神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第一章  第三話  「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-7


「あれ、五十嵐は?」
いつもは真っ先にトラックに乗るはずの勇がいないのに気付いた井上は荒川に聞いた。
荒川は銃を整備していたが、井上の方はちらりと見ただけで、再び作業を始めた。
「…精密検査だ。今頃研究棟だろう」

それを聞くと、井上は驚いたように顎を持ち上げた。
「へぇ、そこまでしてくれるとは思ってなかったよ」
今度こそ荒川の手は止まった。

「あいつのことだからな」
井上は笑った。
「それじゃあ、彼の意味がなくなっちゃうよ」
荒川は空を見あげ、トラックの運転席のドアを開けた。

「いや……あいつなら気付く、必ずな。場合によっては、俺を上回るほどに」
ククク、と井上は苦笑する。それを傍目に、荒川は運転席に乗り込んだ。

「どうしたんですか、鈴原士長」
トラックの中で何やら怪訝な顔をする鈴原を見て、川島は聞いた。
それを聞いて、鈴原は苦笑いをすると、腕時計を見つめる。

「なんか、今回の作戦、嫌な予感の塊でしかないんだよねー」
「嫌な、予感。。。ですか?」
川島は鈴原の顔を覗き込んだ。

「あぁ、なんつーか…… 何かなー、裏がある気がするんだよねー」
その発言の意味を、川島が理解することはなかった。


西防壁エリアは、東のそれよりも少し遠いため、移動に多少の時間がかかる。
が、しかし、隊員たちはそれをわかっていて準備をするため、
全班が現地到着したのは出動命令が下ってから13分とかなり短い。
どう頑張っても、物理的距離と自動車のスペックを考えると移動時間だけで30分はかかるはずなのだが、
ここは研究部の裏の裏の裏の活躍のおかげといえよう。いや、それで片づける他に説明のしようがない。

「うお……」
到着して、川島は遠方に見えるその『大軍』を見て声を漏らした。

先日の作戦が行われた南防壁エリアは、ご存じのとおり、後ろにイディオットが立ちはだかっているが、
この地、西防壁エリアは、周囲約50km半径が草原におおわれている。便宜上、『西の草原』と呼ぶことにする。

西の草原は、古くから『荒地』の名で有名であった。
イディオットとは違い、養分が少なく、人が住みつかない環境であったため、妖魔も自然とここには集わない。
そして西の草原は、誰も寄り付かない、不毛地帯となったのである。

しかし近年その安全性に目を付けた人々が都市を作り、そこそこ栄えている。
そのため、西防壁エリアの襲撃率はほかの都市と比べて格段に少ない。
だが、西の草原も、多少の丘で隆起ができているとはいえ、見晴らしがよく、妖魔の進出がしやすいのだ。


そしてこの光景である。


キザラビスタの群れが白い塊となって、防壁の前で唸っている。
壁と群れの間には少し間隔があり、数匹のキザラビスタがそこに横たわっている。
おそらく、壁の効果を知らずに突っ込んで殺られた妖魔から、危険を学習したのだろう。


『――塹壕設置!』
一部の隊員の無線に入った滝浦の声で、地面が激しく凹凸する。
2、3人が一組となり、塹壕にもぐると、群れの様子を確認した。

『……まずは銃声で群れを壁から遠ざける。こっちに近づいたところで雷撃隊、氷撃隊はアウェイで攻撃だ』
キザラビスタは雷シピアと氷シピアに対しての比数が低いため、先制するにはそういうことになる。



高く、乾いた音が草原を包みこんだ。


                          ――銃声だ

キザラビスタの群れは、静かにこちらを見つめた。