神々の戦争記

作者/海底2m

第一章  第二話 「記憶」-1


「おい、勇!さっさと起きろよ!」
父の声で目が覚めた。もう朝か。
もぞもぞと布団を足でベッドからけり落とし、転がるようにして起き上がる。今日も学校。
「顔洗って!歯磨いて!」
「んー…」
まともに返事をする気力もなく、頭に芸術ともいえるほどの寝癖を付けた自分と鏡で対面した。
歯ブラシをとり、コップに水を注ぐ…が。
「揺れ…てる?」
コップに入った水がかすかながら振動しているのが分かった。地震か。その時――

『きっ、緊急事態発生!東防壁エリア内にレベル9の妖魔が侵入!繰り返します!
 東防壁エリア内に妖魔が侵入、住民は直ちに地下に避難してください!!』

なーんだ、また避難か。
当時はレベルや緊急事態などという複雑用語は覚えていないもんだから、
放送役がやたらとあわてているのがおかしかった。
「勇!急げ!さっさと来い!」
その時母は朝ごはんを作っていたらしく、洗面所の勇を呼びに来たのは父だった。
「なんでそんなあわててるの?」
「いいから来い!」
強引に腕を引っ張られ、そのまま洗面所を出た。
持っていたコップが手を離れ、パリンとガラス質の破壊音が響く。
「あぁ、あなた、どうしましょう…」
「心配するな、とにかく地下に!」
これほどまでに困惑する母を見たことがない。
父はもう片方の手で母の背中を押すようにして支えると、地下への扉を開けた。

いつもなら5分でもう一回放送が流れ、外に出られる。しかし今回は長かった。
いくら待っても放送は流れない。
薄暗い地下室の中で、母と父とで何十分、あるいは何時間も待った。
どれくらい時間がたっただろう。突如、低い天井からパラパラと粉が降ってきた。
抱きしめる母の力が強くなる。そして――
青空が、待っていた。地下なのになんで?と考えていると、そこに…いた。
狼のような、黒く、大きく、恐ろしい、妖魔が。
そいつは上から地下室の中に飛び込んできてそして…

一瞬。
辺りは赤に染まった。
抱きしめていた母の力がすぅっと抜け、ぱたりと倒れた。父もうずくまったままピクリとも動かない。
自分の腕に付いた、誰のだかわからない赤を見つめ、そして上に駆けあがったそいつを見上げた。
強い、顔だった。
こちらをじーっと見つめ、やがて…去っていた。
感情が噴出したのはその後だ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
放送が流れていたようだが、そんなものは耳にも入らなかった。
血に染まった母を抱き上げ、魂尽きるまで叫び続けた。