神々の戦争記
作者/はぜのき(元海底2m

第五話 「裏鉄隊と残された一匹」-4
次の日、昼の開放時間になって、勇は肩にカラスを乗せ、一人で研究棟に来ていた。
目的はもちろん、カラスの事を聞くためだ。
「あーっと……どこだー?鶴迫室ー」
中庭でバーゼルシピアの効力を見させてもらった記憶はまだ新しい。
気づけばあの時から氷雨とちょこちょこ会っていることになる――って!
――なんで俺は迷わず奴の所に行こうとしている!
いや、それは研究部の知りあいなんてあいつくらいしか……
――鶴迫さんがいるじゃないか!
でも、初めにちょっと挨拶しただけだし、顔覚えてないし…
カラスを肩に、ごにょごにょ呟きながら部屋ごとに室名が書かれているプレートをまじまじと見つめるので、
周りの研究員から変な目で見られている事に勇は気づいていない。
なんだかんだ言ってようやっと鶴迫室の前に辿り着いた勇であったが、
果たしてノックするべきかどうか、というところでやはり制止がかかった。
しばらくドアの前で立ち止まっていたが、やがてカラスがパサッと首を伸ばし、コンコンとドアをつついた。
「な、おまっ!」
慌ててカラスを抑えつけたが、こうなってしまってはしょうがない。
勇はビシッと両手を腰の下にそろえ、ドアを見つめる。
その時、ガチャリと音を立ててドアが開いた――と、
「ッ!!グェッホッ!エ゙ホッ!!なっな……!」
黒い煙幕のようなものが飛び出し、勇は思わずせき込んだ。
バチバチと音を立てて体中から静電気が走る。こんな感覚は初めてだ。
痛いわけでも痒いわけでもないが、体中からビリビリ言うのはなんだか気味が悪い。
まるで目の前にクラゲの大群がいるかのように、勇は黒煙の前で立ち往生した。しかし――
「っ!?氷雨は!!」
勇はそれまでの躊躇を忘れ、飛び出すようにして部屋の中に入った。
「――おがっ!?」
勢いよく鶴迫室に飛び込んだ勇は、すぐ何かが足に引っ掛かり、前のめりに倒れた。
どだーん、と派手な音を立てて床にたたきつけられる。
「くっそ……」
勇は膝を震わせながらゆっくりと立ち上がり、黒煙の中で目を凝らした。
バシリと左腕に電気が走った。思わずさすりながら歩き出す。
――なんか、気持ち悪いな……
勇は顔をしかめて、鳥肌が立つ両肩をスリスリとこすった。
いまだ静電気は勢いよく勇の体にまとわりついている。と、その時。
『カチ』
「――!?……」
何もかもが見えない中、何かが音を立てて光った。ライターか何かが着火したような、本当に小さな光。
しかしその瞬間、黒煙が音も立てずにその光のもとに集まっていった。
一瞬にして黒い霧は晴れ、室内が蛍光灯の光に満たされる。
「!!」
勇は両肩にかけた手を下ろして絶句した。
もうすでに、黒煙は跡形もなく消え去っていた――否、何かに吸収されていた。
先ほどの光、見るとそこには氷雨の姿があった。勇はほっとして胸を撫で下ろす。
「お前――」
「動かないで」
言葉とともに歩みだそうとしていた右足は硬直した。
勇は訳も分からず氷雨の顔を見つめる。
氷雨は何もなかったかのようにこちらに歩き出した。
「ッ!!」
とっさに危険信号が発令され、勇は固定された脚で届く最大限の距離まで引いた。
しかし、そんなこと知ったことかと氷雨は勇の目と鼻の先まで顔を近づけた。
「――な、なんだよ」
あくまで強がろうとしたが、そんな物は不要だった。
氷雨が白衣のポケットに手を入れ、とりだしたのは――
「なっ!ちゃ、が、◎#&%($*+?”¥――――ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「静かに」
言葉にならない悲鳴は一瞬で制止された。しかし、勇の背中からはシャワーのごとく滝汗が流れている。
それもそのはず、氷雨の右手に握られているのは勇の大の苦手な、この世で最も嫌う物――
――注射器なのである。
「静かに」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!」
再度重ねた氷雨の声に完全に拘束された勇は、抵抗を無視してぶすりと右腕に針を刺された。
もう、終わりだ。そう覚悟した勇であったが、右腕から流れるその何かは意外な反応を見せた。
「な――……????」
力がみなぎるというか、落ち着くというか――
まるで極限に疲れた時に湯船につかったような気分を味わった勇は、そのまま床に座り込んだ。
そして氷雨を見上げる。
「何だ、コレ……」
氷雨は、左のピンセットでつかんだ青紫色の小さな鉱石と、右の注射器を両方を見せて言った。
「この前とった幻シピア妖魔のアメジスト。着火する度に、黒煙を拡散、吸引する。
黒煙はシピアを有するから、触れたシピアーは相殺反応でシピアを消費する。
黒煙が消えても、体は反動でシピアを消費し続けるから、それを緩和させる薬がこっち」
「ははぁ~ん。何かよくわかんねぇけど、とにかくお前は、安全に、実験中だったわけだ。煙の」
勇の問いかけに躊躇することなく、氷雨は頷いた。
はぁ~、と深いため息をひとつして、勇はぺたりと床に手をついた。
危機感を持って部屋に飛び込んだ俺はいったい――
しかし、そんな事を当の本人が知る由もない。

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