神々の戦争記
作者/はぜのき(元海底2m

第一章 第三話 「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-26
その後、井上、真里谷、そして勇で守っていた前線はなんとか本隊到着まで持ちこたえ、鎮圧された。
何匹かは逃げたようだが、もうこれ以上追う必要はない。
無についても捜索がなされたが、日没も近く、あっさりと切り上げられた。
今回の残骸撤去は尋常な大変さではない。コア摘出だけで2時間弱、腐敗促進薬を散布するのに1時間。
帰りのトラックの中では疲労で愚痴をこぼす体力も残っておらず、シーンと張り詰めた空気が続いた。
支部に到着した時刻は7時半。もうすっかり日は短くなり、辺りは真夜中のように暗い。
こうして第一部隊は帰投、全隊員死んだように眠りこんだ。
*
次の日の早朝、その部屋、つまり支部長室には二人の人物がいた。
一人は木製の質素かつ豪華な事務机に向かう現支部長、小田原信夫特等佐官。
小田原は手元の資料(といっても、数枚の紙をホッチキスで止めてあるだけだが)を読み通している。
そして最後のページを読み終えると、資料の表紙を上にして両手を添えた。
『キザラビスタ大量発生と無出現における妖魔賛同組織の存在』
それがこの資料の題だ。
小田原は顔を上げると、机を挟んで立っていた人物の目を見つめた。ルティア二等佐官だ。
張り詰めた空気の中、小田原が口を開いた。
「君は昨日任務があったはずだ。いつ、これをまとめた?」
重なる年のせいか声のトーンは少々狂い、変なところにアクセントがついている喋り方だ。
ルティアはそんなことを気にする様子もなく、ただ、「昨夜に」と一言発した。
「君の言いたいことはよく分かる、だが、証拠が、足りんのだよ。いや、ないと言っていい」
「ですが、西防壁エリア内への警報が電波妨害で鳴らせず、さらにレーダー塔からしか発信できない放送が、
何者かによって流された。明らかに生きている人間の仕業です。これを無の出現と結びつけない訳には」
そこまでまくし立てると、小田原はそれを手で制した。
ルティアは表情を変えることなく、小田原を見下ろす。
「なんにしても、成す術がない。確証されておらん、組織の捜索は、無意味だ」
「無意味ではありません。キザラビスタの大量発生が人工分裂だとすれば、
以降さまざまな妖魔を分裂させ、支部を襲撃する可能性があります。
しかも、放送に入った電波をたどれば、その発信元が明らかになるはずです。是非、研究部に捜索指令を命じてください」
小田原はふむぅ、と唸ると、身を乗り出して優しく言った。
「上層部で、考えよう。前向き、に、検討する」
ルティアは半ば強制的に部屋を出されると、そのまま廊下に立ち尽くした。誰もいない、朝の司令棟。
「――っ!」
ルティアは、拳で壁を殴りつけた。
*
「なぁなぁ、あいつら気づいたと思うか???」
薄暗い倉庫の中、深く帽子を被った若い男が階段の欄干から身を乗り出して、階下に向かって問いかけた。
「さぁな。気づいた奴はいるだろう。だが、まだ行動には出ない」
問いかけられたスキンヘッドのムキムキ男は、ソファで新聞を読んでいたが、そこから目を逸らすことなく答えた。
「そこんとこどうなんだよー情報係ー」
帽子の男は、今度は左を向いて言った。隣にあるのは小さなテーブルと一台のノートパソコン。
そしてそこに座ってパソコンを操作していたのは腰まであるロングヘアの若い女性。くるりとこちらを向くとメガネをかけていた。
「現支部長である小田原信夫は消極的で、民衆に叩かれるか、それに匹敵する確実な証拠がなければ動かない人物です。
彼が支部長である限りは支部全体ではまず動かないでしょう」
情報係の女がそういうと、帽子の男はケケケと笑った。笑い声が倉庫にこだまする。
「これからどうなんだろうなー」
帽子の男は頬杖をつくとニヤニヤしながら遠くを見据えた。
第三話 完

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