、本人がすぐさまどこかに行ってしまったので、確かめようもない。
 もっとも、問い詰めたところで口を割るかと言えば、そうとも思えないが。
「まったく、しょうがないわね……仕方ないから、カイは放っておいて、私たちで二人組に分かれましょうか」
「オッケーでーす」
 嘆息する沙弓。今から追いかけてもいいが、あの様子だとなにを言っても聞かないだろう。仮にもクリーチャー世界で単独行動はあまり褒められたことではないが、この際仕方ないと割り切る。
 ともあれ、浬は一人で行動。そして残りの四人で二人組に分かれることとなった。
 真っ先に暁は、くるっと柚の方に向く——、
「それじゃーゆず、いっしょに——」
「あきら、いっしょに、いく」
「うぉっ!?」
 ——が、その直後に恋に腕を引かれ、その場で一回転してから彼女に連れて行かれた。
「あ……あきらちゃん……っ!?」
「あっと言う間に暁をかっさらっていったわね」
 もう既にそこに暁と恋の姿はなく、沙弓と柚の二人だけが取り残されていた。
 望む望まない関係なく、非常に強引で場当たり的な形になってしまったが、なにはともあれ手分けはなされた。
 柚は、暁が消えて行った扉を見つめている。
「あきらちゃん……」
「……まあ、今回は私と行きましょうか、柚ちゃん」
「は、はひ……」



「ご主人様、よかったのですか?」
「なにがだ」
 一人で図書館の奥へ奥へと進んでいく浬。ここまで、何度扉を潜っただろうか。いくら扉を潜っても同じような部屋ばかりなので、自分がどこにいるのか分からなくなりそうだ。
 だがやがてエリアスに呼び止められるように、声をかけられた。
 その呼びかけに応じて、足を止める。
「皆さんから一人はずれて……これでは、ご主人様が仲間外れにされているように——って痛いです痛いです冗談です!」
 エリアスの軽口を、彼女の頭を鷲掴みにして制する浬。
 そして、あらためてこの図書館を見渡した。
「……ここはまるで、バベルの図書館のようだな」
「それはなんですか?」
「現在、過去、未来において記される書物のすべてを保管している、架空の図書館だ。この場所は、その図書館の構造とよく似ている」
 どこまで進んでも、同じ書架が並ぶ空間。
 どこか謎めいていて、どこまでも続く、果てしなさが、この世には存在しないはずの図書館と似た雰囲気を感じさせる。
「しかし、当然だが、人はいないな」
「すべて自動的(オートマチック)に稼働していますからね。それにこの図書館は、保管と記録を同時に行う場所です。この世界に次々と流れ込んでくる概念を自動でキャッチし、知識として記録する役目も担うのが、この図書館です。なのでここはただの保管庫ではなく、記録場でもあるんです」
「自動で記録し、書籍の形にするのか……だが、そんなことを繰り返していたら、図書館に収まりきらないだろう」
「いいえ。この図書館は特殊なサイバーウイルスで構成されていて、必要に応じて増設——増殖します。なので、保管場所がなくなるということはありえません」
「……今更な話だが、スケールが違うな」
 人間世界では考えられない技術と発想だ。
 浬は超獣世界との差異を改めて実感しつつ、適当に本棚から本を抜き取り、ぱらぱらとめくる。
「……ご主人様は、調べたいことなどがあるのですか?」
「…………」
 浬は答えなかった。
 エリアスの言うように、浬には調べたいことがあった。だが、それがなにかは、彼女の前では言えない。彼女がいる前で調べることもできない。
(……言えるわけないよな。“こいつ自身”のことが知りたいだなんて)
 賢愚の語り手、エリアス。浬の有する、賢愚神話の語り手。
 浬は、彼女のことが知りたかった。しかしそれは彼女への好意から来るものではない。
 むしろ、同情から来た欲求だ。
 今まで、エリアスのことも、そして彼女が使えていた神話のことも、幾度と聞いてきた。彼女自身の口からも、少なからず語っている。
 賢愚の語り手、エリアスの処遇。
 かつて賢愚神話が彼女に為した行い。
 それを知ってしまった浬は、彼女と、彼女の語る神話の間になにがあったのか——



 ——知りたい。

64話 「アカシック・∞」 ( No.236 )
日時: 2015/09/26 03:47
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 恋と共に暁は、一つの部屋へと引っ張り込まれる。
 当然のようにその中も壁がほぼ全面書架で、他の部屋との相違が全く分からない部屋だった。
 とりあえず恋に引っ張られることがなくなり、呼吸を整え、暁は動悸を落ち着かせる。
「ビックリしたなー……もう、恋ったら」
「……ふたりきり」
「ん? あー、そだね。あの時以来だね」
 ユースティティアとチャリオット、あの二人との決戦以来だ。
 しかしあの時は状況が状況で、すぐに分かれたので、ゆっくり話をするような時間はなかった。
(浬が部長と組んでくれれば、柚と恋と私の三人で動けたけど……ま、でも恋のこと知れるいい機会だし、別にいっか)
 あの一件以降もそれなりに交流はあるが、しかし学校が違うということもあり、暁もまだまだ恋については知らないことが多い。
 こうして二人きりになって、ゆっくり話す時間があるのだ。これを好機と見てもいいだろう。自分たちは既に神話継承を終わらせており、条件がどうとかを調べる必要もないのだから。
「ねぇ、恋」
「なに……あきら」
「恋はさー、どうしてこっちに来たいって思ったの?」
「あきらに……あいたかったから」
「え? 本当に?」
「うん……」
「そっかー、なんか嬉しいな、そういうの」
 えへへ、とほんのり頬を染めて笑う暁。素直に好意を受け取ると、やはり嬉しいものだった。
(私から友達になろうなんて言ったんだし、私の方からも、もっと歩み寄らないと)
 とりあえず、デュエマについては大体知っている。伊達に何度も打ち負かされてはいない、彼女のスタイルは概ね理解しているつもりだ。
 ならば、自分が知らない彼女とはなんだろうか。そう考えたら、自然と言葉が出て来る。
「恋ってさ、デュエマの他には、なにかやってることとかあるの?」
「……デュエマの、他に……?」
「えーっと、他に趣味とかはあるのかなーって」
 なにも自分たちは、四六時中いつでもどこでもデュエマばかりやっているわけではない。確かに一番好きなゲームはなにかと言われたら、デュエマ! と即答する程度には好んではいるが、それしかやらないわけではないのだ。
 暁だって、漫画や雑誌も読む、アニメも見る、ゲームハードやスマホでゲームだってする。
 なので、恋にはそういった趣味はないのだろうかと聞いてみたが、
「趣味……いろいろ、ある。ゲームとか……アニメとか……」
「へぇ! どんなの観てるの?」
 思いのほか好感触だった。どんな番組を観ているかにもよるが、ここからもっと彼女の事を知ることができる。
「今期のアニメはだいたい観てる……でも、現時点で一番おもしろいのは、やっぱりマジコマ……」
「マジコマって、『デュエ魔法少女 マジカル☆コマンド』のこと? 恋も観てるんだ」
 好感触どころではなく、完全完璧に当たりだと、暁は確信した。
 『デュエ魔法少女 マジカル☆コマンド』。日曜朝に放送している女児向けアニメで、デュエル・マスターズを作品の中に組み込んでおり、遊戯部でもたびたび話題に上がる。
 微妙にデュエマから抜け出せていない作品ではあるが、恋も視聴者ということは、その話ができるということだ。
 さてどのように話を振ろうかと思った暁。だがしかし、それより先に恋が口を開いていた。
 しかも、暁が予想だにしない角度から、切り込んでくる。
「あれは今年一番あついアニメ……今シーズンから脚本は青葉鋏山かわって、新しい要素を多数くみこみつつもこれまでの雰囲気を壊さずにすすめてるし、昨年の映画がヒットしたこともあって、資金面の心配はない。演出面の技術の向上で、これまで以上に高度なアニメーションになってる……」
「……へ?」
 一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。「今年一番あついアニメ……」以降の台詞を、認識できなかった。
 暁は訊き返そうとするが、それを制するように、恋が次の言葉を紡いでいる。
「やっぱりだいじなのは資金面……メディアミックスも成功したことがきいてるんだと思う……難しいの決断だっただろうけど、思い切ってコミカライズ、ノベライズに手を伸ばしたのは正解だった」
「え、えっと、恋……?」
「コミックは海外からきた新進気鋭の漫画家、Max Schultz……ノベルスは比良坂浄土と伊勢誘の神話コンビ……これで売れないわけがない」
「マックス……コンビ……? なにそれ……」
 この時点で恋がなにを言っているのか、完全に理解不能となっていた。同じ話題を共有しているはずなのに、日本語と中国語で会話をしているよに、話が噛み合わない。
「あと……ノベルスは、百合展開が受けたのがよかった……急な展開だったけど、やっぱり比良坂は話のつくりがうまい……すんなり受け入れられた。ちなみに私の推しはニコ天……異論はみとめない」
「そ、そっか……」
 もはや暁は恋の話を理解することを放棄し始めていた。当人の恋は楽しそうなので、水を差すのも気が引ける。いや、そもそも彼女の話に割って入れることができるとも思えないが。
「……あきら」
「な、なに?」
「……すき」
 唐突だった。
 その言葉に一瞬、ガラにもなくドキリとしてしまうが、同時に寒気のようなものも感じる、気がする。
「そ、そっか。ありがと……私も、恋のことは好きだよ」
「……ほんとう?」
「本当だよ、じゃなきゃ友達になろうなんて言わないって」
「そっか……なら、問題は、ない」
 一人で納得したように頷く恋。暁にはなにがなんだかさっぱりだ。
 しかし、表情がまったく変わらない恋から、なにか妙な空気が滲み出ているのを感じる。その空気が暁の首筋を舐め、悪寒を走らせる。
 恋はすぅっと、手を伸ばした。
「……ためす」
「ためす!? な、なに、なんのこと!?」
「ネットでも話題……伊勢の描いたあの構図が、実現可能なのか……」
「構図ってなに!?」
「だいじょうぶ……私は、あきらなら、恥ずかしくない……やってもいい」
「恥ずかしいって!? え!? え……ちょっとちょっと! 恋!? なんで私の服に手をかけるの!?」
 ぐっ、と恋の小さな手が暁のジャケットを掴む。
 全身を全力疾走で駆け回る怖気と今の状況が頭を混乱させ、暁はパニックに陥る。目の前の恋の姿はいつもと変わらない。だが、時分の知る恋ではないことをしようとしている。いやしかし、もしかしたらこれが本当の彼女なのか。今まで見せてこなかっただけで、彼女の本質は“これ”なのか。
 それとも、なにかが彼女を変えたのか。
「……ずっと気になってた。あの構図も……暁のことも」
 これからなにが起こるのか、なにをされるのか、いまいちよく分からないが、なんとなく感づいているような気もする。
 恋は本気だ。それでいて純粋だ。目が淀んでいない。それゆえに怖ろしい。
「だいじょうぶ、いたくはないから……たぶん」
「たぶん!? 痛い要素あるの!? って、待った待った! 待って、お願いだから! 待ってよ、いや、ちょっ——!」
 そして彼女の本質なのか、変質したなにかなのか。
 なんにせよ、暁は彼女の知らない一面を、知ることができるのであった。
 ただし、望む望まないに関わらず、だが——



「——寂しい、柚ちゃん?」
「ふぇ?」
 唐突に、沙弓は柚に呼びかけた。
 柚もあまりに急な問いかけだったためか、困惑した表情を見せている。
「ど、どうしたんですかいきなり……ぶちょーさん」
「本当は暁と一緒がよかったんでしょう?」
「それは……」
「図星ね」
 沙弓がそう言うと、しばらく柚は否定したそうに口をもごもごさせていたが、やがて、諦めたようにコクリと首肯した。
「柚ちゃんは本当に暁が大好きね」
「……あきらちゃんは、わたしの一番のお友達なんです……だから……」
 その後も言葉を紡ごうとする柚だが、言葉にならない。口を結んだまま、開かない。
「成程ね。それじゃあ、暁があの子と一緒にいるのは、柚ちゃんとしてはやっぱり寂しいのね」
「でも、ひゅうがさんが、あきらちゃんを好きになるきもちは、わかるんです。わたしもそうでしたから……」
 寂しげだが、それでもどこか嬉しそうに、柚は言う。
 まるで好きな人の成功を喜ぶかのように、彼女は口元を綻ばせていた。
 寂しさと嬉しさの狭間で、彼女は戸惑っている。どちらの思いが本当の自分なのか。
 どちらの思いが、正しい自分になれるのか。
 柚は、思い悩んでいた。
「……ま、それなら今日一日は、私と付き合ってもらいましょうか。どの道、あの子たちがどこに行ったか分かんないし、否応なしにつき合わせちゃうことになるけど」
「は、はひ……」
「それとも、私じゃ不満かしら?」
「そっ、そんなことはないですよっ! わたしは、ぶちょーさんといっしょでも、いいです……」
「そう。それじゃあ、行きましょう」
 そう言って沙弓は、柚の手を引いていく。赤子のように小さく柔らかな手の感触が伝わってきた。
 その感触を楽しみながら、沙弓は思う。
(一緒でもいい、か……)
 それは、許容範囲、という意味だ。彼女がそこまで範囲を厳密に規定して考えていたわけではないだろうが、無意識的にそう規定してしまっているのかもしれない。
(つまり、私と一緒にいたいわけじゃないのね)
 それを考えると、少し残念な気持ちがなくもないが、それ以前に、少し同情の念が湧く。
 当人が柚についても恋についても、あまり自覚的に考えていないのがどうにもネックになっている。そこさえ彼女が自覚していれば、もっと上手く立ち回れていたかもしれない。
(いや、無理かしらね。あの子はそんな器用じゃないし……そもそも、自覚的じゃないからこそ、魅力的なのよね、きっと)
 彼女の魅力については、沙弓も多少は理解している。直に感じているとは言い難いが、それでも多少は影響されているだろう。
 だからこそ、彼女は柚と恋に挟まれる。そこに出会いの順番なんて関係ない。
 ゆえにいつか、彼女は苛まれることになるだろう。二人の間で板挟みになり、身動きが取れず、悩まされる日が。
(……まあでも)
 今こんなことを言っても仕方ない。
 やがて、向き合わなくてはいけない問題にはなるだろうが、それは今ではない。
 来たるべき時に、彼女たちが、彼女たちの手で、解決すべきだ。
 自分が手を出すべきではないのだ。
 だから、
(せっかく二人きりになったわけだし……今くらいは柚ちゃんをめいっぱい可愛がりましょうか)

65話 「知識欲」 ( No.237 )
日時: 2015/09/26 17:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 ——知りたい。

(っ……!)
 その時だった。
 そう、思った刹那。
(まずい……!)
 発作のように、衝動が襲いかかる。
 御しがたい、強烈な被支配感覚。
 全身を操られるような、すべてを求める欲望。
 そんな欲求が、浬を飲み込んでいく。
(ダメだ……飲まれるな……! こんなことを知っても何にもならない、倫理的に、道徳的に考えろ、俺……! 理性を持て、こんな衝動、抑えろ……!)
 胸を掻き毟り、内から湧き上がる衝動を必死で抑える浬。
「ご主人様? どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ……?」
「っ、エリアス……」
 急に顔面蒼白になった主人を不審に思い、エリアスは浬の顔を覗き込む。
 彼女の氷のように透き通った、クリスタルの瞳が、自分を見つめている。
 その瞳を見ると、彼女の奥にあるものが見えてしまいそうで、そして——
「ぐ……っ!」
「ご主人様!? だ、大丈夫ですか? どこかお身体の具合でも……」
 ——欲求が、激しくなる。
(くそっ、ダメだ……こんな欲望に飲まれてたまるか……!)
 抑えきれない。今すぐにでもすべてをぶちまけてしまいそうなほどに、湧く上る衝動が暴れている。
 すぐ隣では彼女が心配そうにこちらを見つめている。もうその眼を見ることはできない。次に彼女の眼を見てしまえば、本当に抑えられなくなりそうだった。
 氾濫する大河の如く、溢れだす知識への欲求。望むも望まないも関係なく襲い、浬を心身ともに蝕んでいく。
 知りたい、知りたい、知りたい。
 未知の事実を既知にしたい。
 不確定な事項を確定したい。
 未確認な事案を確認したい。
 ただそれだけのこと。だが体が四散しそうなほどに激しく暴れ回るその欲望は、危険すぎた。
 知れば楽になる。欲望に身を任せれば、この苦しみからは解放される。
 いくら抑えても、知りたいという事実に変わりはないのだ。
 ただ事実を確かめるだけだ。恐れることなどなにもないはずだ。
 だから、衝動に身を委ねてもいいのだ。
 知りたいのならば、知ればいいのだ。
(違う……! 俺は……!)
 ひたすら衝動を抑える。事実を捻じ曲げてでも、本当の自分を偽ってでも。
 自分に、言い聞かせる。

(知りたくない……!)



 ——何故、知ることを拒もうとするのかな——



 どこからか声が聞こえる。
 純粋な疑問の声。しかしその裏に秘めた冷やかさと怖気が、耳朶から身を凍りつかせるような、謎の声。
「っ……! なんだ、誰だ!?」
 ——知りたい欲求を抑えようとするだなんて、理解しがたい愚行だよ。知りたいのに知ることを嫌がるなんて、そんな愚考があるものか——
「なんなんだ……! どこにいる! 姿を見せろ!」
『ここだよ』
 刹那。
 一人の男が、姿を現す。
 線の細い、若い男だ。氷の鎧と、水の外套で身体を包み、凍てついた羽帽子と具足を身に着け、腰には飛沫を散らす剣が、手には水流が螺旋する錫杖が、それぞれ収まっている。
 男は軽薄そうな表情で、薄ら笑いを浮かべながら浬たちを見下ろしていた。
『初めまして、霧島浬君』
「っ、なぜ、俺の名前を……」
『知ってるからさ。君のことはずっと見てきたからね、僕の残した核を通して』
「核……」
 それは、神核のことだろうか。
 ふと周りを見渡せば、そこは先ほどまでの図書館ではなかった。酷く冷たい、青い空間。氷の中に閉じ込められているかのようだ。
 そんな折、浬の隣にいたエリアスが、ぽつりと声を漏らす。
「……ヘルメス様」
『やぁ、エリアス。久しぶりだね、元気かい?』
 どこか裏がありそうな笑顔で返す、ヘルメスと呼ばれた男。しかし、その裏を見通しているかのように、エリアスは苦い表情で彼を見つめるだけだった。
「ヘルメス……お前が……」
『あぁ、そういえばちゃんと名乗ってなかったっけ。そうだよ、僕が十二神話の一柱、《賢愚神話》のヘルメスさ』
 そう言って男——ヘルメスは名乗りを上げる。
(こいつが、ヘルメス……)
 今まで何度も耳にしてきたその名前。
 なんとなくそうなのだろうとは思っていた。当然ながら初めて見るが、想像以上に近づきたくない人物だった。
 表面上は好青年を装っているように見えるが、しかし取り繕え切れていないほどに、彼の内面から、彼の危険さ、邪悪さが滲み出ているのが分かる。
「ヘルメス様……どうして、あなたがここに……?」
『どうして、か。そうだね、言うなれば、僕の力を継承してもらうためかな』
 浬がヘルメスに対してそんな分析をしていると、エリアスが彼に呼びかける。そして、ヘルメスは答えた。
『どうやら、アポロンさんとヴィーナスさんが先んじて継承を終わらせたようだけど、だったら君らもこの現象がなんなのか、見当がついているんじゃないかな?』
 その通りだ。
 暁や恋よりも断然、浬は聡明で、状況把握もできる。まだ多少混乱しているが、それでもこの状況がどういうことなのか、概ね理解していた。
 つまり、これが暁や恋が経験したという、神話継承なのだろう。
 神話空間と似た、しかしそれでいて別の空間。目の前にはエリアスが仕えていた、十二神話の一柱がいる。聞いていた話とほぼ一致していた。
 ただ分からないのは、なにがあって、どういう理由があって、如何なる条件を満たして、自分はこの場へと来ることができたのか、だ。
 リュンの話によれば、神話継承するには、それぞれの十二神話の意志と同調する必要があるとのことだが、一体どの時点でそのようなことが起こったのか。そもそも、ヘルメスの意志とはなにか、自分はそれと同調しているのか。
 そこだけが、浬には分からなかった。
 しかしその未知は、すぐさま既知へと姿を変える。
『僕は浬君の知識欲に呼応して、こうして姿を現したのさ。君は、この僕、《賢愚神話》の力を受け継ぐに相応しい資質を持っている。ゆえに、この力を君の従えるエリアスに授けようと思って、こうして満を持して登場した次第だよ』
「知識欲に呼応して、だと……?」
『そうさ。僕が司るのは、“知識”。僕の行動原理、僕の存在理由、僕の自分自身、それはすべて知識と、その知識を得るための欲求、即ち知識欲さ。ゆえに、僕の力を受け継ぐべき者は、僕が認めうるだけの、知識に対する欲望を抱いていなくてはならない』
 知識欲。
 知りたがる心
 知識に対する渇望。
 ヘルメスが己自身と称するほどのそれを、浬は求めている。
 彼は、ヘルメスは、そう言うのだ。
『……霧島浬君。君は今、抑え難いほどの知識欲を抱いているね』
「っ……!」
『いいんだ、隠さなくても。僕も同じ欲求を持つ者。見れば分かるよ』
 諭すように、理解を示すように、ヘルメスは優しく語りかけてくる。
 ヘルメス片手を上げ、パチン、と指を鳴らした。
『そんな君だからこそ、僕の力を授ける。エリアスには、枷も外してあげないとね』
 パキン、と。
 どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
「ん……っ」
『弱い君の姿も、それはそれで悪くはないんだけどね。まあでも、これが僕の役目だから』
 そう言って、ヘルメスは微笑みかける。
 浬に、エリアスに、願うように手を差し伸べる。
 自分自身のすべてを、彼らに託すかのように。
『さあ、いよいよだ。僕の力を君たちに託そうじゃないか。僕の力を受け継いで、あらゆる知識を統べる者となってくれ。浬君、エリアス』
「…………」
 こんな時、彼女たちはどう思っただろうか。
 アポロンの太陽の力は、どれほど熱く、暖かなものだったのか。コルルはどれだけ彼を慕っていたのか。
 ヴィーナスの慈愛の力は、どれほど優しく、美しいものかったのか。キュプリスはどれだけ彼女を愛していたのか。
 コルルと共に戦った暁。キュプリスと共に立ち向かった恋。
 二人は、純粋に神話の力を継承し、己のものとした。
 彼女たちは、かつての十二神話に、なにを思ったのか。
 自分と同じような感覚を、抱いたのだろうか。
(……いや)
 そんなはずはない。
 想像でしかないが、もし、自分が彼女たちと同じような感覚を抱いたならば、自分は彼女たちと同じ道を進むだろう。
 しかし想像する彼女たちの感覚と、今の自分の感覚は、まったく異なるものだ。
 浬は、エリアスを見た。
 自分の仕えていた主と出会い、従者はなにを思うのか。
 彼女はこの邂逅を待ち望んでいたのだろうか。
 そう思い、彼女の眼を、見つめる。
 その奥に宿るのは——
「——ない」
『ん? なんだって?』
「いらない、お前の力なんか」
『ん……なんだって?』
 理解できない、と言うように、ヘルメスは聞き返す。
 浬も、同じ答えを、ヘルメスに、叩きつけた。

「お前の力なんかいらない。賢愚だかなんだか知らないが、俺は、俺たちの求めないものは受け取らない」

 それが、浬の答えだった。
「ご主人様……」
 どんなに強大な力でも、どれほど重要な叡智でも、それを求めないのであれば、どちらも無価値に等しい。
 それになにより、拒むべく力は拒むべきであり、求めざる者がいる力を受け入れることは、それこそ愚行である。
 浬は彼女の眼を見て、そう結論を出した。
 だがその結論に、彼は納得しない。
『……君さぁ、自分がなにを言ってるのか分かってるのかなぁ? いや、分かってないからこんなこと言ってるのか……まったく理解できないな、僕よりよっぽど愚かしいよ、君』
 ヘルメスは、はぁ、と大きく嘆息する。呆れてなんと言えばいいのか迷っている風だ。
 そして本当に理解できないと言うように、無知な愚者を蔑むような眼で、浬を見下ろす。
『僕としては、僕の力を継承してもらわなければいけないんだけどなぁ……でもこれはエリアスを従えて、かつ僕が認めるだけの知識に対する欲望を持つ君だからこそ、託せることなんだよねぇ』
「そんなことは、俺の知ったことではない」
『とりつく島もないか。さて、どうしようか……』
 浬の眼を見るも、説得は無理だと思えた。顎に手をあて、目を閉じ、思案するヘルメス。
 しかしなにを言われようと、浬は引き下がる気はなかった。
(……あいつの眼は、恐れていた)
 覗き込んだ彼女の眼の奥にあったのは、恐怖。
 それだけではない、嫌悪。
 長い時を経て蓄積し、累積された負の思い出。
 それらが詰まったあの眼を見て、彼の力を愚直に受け取れるほど、浬は強欲ではない。
『……仕方ない。こういうのは僕の得意分野じゃないんだけど、ちょっと手荒な真似をさせてもらおう』
 再び浬の眼を見てから、ヘルメスは決心したように口を開く。
『君は打算的なようで案外、感情に振り回されるみたいだし、それになにより頑固だ。待ってても意見を変えてはくれなさそうだし、僕も長いことここにいられるわけじゃない』
 だから、とヘルメスは杖を浬たちに差し向けた。
『僕の力を直接、君に叩き込む。受け取り拒否を主張するなら、僕の力を退けてみなよ。君程度の惰弱な人間と、不完全で欠陥製品クリーチャーに、それができるのならね』
 その時だ。
 空気が、変わった。
 それは自分たちがよく知る。あの空間。
「これは……」
「ヘルメス様、まさか……」
『そのまさかさ。たとえ残響であろうとも、僕は僕だ。その力の欠片くらいは残ってる』
 冷たい氷の空間に、いつもの空間が少しずつ溶け込んでいく。
 人間も、語り手も、神話も、すべてが関係なく同じ土俵に立つことのできる場所。
 元々は彼らの世界であった空間に、引き寄せられる。
 そして誘われた。



 ——神話空間に。

66話 「浬vsヘルメス」 ( No.238 )
日時: 2015/09/28 12:17
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 浬とヘルメスのデュエル。
 お互いのデッキは水単色。そして、どちらも呪文を活用するデッキのようであった。
 浬の場には《アクア少年 ジャバ・キッド》《アクア鳥人 ロココ》《アクア大尉 ガリレオ・ガリレイ》。さらに《ブレイン・チャージャー》でマナを伸ばしている。
 対するヘルメスの場には《クゥリャン》が二体。こちらも《ブレイン・チャージャー》で浬の加速に追いつきつつ、序盤には《エマージェンシー・タイフーン》を唱えていた。
「俺のターン。《ガリレオ・ガリレイ》のマナ武装5により、次に唱える呪文のコストを3軽減。コスト1で、呪文《スペルブック・チャージャー》を唱える」
 《ライフプラン・チャージャー》の呪文版とも言える、呪文をサーチしつつ、チャージャーでマナを伸ばす呪文《スペルブック・チャージャー》。
 浬は目の前に開かれた魔導書(スペルブック)から、必要な呪文を選択する。
「……《スパイラル・ゲート》を手札に加え、チャージャーでマナへ。さらに《龍覇 M・A・S》を召喚! 《クゥリャン》をバウンス!」
 《M・A・S》の放つ水流により、《クゥリャン》がヘルメスの手札へと押し戻されるが、《M・A・S》が為すべきことは、それだけではない。
「《M・A・S》のもう一つの能力で、超次元ゾーンからコスト4以下の水のドラグハート——《龍波動空母 エビデゴラス》をバトルゾーンへ!」
「ふぅん……なかなかやるじゃないか」
 クリーチャーを展開しつつ、ドラグハート・フォートレスを呼び出す浬。そんな彼を、ヘルメスは値踏みするように見つめている。
「だけど、それじゃあまだ足りないな。神話の力っていうのは、もっと強大で途方もないものだ」
 君の理解を越えるくらいにね、とヘルメスは軽い口振りで言う。
 しかし上っ面が軽くても、いやさ軽く言うが故に、その裏の重みは計り知れない。そもそもこの世界を統治していたクリーチャーの一柱、弱いわけがない。
 だがしかし、浬はヘルメスの言葉を、一笑に付してみせた。
「ふん、口ではいくらでも言えることだな。俺を脅すつもりなのか、はたまた負け惜しみかは知らんが、根拠と証拠のない証明に価値はない」
 そうだ。いくらヘルメスが口で強い強いと言っても、神話と呼ばれたクリーチャーはもう、この世界には存在していない。
 存在しないものの強さを誇示されたところで、そんなものはただのおとぎ話で、本当の意味での神話にすぎない。戦いの中でその神話が、どれほどの意味を持てるというのか。
「へぇ、あっそう……そういうこと言うんだ。なら、見せてあげようか?」
「なに……?」
 だがヘルメスは、薄ら笑いを浮かべて、そんなことを言った。
「いやいや、君が根拠と証拠がないとか、価値がないとか、ただのおとぎ話だとか、散々なことを言うもんだから、ちょーっとだけ、プライドに障ったかも」
「絶対ちょっとどころじゃないですよ……ブチギレてますよ、きっと……」
「今の言葉は聞き流してあげよう。こう見えても僕は自分の力に自信があるし、プライドも高いつもりだ」
 ヘルメスはさらに饒舌になり、続ける。
「僕の力は、ともすれば十二神話最強さ。僕の前ではネプトゥーヌスもアポロンも、マルスもプロセルピナもヴィーナスもアルテミスもハーデスもアテナもケレスも、国王ユピテルとその王妃ユノ、十二神話筆頭の二人だって封殺してみせるさ。僕の力は、そういうものだ」
「御託ばかり並べて説得力を持たせているつもりか? お前のそれはただの自己陶酔だ。さっさとターンを進めろ」
「せっかちだねぇ……まあ、しかし君の言うことももっともだ。君に証明するならばやはり、論より証拠が効果的だろう。というわけで、見ててごらん。ほら、《サイバー・G・ホーガン》を召喚だ」
 


サイバー・G・ホーガン 水文明 (8)
クリーチャー:サイバー・コマンド 8000
M・ソウル
W・ブレイカー
激流連鎖



 ヘルメスが召喚したのは、機械のような身体を持つ巨人。荒れ狂う水流を散らしながら、がっしりとその手で巨大な砲丸を握りしめている。
「その能力、激流連鎖で、山札の上から二枚をめくるよ。一枚目は《アクア工作員 シャミセン》。三枚引いて、手札三枚を墓地へ」
 《サイバー・G・ホーガン》の能力は、連鎖。その中でも上位に位置する激流連鎖だ。
 激流連鎖は山札を二枚めくり、《ホーガン》自身よりコストの小さいクリーチャーをすべてバトルゾーンに呼び出す。つまり、最大で二体のクリーチャーが場に並ぶのだ。
 その一体目が、《シャミセン》。能力で浬も手札を入れ替えさせてもらった。
「そしてもう一枚——」
 だが、その程度の手札交換は微々たるものだ。
 激流連鎖の効果適用範囲は広い。コスト8未満というだけでなく、踏み倒せるクリーチャーのタイプまでも、限定しない。
 それはつまり、進化クリーチャーをも呼び出せるということ。
「——賢者の英知はこの手にあり、愚者の無知は我が行いにあり。禁忌を厭わず愚かさを受け入れよ、賢人たりえるすべての知識を、我が者とするために」
 ザクッ、ザクッ、ザクッ、とヘルメスの場のクリーチャー——《クゥリャン》《サイバー・G・ホーガン》《アクア工作員 シャミセン》の三体が水晶に閉じこめられる。
 さらに水流が逆巻き、水晶を包み始めた。
 遙か遠くにあるはずの、神話の力を呼び覚ますために。
「神々よ、調和せよ! 進化MV!」
 三つの水晶が水流の中で一つとなり、その中で賢しき愚者、愚かな賢者が誕生する。

「——《賢愚神話 シュライン・ヘルメス》!」


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