神々の戦争記
作者/海底2m

第一章 第二話 「記憶」-11
「ハァ、ハァ…」
勇は山の中をただただ走っていた。
血の味がする唾を道端に吐き捨てる。道といっても、どうせ誰かが走った際にできたのだろう。
ぼうぼうと生い茂る草をかき分けながら、勇はただ、走る。
「待てゴラァ!!」
後ろから怒鳴り声が聞こえた。きっと隊員の一人だろう。
勇は足の動きを速めた。こんなところで死んでたまるか。後ろから追いついてくる足音が大きくなってくる。
――なんで、俺たちはこんなことをしなきゃならない。
勇はその疑問を解き明かすことができなかった。
ついさっきまで仲間であった隊員が、敵となって追いかけてくる。
「クソッ!」
勇は吐き捨てて後ろを振り返った。敵はまだ追っている。
小脇に抱えた銃は支給されたシピア弾か、それとも持ち込んだものか。
いずれにせよ、勇のような下等隊員には、拳銃式のものしか支給されない。圧倒的に不利だ。
「挟み撃ちにしろ!」
誰か別の隊員の声がした。
左を振り向くと、もう一人の隊員が勇と平行になるように走っていた。
後ろの隊員もその声を聞きつけ勇の右側へと進路を変えた。
まずい。
本能で勇は急ブレーキをかけた。
人などはいることのない山の中だ。土が良いグリップになってそのままもと来た方へと駆けた。
「そっちに行ったぞ!!」
まだ追ってくる二人組のどちらかが叫んだ。どちらでもよい。
前方からもう一人の隊員が現れた。
三人――これはまずい。
勇は両腕で心臓部を覆い、身をかがめた。
命と比べれば腕の一本や二本は安い。
縮こもった状態ではスピードが出ない。強行突破だ。
「うぅおおぉぉらあああぁぁあ!!!」
勇は叫び、突進した。
前方の隊員は銃を取り出し、引き金を引いた。
『ズシャッ!!』
銃弾が背中をかすった。ギリギリセーフだ。
勇はそのまま隊員にタックルすると、振り返りもせずにただ走った。
一人は倒した。だが、あと二人いる。だが、俺ならいける。そう信じて勇は走る。
「残念だったな」
前方から聞き慣れた声がかかった。
「!!…班長…」
勇は立ち止まり、腰を上げた。心臓を覆う腕を下ろすと、荒川は怪訝な顔をした。
「動くな…!」
しばらくして後ろの二人が追い付いてきた。勇の背中に銃を向けているのが振り返らなくてもわかる。
「なんで…ですか」
クソ教官と幾度も吐き捨て、嫌っていた荒川。だが、今こうして銃を突きつけられると納得いかない。
いままで一年間、ともに荒川班として過ごした。笑いあったこともあった。
だが、今の荒川の顔に映っているのは冷酷さだけだった。
勇は心の整理がつかぬまま銃を抜いた。
「動く「やめろ」
撃とうとした後ろの二人を荒川が制する。
勇は銃口をまっすぐ荒川の心臓部へと向けた。荒川はフフッと笑う。
「お前に撃てるのか?」
「撃てるさ…」
気力だけで振り絞ったその声は、震える拳銃にその気が現れていた。
荒川の指がゆっくりとひかれた。勇も意を決する。そして――
『『ズパンッ!!』』
沈黙が流れた。
勇の放った弾丸は荒川の心臓部よりわずか外れた右肩下に命中していた。
勇はゆっくりと自分の胸を見つめる。
――心臓を貫いていた。
「五十嵐アウト!!」
「畜生ッ!!なんだよこんなもん!」
後ろの隊員が叫び、勇は胸に張り付けてあった『的』であるA4の紙を引っぺがした。
「日頃射撃訓練に励んでいればこんなことにはならなかったはずだ」
荒川は勇を見据えながら大手おもちゃ会社製の大型水鉄砲「SUPER SHOT!」をくるくると回転させた。
「一人の下等防衛員に4人でかかってくるとか卑怯にもほどがあります!」
「うるさい!その写真を見てるとイライラすんだ!」
荒川は勇が引っぺがしたA4の的を指差した。
それは30分ほど前の話である。
資料を持った滝浦隊長が集合をかけ、全員が集っていた。
「今回はこれを使って訓練をしてもらう」
滝浦は、資料と思われていた紙の一枚をこちらに見せた。
それは紛れもなく、A4サイズに拡大コピーされた荒川の顔写真だった。
荒川は「どこから拾ってきた」という顔をし、隊員たちはクスクスと笑った。
もっとも、勇の場合はクスクスではなくゲラゲラだったが。
「お前、あとで殺されるよ」という川島のつぶやきは、もちろん勇の耳には届いていない。
「荒川ちょっと前でろ」
滝浦に指名され、渋々といった様子で荒川は前へ出た。
滝浦はテープを取り出すとそれをA4の紙に張り付け、そして荒川の胸へぺたりと張った。
荒川の胸に荒川の拡大顔写真。どちらもムッとした表情はまるっきり同じ。
ついに勇の笑いのゲージは限界に達した。
それを発端に、ダムが決壊した隊員たちが爆笑し、荒川は勇を睨みつけた。――が、届くはずもない。
そして、山の中でサバイバルゲームが行われた、というわけである。
「大体こんなもので狙えるかってんです!!」
勇は100均製、6歳児以下対象の拳銃型水鉄砲「みずみずバンバン」を投げ捨てた。
「俺なら狙えたな」
「自慢かそれは!!」
もともと、「動く敵への射撃訓練」と称して行われたこのゲームはただの遊びとしかとらえようがない。
大体、水鉄砲とシピア弾とでは全く訳が違う。
二人がガミガミやっているところに、全体無線が入った。
『総員に告ぐ!只今統括交番より妖魔の群れが接近しているとの情報が入った!
直ちに交番正面玄関へ集合せよ!繰り返す、正面玄関に集合せよ!』
勇と荒川は顔を見合わせた。

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