神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第四話 「コメディを取り戻すべく旅へと出かけよう」-18


「……遼ちん」


不意に氷雨に呼ばれ、鈴原がふっと顔をあげると、もうすでにバス停に到着していた。

「あぁ、わりー」
鈴原はそう言ってベンチの上に腰を下ろした。その隣に氷雨も座る。


……しばらく沈黙が続いた。

自分でも暗い雰囲気が出ているとは思うのだが、そんなときに「どうしたの?」と聞けるような経験が氷雨にはない。


「…………あのさぁ」
静寂を破って、鈴原は思い切って口を開いた。氷雨は顔をこちらに向けただけで、何も言わない。


そして、すべてを話した。


血のつながりのない『父親』が生存すること、

彼から連絡が来たこと、

そして、『雫は霞ヶ丘に滴り落ちん』――――



「……なんか知ってる?」
黙りこくる氷雨に、鈴原から聞いてみる。氷雨はつぶやくようにして口を開いた。

「『雫』は研究部の一部の上位階級者間で極秘に使われる暗号。意味は『X-シピア』」
「X-シピア?なんだそれ」

ていうか、氷雨はその上位階級者ではないはずなのだが、ここでは必要ないし、まぁ見逃す。
氷雨は声質を変えずに続けた。

「謎のシピア性反応を見せる物質、すなわち、イディオット防衛作戦時に使用された鉱石、あるいはその主成分」
「なるほどー。んーで、その鉱石が霞ヶ丘にあるってことか?」

霞ヶ丘なら鈴原も知っている。

セリアム中央部から少し西に進んだところの地域一体だ。そこを超えると、やがて西の草原へと続いている。

しかし、期待を裏切るように氷雨は首を振った。

「あの鉱石が取れたのは北部の山脈地帯。霞ヶ丘とは地理的条件から考えてつながらない」
「んじゃぁどういうことだー…?」

霞ヶ丘に滴り落ちん、って完全にそこにあるみたいな言い方だが……

鈴原が考えていると、氷雨が心当たりあるように口を開いた。

「霞ヶ丘の伝説がある」
「あー、聞いたことあるな」



その昔、嶷帝が健在だった頃、元:霞ヶ丘には悪霊が住み着いており、人が立ち入れば黒雲が空を覆い、
ノアの方舟が出てきてもおかしくないような大雨が降って、訪ねた者を押し流す。

そこで嶷帝は、炎の神『フルベルディク』に悪霊を退治するように命じた。

フルベルディクと悪霊は死闘を繰り広げ、危機一髪でフルベルディクが勝利をおさめた。
しかし、それから霞ヶ丘には常に霧が立ち込めるようになり、それが『霞ヶ丘』の名の由来になっている。


「もし、その伝説が本当だったとして、結局雫はどこにあるんだ?」
「…………わからない」
氷雨は黙り込んで、ポツリとつぶやいた。

「調べてみる」


そこに「ありがとう」の言葉はなかったが、きっと感謝の意が込められている。

鈴原は時々わからなくなる。



――自分は、亡くなった両親の意を継げているだろうか?


――もっと、教えなければならないことはないか?


――二人が歩んだ道は、本当に正しかったのか?



考えれば考えるほどわからなくなる。だから、考えない。
鈴原が空を見上げた時、ちょうど支部行きのバスが到着した。


鈴原は氷雨と共にバスに乗り、車窓から流れゆくキツネ色の景色を眺めた。