神々の戦争記

作者/はぜのき(元海底2m

第五話 「裏鉄隊と残された一匹」-27


しばらく沈黙が流れる。


「ッちくしょう!!」
勇はガツンとテーブルの脚を蹴った。

「落ち着け」
川島はそういうものの、その声にはやはり怒りが滲んでいる。
他のメンバーも同様のように見えた。

「これを受けて先程、本部との緊急首脳会議が開かれた」
荒川はメンバーひとりひとりに語りかけるように、口を開いた。

「今回の一連の事件は、ネクラフ支部が独自担当することとなった。
 そして支部内での討議の結果、この任務を裏鉄隊に一任、支部全体としては不介入とした」
「全体は不介入!?なぜ……??」

榊が目を見開いて尋ねた。ほかのメンバーも怪訝な顔をする。
不介入ということは、裏鉄隊が独立で事件を解決しなければならないということで、
仮にも一組織である黒鴉を殲滅するには人数も経験も少なすぎる。

「事件解決に適した人員を効率よく使うには、裏鉄隊を招集するほかない」
荒川はその質問を見越していたかのように答えた。

「ただでさえ分野が分かれる三部の中から、必要な人材を全体として使うとなると連携が取れない。
 しかも、防衛部だけで三部隊あるのにいちいち部同士で確認して…などとやっている暇がない。
 もとより、この作戦に人数は不要だ」
「それはどういう…?」

ユーフェルが控えめに発言した。荒川はそこで言葉を切った。
メンバーの中に沈黙が流れる。

「……ここから先は12人目に説明してもらう」
「「「「12人目……???」」」」

動揺するメンバーをよそに、荒川は閉まっているドアに向かって「入れ」と呼びかけた。
メンバーの視線は一気にドアの方へと向く。

やがてカチャンとドアノブが下がると、ゆっくりとドアは開いていった。そして――


「えっ」

勇は思わず声を上げた。目の前に現れた人物は、なんと白衣を着た鈴原氷雨その人だったのだ。


氷雨は肩まで伸ばした水色の髪を揺らしながら部屋に入ってきた氷雨は、両手を前で添えて立ち止まった。
しばらく室内が静まり返る。

荒川は氷雨の斜め後ろに立つと、説明を始めた。

「本日正午より、第八期裏鉄隊は正式に召集される。
 メンバーはお前達と、ここにいる研究部所属の鈴原氷雨二等研究士含める12人。これから事件解決に尽力してくれ」
そこまで言って、真里谷が手を挙げた。荒川は真里谷の方を向き、顎をしゃくる。

「任務の内容を具体的に教えていただけないでしょうか。
 それと、裏鉄隊の存在は世間一般に公表するのですか」

手を下ろして発言した真里谷に答えるように、荒川は口を開いた。

「それは今から説明する。――鈴原」

荒川が氷雨の方を向くと、彼女は微動だにせずに口を開き、説明を始めた。


「裏鉄隊は支部とは直接関わらない極秘組織。任務内容も、その動きも、ゼンザスは一切把握しない。
 だから、表向きは支部が事件解決しているようになってるけど、本当に捜査をしているのは裏鉄隊。
 裏鉄隊は、支部に依頼される形でこの任務を遂行する」

「ちょっと待って。あたしらだって、好きでこんな組織に入ったわけじゃない」
黒御影が、牙をむくように反駁した。数人が、同感の表情を浮かべている。

荒川が一歩前に出てそれに答えた。

「嫌だと言えば脱退は可能だ。その際は出来る限りの支障を取り除き、支部に復帰させる。
 正式召集十分前に、集合場所を各メンバーに通達する。
 正午の時点でその場所にいなかった者は、裏鉄隊には所属しないとみなされ、以降事件と関与することはない。
 裏を返せば、その時集まったものは、事件解決まで裏鉄隊からは除隊することはできないということだ」

室内は再び静まり返った。
抜けるのは自由、だが、自分が12人の一人に選ばれたという圧力感は大きい。
現に勇がその状態だ。なぜ自分が選ばれたのか分からないし、何をすればいいのかも――


しばらくして氷雨は説明を続けた。

「……裏鉄隊が今、一番優先的にしなければならないのは、敵本拠地の特定と制圧。
 最終的な目標は、黒鴉の計画を阻止して、所属する全メンバーを確保すること」
「あの……!」

峰が手を挙げた。氷雨が頷いたのを確認すると、峰は手を下ろして口を開いた。

「その計画、っていうか…… 黒鴉は何をしようとしてるんですか?」

峰が尋ねると、氷雨は白衣のポケットに手を入れて何かを取り出し、手のひらに広げて見せた。

「あ、それ!……」

それを見て、ファレンが後ろから声を上げた。
全員の視線がファレンに向かれ、ファレンは小さくなってすみません、と頭を掻いた。

手のひらに載っていたのは、この前勇が見たイディオゴン戦に使われたというクリスタルのような小さな鉱石。
氷雨に聞いた話によると、ほぼ間違いなく、それは――


「志の神の、コア宝石」
氷雨が言った。メンバーの誰もが驚きの表情を隠せていなかった。
「でもそれって、イディオゴンの時に使われた……」

ファレンが口を開くと、氷雨はこくりと頷いた。

「あれは、効果を試す実験だった」
氷雨は少し間をおいて続ける。

「これが発見されたのは偶然じゃない。
 最近、防衛部から第七のシピアについて極秘裏で調査を進めていたグループができた。
 そしてしばらくしてあの鉱石が発見されて、その効果が明らかになった。
 それが、『他シピアの吸収と蓄積、また、その放出』」

極秘裏で作られたグループ?しかも防衛部……?

考えると同時に、勇はイディオゴン戦のあの日、自分の身に起こったことを思い出していた。
全身から力が抜ける感覚と、あの吐き気――


「――そして、」

氷雨はコア宝石をポケットに戻すと、逆の手で一つのUSBを取り出した。
それを先ほどのノートパソコンに差し込む。

数秒としないうちに、画面が真っ黒に染まった。メンバーは何事かと画面を見つめる。

すると、黒い画面の中心から、緑色の同心円が等間隔に次々と現れた。
それぞれの円の外側には500,1000,1500・・・と数字が書かれている。

続いて、白い線で地図のような物が浮かび上がった。ここまでくればもう分かる。
戦闘機などによくありそうな、GPSだとかナビだとか、とにかくそういう感じのものだ。

地図に音痴な勇でも、その地図が何を表すのかは一目瞭然、ネクラフ全土だ。
おそらく先ほどの数字は、中心からの距離を表すものだろう。

次々と地図が細かくなっていく中、突如赤い点が数か所に現れ始めた。

ぽつ、ぽつと、次第にその数を増やしていく。


やがて全ての作業が終わったように、画面の変化は止まった。
今もなお情報の更新を続けているのか、時折画面が点滅する。

氷雨はパソコンの隣に立つと口を開いた。

「これはこの前開発した、波状型制御装置を転用した検出装置を用いて作成された図。
 さっきの鉱石の反応を、マイナス因子を含むシピア反応液を逆抽出して展開、データに再構築した後、
 それと同じ共鳴反応を人工的に作り出して広範囲に発散して、反応した位置を示したもの」

メンバーの数人がなるほど、という納得の表情を浮かべた。勇もしれっと満足げな顔をする。


……もちのろんで、何を言っているかちんぷんかんぷんである。


「簡単に言うと、志シピアと同じ反応をする箇所がこの赤い点、ということですよね?」
ユーフェルが聞くと、氷雨はコクリと頷いた。


――なんだよ、そんなに簡単なら始めからそう言ってくれよ全くもう。


と、自分勝手な勇を置いて氷雨は続ける。

「だから、この赤い点が示す点に、志シピアのコア宝石が存在する可能性が高い」

……そういうことになる。

「それで、敵の作戦とどう関係してるんだ?」
質問を重ねて、榊が聞いた。
「おそらくこれが示すコア宝石の近くに、反応液を散布する、いわゆる遠距離操作型の時限爆弾を設置して、
 同時多発的に起爆、志シピアを反応させる」


妖魔、そしてシピアーの持っているシピアを強制的に反応させる、反応液――

それが、神の力に触れたとしたら――


一体どんなことになるのだろう。あの小さな鉱石ひとつで想像を絶する威力を放ったのだ。
デッかい石柱がすべて反応したとすれば――


勇は自分の想像に身震いした。