神々の戦争記

作者/海底2m

第一章  第二話 「記憶」-24


『お前を見るのはこれが初めてなのだが』
「っ、喋った……!?」

突然川島の頭に直接響いた低い声は、明らかに狼――フェンリルが発したものだった。

『喋っているわけではない。心に話しかけている』
「んなマンガみてぇな話が」
あってしまうのである。残念ながら。

「なんにしろ、貴様は何の理由でここにいる?」
滝浦がニヤニヤと笑いながら問いかけた。
そこで初めて、滝浦のその笑い方がいつもとは違うことに川島は気が付いた。

『気まぐれに付き合ってやってるだけだ』
「誰の?」
滝浦の口調はいつの間にか鋭くなっていた。

『それは答えられん』

長い沈黙があたりを覆った。
川島がふと横を見やると、一言も発しない勇がそこにいた。
不思議に思って顔を覗き込んで

――ようやく分かった。

勇が喋らない訳を

心の底から憤っている訳を

そして、勇が抱えている屈辱の塊を――


「……お前…フェンリル、っつったっけ。12年前、お前東エリアに入ったよな」

まずい、これはまずい。
その場にいるすべての隊員がそれを悟った。

滝浦以外は。


『そのようだな「ナメんなよ」
フェンリルの言葉をさえぎって、勇は低く唸った。

「俺はな、親の仇とか、恨みとか、そういうことじゃねぇんだよ」

静寂はなお一層、深みを増す。


「……てめぇをぶっ殺してぇんだよ!!!!!!」
「五十嵐!!」

荒川が叫んだ時にはもう遅かった。
突如勇の頭上の空から一気に黒い雲が広がり始め、完全に太陽は隠れた。
轟音を立てながら稲妻が次々に落下する。

そして、二本の稲妻が勇の両手に結び付いた。
激しいショートする音と共に、勇の腕からは青い火花が飛び散り、
稲妻は筋道を変えながらも、勇と天を結び続ける。

「死ねゴラァァアアアァア!!!!!!!」






「五十嵐ッ!」
荒川は全身を炎でくるむと勇に飛びかかった。炎はバリアと化し、電撃を弾き飛ばす。
だが、それを押しのけるように稲妻はなお勇の腕から発し続け、バチバチと火花を散らした。

「目ェ覚ませこのッ…」
「離せぇぇええええぇぇええ!!」

ついに、電撃は炎を一気に囲い、渦を巻きながら荒川を吹っ飛ばした。

「殺すッ!!!!!!」
勇は一心不乱にフェンリルに向かってダッシュした。軌跡に黒い焦げと火花が散る。
腕からは、後方の天へと続く稲妻が轟音を鳴り響かせながら走っている。

「ウオォオオオオオオォォッ!!!!!!」

勇は両手をバチンと叩くと、それを再びゆっくりと開いていった。
手と手の間に蜘蛛の巣のような電撃が張り巡らされ、その中央に矢のような稲妻が発生する。
そして、両手を思いっきり叩きつけた。

『ズダァァァァアアアアアアン!!!!!!!』
轟音と共に矢が発射された。稲妻は一直線にフェンリルに突進し、隊員たちが息を飲む中――

『ジパッ』
黒い体毛に覆われたそれに直撃した電撃は、か弱い静電気のごとく跳ね返った。
フェンリルは依然表情を変えない。

勇が呆然と立ち尽くし、電撃が弱まったのを見計らってから、周りの隊員が総出で勇を押さえつけた。
抵抗はない。

荒川はゆっくりと勇に近づいて、
















――肩に刻印されたそれを見た。










そして、確信した。

やはりこいつはこいつなんだと――








フェンリルは小さく言い放った。
『お前を喰らったら、米一口分ぐらいにはなるのかもしれんな』
そう言い終わった瞬間、フェンリルの周りを紫色の球体が覆った。

そして、消えた――
辺りを再び静寂が包みこむ。

「……作業再開だ。全員持ち場に戻れ」
滝浦のその声に秘めた思いを知る者は、おそらく新入隊員以外の全員だ。


ネクラフ支部防衛部の宿敵との再会は、たったの3分にも満たなかった。