神々の戦争記
作者/海底2m

第一章 第二話 「記憶」-26
「……どうぞ」
青木は、高等佐官室の扉をノックする音に応えた。
「失礼します」
ガチャリと開いたドアの向こう側の人物が、深く敬礼した。
――荒川だ。
「座ってください」
青木はソファから立ち上がって、小さなガラスでできたテーブルの向かいにある一人掛けのソファに荒川を座らせた。
部屋はシックに決まっており、古時計やシャンデリアなどが飾ってある。
床には、いかにもそれらしい赤いつるの模様が描かれた絨毯が敷かれ、木組みの机にはどっさりと資料がのっている。
完全なる青木の個人書斎だ。
小さく頭を下げてから、荒川はソファに座った。
「紅茶でも入れましょうか」
ゆっくりとカウンターの方に歩いて行った青木は聞いた。
「お気遣いなく」
スーツを着る荒川は静かに断った。
「…五十嵐君のことなんですけれども」
青木はトポトポと紅茶を入れながら言った。
荒川はおそらく、次青木が口にする言葉を知っている。
「今度もう一度精密検査をすることにしましたよ」
紅茶を二つ手にして、青木は戻ってきた。荒川は申し訳程に口をつけた。
「訓練にはいつから復帰できますか」
荒川の問いに青木は静かにため息をつき、ソファに腰を下ろした。
「わかりませんね。おそらく二週間か、長ければ1ヶ月か……
いずれにせよ、結果が陽性であれば封印を施す必要があります。そうなれば訓練復帰は遠い先でしょう。それに…」
部屋の中に静寂が訪れた。ゆっくりと古時計の秒針の音が聞こえてくる。
「本人に聞いた方が早いのではないのでしょうかね?」
青木は荒川を見つめ、にっこりと笑った。荒川はそれを避けるように目を落とす。
荒川は苦し紛れに口を開いた。
「状態が違います」
「それは封印を処しなくとも制御できるという自信からですか?」
荒川は言葉に詰まった。選ぶ言葉を間違えた、と心の底から思った。
「……荒川君」
青木はカップをコトリと皿の上に置いた。 、、
「五十嵐君、川島君、それに鈴原君と共に彼女を訪ねてみては?何か心が開くきっかけになると思いますよ」
「……了解しました。では、この辺で」
荒川はゆっくり立ち上がり、青木に背を向け歩き出した。
「失礼しました」
荒川はドアの前でもう一度敬礼すると部屋を出た。
「……何より、五十嵐君の彼との接触は何としてでも食い止めなければなりません」
誰もいなくなった部屋の中で、青木は古時計に語りかけた。

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