神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第一章  第三話  「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-18


目が覚めた時には全てを知っていた。
何が起きたのかも、これからどう生きるべきかも――

辺りを見回すと、目の前にはぐったり倒れているキザラビスタがいた。
井上は近寄り、とんとん、とその肩を叩く。


――キザラビスタは静かに目を開けた。


『……どうやら、神は私に微笑んでくれたようだ』
「…どういう意味?」

キザラビスタは起き上がり、井上の瞳を見つめた。

『君と私の魂を交換した。普通であれば私は死ぬ』
「…………」

井上が黙っていると、キザラビスタは後ろを向き直し、地平線の先に向かって歩き出した。
「待って」
井上はそれを追う。 が、気づいた時にはその姿はどこにもなかった。

どこからともなく声が聞こえる。


『君は私の魂を使いなさい。そして――























                     ――この戦いを、終わらせなさい』































「……分かったよ、ありがとう」

こうして、憎悪と復讐の念に満ちた井上は、『世界平和』という言葉のもと、
一匹のキザラビスタに、その志を『上書き』された。

そして十数年――


井上はネクラフ支部に入部希望を提出、晴れて第一部隊への配属が決定した。

いつも心の奥底で井上は思う。


必ずまた、あの妖魔と出会うときがくる。そしてその時が世界にとっての――





















――平和存続の危機となることを。




       - * -




「……そしてその時が今訪れた訳だ」
井上は空を見上げていた首をもとに戻し、キザラビスタを見つめた。

『戦いを終わらせるか、それとも自らが戦うか。君は後者を選んだ』
「選んだんじゃない、それが最善なんだ」

井上はひるむことなく言葉を続ける。

「俺の身体にはあんたの魂が上書きされている。だから分かるんだ。戦いは終わらないことくらいね」

荒川も、そして真里谷も、井上の言葉に耳を傾けていた。

「だから、ここで戦いを止めたら負けなんだ。俺は世界平和なんかいらない。国民の為に戦う、それだけだよ」
キザラビスタは黙り込み、鋭いまなざしで遠くを見つめた。

『……あと二年。あと二年もすれば分かるはずだ。
 戦いを終わらせぬ者は刻一刻とそれに蝕まれていく』


沈黙が続く。

やがて井上がシィッという金属音を立てると、人差し指を前に向けた。
その爪は20cm程に伸び、銀色に輝いている。


「あんたがここに来た理由は分かってる。けどこの先は通さない」
井上は背後の壁をちらりと見て言った。

『私に勝つつもりか』
「当たり前」

と突然、ザンッという音と共に井上の両腕が変貌した。

「真里谷君、」
「了解です」

真里谷はぐっと足に力を入れると、手のひらを空に向けて右腕を前に伸ばし、それを思いっきり持ち上げる。

『隆起!!!!』
真里谷が声を上げると、突如として周りから砂煙が上がった。地震のような音と共に太陽が隠れて暗くなる。





――辺りが静まると、そこにいる者たちを囲う様に土の壁がぐるっと立ちはだかっていた。


高さはおよそ5m、まるで中をくりぬいた木の幹だ。

その中で、今、『幻』同士の戦いが始まる。


「手加減はしないよ」


そう言う井上の両腕は、それぞれが一本の刃と化していた。