神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第五話 「裏鉄隊と残された一匹」-32


「……おい、その傷大丈夫なのかよ?別な奴使った方がいいんじゃねぇのか」
薄暗い倉庫の中、ロッドは目の前にいる哀れな獣を見て言った。

白い毛は黒く変色した血で染まっており、背中には大きな傷が刻み込まれている。
前回の支部長暗殺計画で見事に失態を犯したキザラビスタの無である。

「いやぁ、俺もここまでボロボロにされるとは思ってなかったからさー」
無の背中に手を載せているマギスがはっはっは、と笑った。

「ほら、向こうにも同じタイプの奴がいるじゃん?えーと、確か――」
「井上春樹防衛二曹の事か」
「あ、そうそう。それそれ」

マギスはロッドの言葉にうなずいてパチンと指を鳴らした。

「奴と互角に戦ってた、っていうからもうちょいうまくやるもんだと」
『悪かったな』

無がぼそっとつぶやいた。マギスがバンバンと無の身体をたたいて励ます。
「まぁまぁ!次で巻き返せばいいだろ?終わったらケーキおごってやるから」
「ケーキなんか食わねぇだろ」

ロッドは突っ込みながらあることを思い出し、上の回廊を見上げた。

「おいシリア!聞こえてるか?」
「聞こえてますよ」

タイピングの音と共に、シリアは返事をする。

「少しばかり奴らの餌が足りてねぇ。もう少し持ってこられるか?」

ロッドが言うと、しばらくの沈黙の後、シリアが言った。
「…掛け合ってみます」
「すまねぇな」

ロッドは伝え終わるとドッカリと黒革のソファに腰をおろし、テーブルの上の新聞を手に取った。

「あ、そういえばマギスお前、この間――っていねぇし」


先程までマギスと無が立っていたところには、何も残っていなかった。



「支部長が不在になってから1週間。そろそろ、世代交代が必要になるかと……」
支部長室でソファに腰を掛けていた秘書は、窓辺に立って外を眺めている青木に声をかけた。

青木は、小田原支部長が重傷を負ってから代理として支部長を務めていた。最高総務課による閣議決定だ。

「……そうですね。しかし、私は支部長には若すぎる」

青木の言葉に、秘書は首を振った。

「そんなことはありません。実際、小田原支部長はもうじき支部長をお辞めになると考えられていました」
「もしそうだったとしても、支部長になるのは副支部長です。私はあくまで支部長補佐。それ以上でも以下でもありません」

秘書は立ち上がって、青木の元へと歩み寄り、目を合わせる。


「……今、ネクラフ支部は危機に直面しています。私達は、貴方が支部を変えてくれると信じているんです」

秘書の真剣な眼差しに、青木は思った。
――本当なら、こうした言葉を純粋に受け止めることが出来たのかもしれない。
  あるいは、平穏に支部長に昇格していたのかもしれない。

  ……だが、今の自分にあるのは――

「……ありがとうございます。しかし、今は今ある問題を解決するのが先でしょう」

秘書は微笑み、腰を折った。
「そうでした。緊急対策会議があります。行きましょう」

青木は頷き、秘書と共に部屋を出た。


     -*-


「どうやら、いらっしゃったようですね」
奥で開かれたドアの方を見て、青木たちが部屋に入ったのを確認すると、議長は改めて一同を見渡し、言った。

「これより、黒鴉緊急対策会議を行います。まず、現在の状況について、通信連絡課長の若松防衛二曹よりお願い致します」
「はい」

議長の言葉に、若松は立ち上がった。

「本日午前11時頃、通信連絡課に向けて黒鴉と思わしき組織から電話を受信しました。
 内容は、『明日の朝5時、前回を遥かに上回る軍勢で支部を攻める。
 攻撃を止めて欲しければ、研究部所属の鈴原氷雨を正門玄関前に立たせろ』という物です。
 
 声は機械変換されていましたが、照合の結果、キザラビスタ大量発生事件時に放送された声と一致することが分かりました。
 また、通信事業者に問い合わせをしたところ、発信元は郊外に位置する廃工場付近だと判明しました。
 おそらく、黒鴉の本拠で間違いないかと思われます」

以上です、と若松は言うと再び椅子に腰を掛けた。議長が質疑応答を呼びかける。

「電話、というのは?我々の内部回線に侵入したわけではあるまいな?」
「いえ、一般に公開されている緊急連絡先に向けての電話でした。かなり単純な手口ですが……」

内部回線に侵入すれば、位置情報が漏れることはまずない。
にもかかわらず一般回線からの電話という事は、敵の罠か、あるいは単純にそこまで頭が回らなかったのか。

「罠でしょう。前回の支部襲撃と言いキザラビスタの時と言い、敵はかなり高度な技術を持っている。
 自らの位置を曝け出すことで、われわれの混乱を誘っているに違いない」

誰かが言った。

「しかし、なぜ彼らは鈴原二士を欲しがっているのだ?一体何の理由で?」
「さぁ?彼女は何かを知っているのかもしれない。彼女を呼ぶことはできないのか?」

「今ここで彼女に現状を知らせるわけには行きません、これは機密事項です」
「じゃあどうしろと!?」

誰かが机を強くたたいた。室内が静まり返る。


「……迎撃しかないようですな」

滝浦が言うと、多くの出席者が強くうなずいた。それを見て、議長はまとめる。


「では、迎撃に賛成の者は挙手していただきたい」


……手を挙げたのは、ほぼ全員だった。