神々の戦争記
作者/海底2m

第一章 第二話 「記憶」-30
閃光がやんで、辺りが落ち着いてからも、遠い空ではゴロゴロと嫌な音を立てていた。
「な……」
川島は耳をふさいでいた手を外し、辺りを見回した。
試験管があったところの地面は、芝生が完全に燃え尽き、黒く焦げが残っている。
まだメラメラと燃えている芝生もあり、氷雨は起き上がると、ベシベシと足で踏んでそれを消した。
「……中に入ろ」
氷雨がそういうと、四人は逃げるようにして部屋の中に戻った。
「どうなってんだ……」
勇が雲行き怪しい空を見つめてつぶやいた。コン、と氷雨は液体が入っていたガラス瓶の蓋をたたいた。
「シピアは身体の中で作られて、体の中から出てくる。
でも、……簡単に言えば突然変異で異常なシピアを持つことがある。それが――
――バーゼルシピア」
室内に静寂が沈んだ。川島が勇の顔を覗き込む。しばらくして再び氷雨が口を開いた。
「シピアはさっき言ったみたいに、体で作られる。
けどバーゼルシピアは、それ自体は体の中で作られるけど、それは要するにすごい不安定」
氷雨はそこまで言って、引き出しをゴソゴソやると、先っちょにピンポン玉がついたスティックを二つ取り出した。
「シピアは必ず二つで一つのセットだと思って。これが普通の状態」
氷雨は『○○』っとスティックの先のピンポン球を二つくっつけた。
「でも、バーゼルシピアはこれが一つしかない」
ピンポン玉はパッと離れ、『"○,, ..○"』それぞれがクルクルと空を回り始める。
「これだと不安定。だからバーゼルシピアはもうちょっとシピアを欲しがる。
でも――、まぁ、簡単に言うとバーゼルシピアはいつもは他のシピアとくっつかない。
だから、不安定な状態で放出されると効果もイマイチ。普通と比べて粒が半分しかないし。でも――」
氷雨がグイ――ッとガラス瓶を引っ張ってきた。
カン、とスティックの持ち手部分で、瓶の側面をつつく。
「これまだよくわかってないけど、強制的にバーゼルシピアと普通のシピアをくっつける液。ちょっと待って……」
氷雨は壁際にあった棚から何かを取り出すと、抗シピア物質でできた手袋をはめ、その手のひらにコロンと置いた。
四人が覗き込むと、それはペリドット――雷シピアのコア宝石だった。
「…手、出して」
勇に向けられた氷雨の言葉通り、勇は手を差し伸べた。
ポッポコポンというような意味不明なジェスチャーから、
なんとなくシピアを出せ、と言われているような気がして、勇は手の上にパリパリッと静電気を出した。
「……一応、一般施設内で放出できるシピア量は制限されてるからな」
勇は荒川の言葉に一瞬怯んだが、氷雨が動じていないところを見ると大丈夫そうである。
氷雨はピペットで水色の液体を吸い取ると、静電気がはじける手のひらに落とした。すると――
『パジジジジジジッ―――』
「!?」
突然、氷雨の手の上に載っているペリドットから、一筋の細い稲妻が勇の手に向かって伸びて行った。
――いや、勇の手からペリドットに向かったのか―― もはやどちらかは確認できない。
しかし、スパークのように弾け続ける手と手の間は、とても美しく、幻想的だった。
日光が射し込む窓のシャッターが閉まっていればよかったのに、と思うほどだ。
やがて、スパークは静まり、再び勇の手の上で静電気がはじけ始めた。氷雨はペリドットをコトリと机の上に置いた。
「ペリドットのなかの雷シピアが、液体の効果でバーゼルシピアに引きつけられた。
バーゼルシピアは、どんなに遠く離れたシピアでも、この液体に触れれば必ず引き寄せる。
フォースドフュージョン
……強制融合 って言うけど」
バーゼルシピアの粒が一個『●』で普通のが二個『○○』だから、合わせて三個『○●○』。
単純に考えれば効果は普通の1.5倍となる。
「すげぇ……」
勇は感嘆の声を漏らすと、スッとガラス瓶に手を伸ばした。と――
『バッ』「!?」
突然氷雨は立ち上がり、SLSEを勇の額に突きつけた。勇の動きが硬直する。
「……本物だよ、針」
意味不明な展開に荒川と川島は開いた口がふさがらない。
勇と言えば口が開くどころか、全身の筋肉機能が完全にストップしている。
完全に闘争本能が失せ、目尻が下がった氷雨の瞳は、気のせいか鋭くとがっている。
㍉
「……100ml20万。払う気ある?」
一瞬あっけにとられた勇をよそに、笑いをかみしめる川島と鈴原の声が聞こえてきた。
「似てますね」
「本当になー」
無声音で言葉を交わした川島と鈴原は、ゴツンと拳を合わせた。
氷雨は静かに腕を引いて、注射器をポケットにしまった。
ただ、それで勇の身体が正常を取り戻すわけでもなく、カチンと固まったままである。
ポン、と氷雨が勇の胸を押すと、勇はふらっと後ろに倒れかけ、とっさに足を後ろに出して体を支えた。
感覚が徐々に戻っていく。
「頼みがあるの」
氷雨の言葉に、勇はコクコクと頷いた。ゆっくりと氷雨の顔が近づいてくる。
「――あなたの魂が、欲しい」
「…………え……?」
静寂が部屋を包み込む。
「あなたは情緒不安定。いつまた強制融合を起こすかわからない。
だからあなたの魂と、普通のシピアの魂を交換。あなたを普通に戻す」
勇はしばらく押し黙った。
普通になるということは、今まで半分だった出力が正常に戻るということだ。
だが、自然からシピアを取り入ることで容量が無限に等しくなり、さらに出力1.5倍になる効果は失われる。
どちらを取ればいいのか、勇には分からなかった。
あの時は『暴走』と呼ぶに等しかったに違いない。記憶はないが。
それでも自分は、得てしまった無限の容量を抑制できるのだろうか?
それは平和的利用に制御できるのだろうか?
否、その保証はない。ならば――
「交換して取り上げた五十嵐の魂はどうなるんだ?」
不意に荒川が口を開いた。氷雨が驚いたように目を見開く。
だが、すぐに表情をもとに戻し、答えた。
「武器開発の道具になる。自然から簡単にシピアが取れるのは便利。
武器自体に組み込めば新しいシピア武器が作れる可能性もある」
「デメリットは?」
荒川は氷雨が言い終わらないうちに追い打ちをかけた。
氷雨はあくまで冷静に、質問に応答する。
「……長期使用によるシピアの枯渇。と、制御不能状態での暴発。
その時は世界が終わるといってもおかしくない」
勇は顔を上げた。
どちらにしろ、自分の魂は安易に制御できるものではないのだ。
ならば――
「俺が操る」
全員の視線が勇に集まった。勇は静かに続ける。
「俺の魂は、俺が抑えて、俺が使う」
しばらく沈黙が続いた。
やがて荒川がむすっとした顔になり、「行け」と顎をしゃくり、荒川以外の三人はB6室を出た。

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