神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第一章  第三話  「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-5


キザラビスタの大群と、第一部隊との戦闘はおよそ1時間で集結し、その残骸撤去作業ではさらに2時間を費やした。
シピアは効果を発揮していない状態でも他の物質に付着するため、早々に撤去しないと二次災害を生む。
空気(正確には気体の分子)に付着したシピアはなかなか剥ぎ取れるものではなく、
呼吸によって体内に入り込み、やがては通常の生活に支障が出るほどの影響が出てしまう。
そのため、妖魔に当てて相殺させる(こうすることでシピアは消えてなくなる)以外の目的でシピアは使用できない。

第一部隊の戦闘員が帰還した時には、すでに夜の9時を回っていた。


「……お疲れの様子だな」
荒川の部屋、井上がやってきて二人で飲んでいると、その顔を見て荒川が言った。
「まぁ、相手が相手だから」
井上も「お疲れ」を否定しない。

「……本気でやる気か」
荒川が不意に尋ねた。井上は顔を上げ、ビールの缶をテーブルの上に置いた。
「個人的な理由で支部ごと動かせるとは思えないしね」
「だが連絡ぐらいはしといたほうがいいんじゃないか?」
井上はため息をついて再び飲み始めた。ベッドの足に寄りかかる。

「信じるとでも思う?」
井上がほほ笑むと、荒川はそれを避けるようにして目を逸らした。

と、その時ドアがノックされた。二人で顔を見合わせる。
「…いいぞ」
荒川がドアに声をかけると、少年が遠慮がちにドアから顔をのぞかせた。

「失礼します」
ご丁寧に一礼してから静かに部屋に入った少年は、荒川に言われるがままに座布団に正座した。
「ごめんね真里谷君、こんな時間に呼び出して」
「いえ、とんでもありません。二曹がお望みであればいつでも来ますので」

真里谷 六角――
ネクラフ支部において、最年少で入部、三曹昇格した神童である。

「で、今日はなぜ私が…?」
「まぁ落ち着け、井上が話してくれる」
二人の視線が井上に向けられると、井上はビール缶を置いて口を開いた。


「それは……本当ですか?」
「多分ね。まぁだからと言って班はおろか、隊まで動かすことにはしたくない」
井上の話を聞くと、真里谷はしばらく考え込む素振りを見せ、やがて顔を上げた。

「…了解しました。なんとかやってみます」
「それと、次はフェイクの方も全力でかかってくるはずだから、って伝えておいて」

「了解しました」
真里谷はそのまま立ち上がると、部屋を出た。

荒川は再び井上の顔を直視する。
「4人でなんとかなる奴なのか」
井上は肩をすくめた。
「さぁね、どっちにしろ実質的には俺と一騎打ちだし」
「……分かってはいると思うが、任務に個人的な思い入れはするなよ」
「ルティア二佐みたいなこと言うね」
井上が笑うと、荒川はひどく顔をしかめた。

まぁ、と言いながら井上は空になった缶を持って立ち上がる。

「とりあえず、明日まで生き延びてね。お前がいないと困るから」
井上はそういって部屋を出た。
取り残された荒川の表情は苦虫を百匹噛み潰したようになっていた。