神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第一章  第三話  「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-16


どうやら少女の名は弥生というらしい。
どちらにせよ、そんなことを考えているうちに弥生は気を失ってしまったのだが。

呼びかけても返事がないので井上はどうするか迷った。

箱に入れようか――いやダメだ。
家に連れて行こうか――親に見つかる。
交番に預けようか――何するか分からない。

結局、仕方ないから家に連れて行くことにして、弥生を下から抱きかかえた――が。

「だめ」
「――!」
弥生は、井上の袖をぐっと引っ張った。
バランスを崩して倒れそうになるが、ギリギリのところで立て直す。

「なんで?」
井上は聞いた。弥生は箱に視線を移し、口を開いた。

「あれがあたしの家だから」
あ、そう。
心の内で思ったことは下手に口に出さないと決めている。


それから毎日、井上は食べ物やら話題を持って公園へ出かけた。
しかし、弥生は夜中に箱から抜け出し、コンビニに行っていることを後に知った。
一度その財源について聞いたことがあるが、「ひみつ」で終わらせられた。

またある日、弥生の口からある事実を聞かされたことがある。

「あたし、親に捨てられたの」
「え……?」
弥生はくねんくねんと首を揺らした。

「前までお父さんと暮らしてたけど、仕事でどっか行っちゃった」
なるほど、だから家がないのか。

「でもね」
井上は顔を上げた。

「一つだけお願いされてることがあるの」
「……なに?」
弥生はにっこりと笑って答えた。

「ひ・み・つ」


そうして半年が過ぎた。
弥生ともすっかり親しくなり、このまま時が止まればいいのにとも思うようになった。

だが、別れは突然に訪れる。


『西エリア中央交番より緊急連絡。只今、防壁エリア内に大型の妖魔が数匹確認されました。
 エリア内の住民は、ただちに地下に避難してください。繰り返します――』

夜中のことであった。
自宅で寝ていた井上はとっさに跳ね起き、玄関を飛び出した。

「どこ行くの!?春樹!!!」
遥か後ろで母親の声が聞こえるが、無視して走る。

公園についた時、やはり弥生は箱の中にいた。
箱に駆け寄り、弥生を揺り起こす。

「弥生!避難だよ、僕の家に来て!」
だが、弥生は頭を下ろしたまま起き上がろうとしない。

「頭が……いたくて…」
弥生は声を振り絞り、そういった。

どうしよう。

井上はあたりを見回したが人影はない。
意を決して井上は弥生を抱きかかえようとした。だが、箱の中に入っているのでうまく持ち上げられない。

そして最悪が来た。

『ドッ』
「うわっ!?」
箱と井上のわずかな隙間に、何かが突き刺さった。砂埃が舞う。

『ヒュッ』
「!?」
砂埃が晴れる前に、白い何かが井上に正面から突っ込んできた。

思いっきり直撃し、吹っ飛ばされる。
かすむ視界の中、段ボールの箱がうっすらと見えた。
井上は痛む体に鞭をうち、四つん這いで箱に向かう。

だがその時、突如として箱から紫の炎がごおっと上がった。

「っ、弥生!!!」
とっさに立ち上がり、箱に駆け寄る。しかしその中に弥生の姿はない。

「弥生!?」
辺りには静寂が戻り、井上の声だけがけたたましく響いていた。

周囲を見回し、遊具の下から水飲み場まですべて探しつくした。が、弥生はどこにもいない。
井上は歯をかみしめた。







「ちくしょオオォォォアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」