神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第一章  第三話  「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-4


「あの、赤石二佐……」
訓練が終わり、次々に隊員たちが寮に戻る中、勇は事務椅子にもたれかかる赤石に話しかけた。
赤石はこちらをちらりと見ると、再び前を見つめて葉巻を吸う。
意を決して勇は口を開いた。

「木曾三佐と、飛騨三佐について何か教えてくれませんか」
そういうと、赤石は葉巻を口に入れる動作を止め、組んでいた足を下ろした。

「一つ教えてやる」
赤石は勇を見ずに言った。勇はごくりと唾を飲む。
「木曾と飛騨のことを知っている人間は山ほどいるが、それについて俺に聞きに来た奴は一人としていない」
「はぁ……」
それが何を言いたいのかは勇にはさっぱりわからなかったが、勇は口を開いた。
「でも俺は知りたいんです」

赤石は初めて勇の顔を見た。改めてその目の鋭さに揺るがされる。荒川の猟眼と張り合うかもしれない。
そんなことを考えながらも、勇は言葉をつづけた。
「今もそんなに有名なら、昔もすごい隊員だったんだろうなって思って…」

それを聞いて、赤石は笑った。その姿に、勇も一瞬あっけにとられる。
しばらくして赤石は口を開いた。
「面白い奴だな。いいだろう、少し話してやる」

そういって赤石は新しい葉巻を取り出した。



「……だが、また今度だ」
「え?」
勇はいきなりの言葉に素っ頓狂な声を上げた。赤石は立ち上がり、出口へと向かう。
勇はその後を追うこともなく、ただただ、その後ろ姿を見つめるだけだった。

キザラビスタは幻シピアとしては有名な種だ。
体長約5m、四本足のそれは全身が白い毛におおわれており、狼などとは違ってカエルのように重心がかなり低い。
そのため、身体を支えるため足は関節は常に90°以上に曲がっており、同じ目線で見ると多少恐い。
足の先には鋭い爪があり、尾も鋭くとがっている。
全身が白い毛におおわれているがしかし、尾の先端は金属のようなものでナイフ状になっている。

通常はいかにも雪山に潜んでそうな容貌だが、全身を金属質にすることができ、皮膚は鋭利な刃で覆われる。
ナイフが体から飛び出すわけではなく、体そのものがナイフになると形容する方が分かりやすい。
しかも理屈では説明できない特殊なエネルギーで、自分の残像を残すことができるという。


「はッ!」
ルティアは自分の頭の上を飛び越えるキザラビスタに大型の剣を突き刺した。
青白い閃光と共にキザラビスタは悲鳴を上げる。
そのまま背後で落下すると、それ以上はもう動かなくなった。

ルティアは後ろを向き、倒れたキザラビスタを見つめる。

……おかしい――

レベル3に区分されるキザラビスタは、第一部隊総出でかかっても討伐に5分はかかる妖魔だ。
それが、たかが一隊員の突きで完全に息絶えるのはどう考えてもおかしい。

しかも、通常は体長約5mのそれが2mもない幼体として大量発生している。
妖魔が人前の姿を晒すのは、「興味」と「飢え」がほとんだが、これはどちらにも分類できない。
飢えならば確実に狙ってくるであろう防壁エリア内への侵攻は一切せず、
さらに、おどおどと逃げ回るような攻撃ばかりを繰り返している。

ルティアはキザラビスタの前にしゃがみ込み、その体に剣を入れた。
器用にその肉を捌き、その中に埋め込まれているコア宝石を取り出した。

大きさは大体1㎝。かなり小さい。
容量も、強さも通常の個体とは大違いだ。と、その時。

「どうかしましたか?ルティアさ……ん、二佐、」
ルティアが後ろを振り返るとそこには刀を握りしめたファレンがいた。
なぜか戸惑うファレンを見つめ、ルティアは立ち上がった。

「いや、やけに弱いと思ってな。この大量発生も自然と考えるべきではないだろう」
「自然ではない…てことは人工分裂、とかでしょうか?」

ルティアは目を見張った。
「よく知っているな。講義でもかすめる程度にしか教わっていないはずだ。誉めてやる」
「いえっ、あの、少し興味があったのでっ、その……」

妖魔は、自身の子孫を残すとき、自分の魂をいくつかに分裂させて新たな個体を生み出す。
まぁその様子を目撃した人間はいないのだが、その分裂の数の上限は決まっていない。
つまり、一匹の妖魔の魂から数匹の妖魔が分裂したりすることもあり得る。
ただし、その分一匹当たりの容量は低めになり、通常よりも体型的にも容量的にも弱体化する。
そのため、自然界に存在する妖魔のほとんどは分裂を行わず、
子孫を残すことよりも、自らの魂を死守することに専念している。

しかしこの分裂は人工的にも行うことが出来るとされ、ゼンザスでも研究がおこなわれている。
まぁだからと言ってメリットはほぼないのだが。

「だとすれば裏で大きな組織が動いているとも考えられなくはない」
「大きな…組織……」

ファレンが考え込んでいると、向かい合うルティアの背後から、
一匹のキザラビスタが襲いかかろうとしているのが目に入った。

「っ!危ないっ!!」
ファレンはザッとルティアの後ろに走ると、その勢いでキザラビスタを薙ぎ払った。
ガキンッと金属同士の接触音が響き、キザラビスタは反動で吹っ飛ばされた。

ルティアも剣を握りしめる。
「いい動きだ」
「あ、ありがとうございます!!」
ファレンは声を張り上げた。