神々の戦争記
作者/はぜのき(元海底2m

第一章 第三話 「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-19
「!?」
体を大きく揺らされる感覚と共に、勇は跳ね起きた。
大地が轟き、やがて静寂へと消えていく。
「そういや俺何してたんだっけ?」
検査を終えて、訓練施設に降りて、で寮に戻って……
「……やっば!!」
勇は飛び上がって草原を疾走した。
「おやつのアイス食ってねぇ―――ッ!!!!!」
が、その時、視界の傍にふと違和感のある棒が二本。
勇はその脚に急ブレーキをかけ、それを両手に持った。
「はて、どっかで見たことがあるような……」
勇はしばらく考える素振りを見せると、顔を上げた。
「…………わかった!」
勇はようやく思い出したヌンチャクを握りしめ、さっきとは真逆の方向にダッシュする。
「なんかいるぞ!絶対いるぞお!!!!」
勇は地平線の彼方へと消えて行った。
- * -
『ガキン―――――――――――――――――――――――!!』
井上の右腕と無の前足が交差し、金属音が響き渡る。
井上は通り過ぎた無を振り返ってみると、両腕を静かにおろした。
「変な話、手応えが全くないよ」
『当たり前だ。私は『無』だからな』
無は静かに言うと、地面を蹴って井上に突進してきた。
前足を振り上げ、刃を力の限り井上に振り下ろす、が――
『――!?』
斬った感触はなく、そのまま刃は空を切った。井上の像が揺らぐ。
つまりは――ただの残像――
「――こっちだよ」
無の背後に突如として現れた井上は、無の白い背中に腕を突き刺した。
『ドフッ!!』
鳥肌が立つような勢いで、無の手足が白毛で覆われる。
そして、井上はもう片方の腕でその体を薙ぎ払った。
『―キン!!』
「!」
さっきまでふさふさの毛をむき出しにしていた無の腕は、再び金属質の刃に変化していた。
とっさに無の背中に差していた腕を抜き、井上は距離を取る。
「……やはり手強いようです」
「当たり前だ、奴は無だぞ。奴が鉄である以上、俺達が付け入る隙はないし、井上でさえも容量がある」
腕組みをしていた荒川が真里谷に答えた。
無はもちろんシピアの放出はできない。が、その代わりに容量という制限がない。
しかし、シピアがないとしても、敵の息の根を止めることができる攻撃に変わりはないし、
ましてや刃物を操るのであれば、それは単純で簡単な事だろう。
無と井上が互角に戦っているとしても、無に致命的なダメージを負わせない限り、
容量が定められている井上の方が確実に不利であり、長期戦は自らの首を絞めるに等しい。
しかも、ここで井上が破られればもはや無を止める手段はない。
仮に荒川と真里谷で数分の足止めができたとしても、それは無にとって障害ではない。
シピアを放出して妖魔を撃退する仕組みである現在の壁のシステムでは、それが効かない無の侵入を許してしまう。
となれば、大惨事に続く悲劇が連鎖する可能性は高く、12年前はフェンリルが自ら撤退したため事は収まったが、
無は強い意志を持って壁の中に入ろうとしている。撤退は到底ありえない。
「しかし、その目的が自分には理解できません」
「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」
そんなことを言っているうちに井上と無は再び戦闘に入っており、均衡状態が続いているた。
荒川の表情は苦く、焦らされるようにして空を見上げた。

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