神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第一章  第三話  「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-11


「……渡したのかい」
ドアを無音で開け、研究室の中に入っていった鶴迫は静かに尋ねた。
氷雨は黒い、蒸気機関を精密機械風にした物体をいじっていたが、振り返ることもなくこっくり頷いた。

鶴迫はフーッと鼻からため息をつく。
「君がムキになるのもわかるけどね、まだ実験すらしてないんだろう?」
氷雨はピンセットでつかんでいた細いゴムチューブを機械に装着し、口を開いた。

「彼が実験台」
「いや、思いっきり本番じゃないかい」
鶴迫は壁にもたれかかると、隣にかかっていたカレンダーを覗き込んだ。
今日から数えてちょうど一週間後のマスが赤丸で囲んであった。
氷雨はカレンダーに何か書き込まねばなるぬ様な浅はかな記憶の持ち主ではない。鶴迫が書いたものだ。

「来週、だね」
氷雨は頷きもせず、黙々と機械をいじくり回している。

「総務部と掛け合って特別休日をあげるかい?君の兄も一緒に」
氷雨はしばらく黙っていたが、やがて後ろを振り返った。


「……その日は、何の日?」

鶴迫は胸中で小さく笑った。記憶とはつくづく恐ろしい、と。
そしてゆっくり氷雨に歩み寄り、その頭をそっとなでる。

「……君のお母さんの命日だよ」


「ぬおっ!」
ヴィータの振りおろしを間一髪で右にかわした勇は、
そのまま転がって放電するヌンチャクを前に突き出し、地面を走らせながら放電する。

しかし、速度は遅く、稲妻が当たる前にヴィータはヒョイとそれをよけた。

「制御装置に頼りすぎだ」
目では追えぬ速さでヴィータは勇の後ろに回ると、ザンッと鎌を薙ぎ払う。
「――っ!!」
勘を頼りにしゃがんでそれを回避すると、勇は前に跳んでヴィータとの距離を取った。

「攻めを預ければそれは守りも預けることになる」
距離を取った、と思っていたヴィータは一瞬にして目の前に現れた。
ヴィータはその勢いで、斜め上に鎌を切り上げる。

「っな……!!」
刃先が顎の下をかすった。
勇はギリギリで身を反らせて直接の攻撃は免れたが、バランスを崩し、そのまま後ろに倒れた。

「守りをも預ければ、それはただ単純に――」
ヴィータは見上げる勇の目の前に鎌を突き出した。
鼻の先に背の部分が冷たく触れる。

「――自らの魂を託すことだ」

勇は唾をゴクリと飲み込んだ。
ヴィータは勇を見下ろし、静かに言い放つ。

「貴様は、その貧弱で醜い人間の創造物に命を託すのか」

ヴィータはズッ、と鎌を振り上げた。


「哀れだ」
鎌は振られた。

ズシャア、とも、ザクッ、とも言えない音が聞こえる。
不思議なことに、叫び声は上げなかった。尋常ではない痛みが胸を駆け抜けているというのにもかかわらず、だ。

「さらばだ、少年」
ヴィータは勇に背を向けて歩き出す。

それを見て、勇は震える左腕を持ち上げた。


「ま、て……ゴラ……っ!」
『バジァアッ!!!!』

左のヌンチャクから稲妻が走り、それはヴィータの服を捕え、引き倒した。
重心が傾いたヴィータは仰向けに倒れる。