神々の戦争記
作者/はぜのき(元海底2m

第一章 第三話 「たかが幻、されど幻。彼の瞳もいつも幻(殴」-14
『無』――それはシピアを有さない妖魔のことを言う。
志の神が封印される以前から確認され続けていたが、その周期は数百年に一回。
古代よりその存在は『幻』とされてきた。
諸説あるが、朽ちた魂(コア宝石)が放置され続け、シピアがすべて蒸発したものに妖魔が生まれる事で、
シピアを持たない妖魔が出現すると言われている。
しかし、通常はコア宝石を放置し続けると数分で新しい妖魔が誕生してしまうため、蒸発は不可能とされている。
以上の説は定説であり、確立されているわけではない。
しかしながら、より確実で、根拠のある説がある。
『魂の交換』――である。
数年前から発達し始めた魂移植技術により徐々に明らかになってきたことだが、魂は交換、及び移植が可能とされている。
つまり、シピアが宿る妖魔の魂と、それ以外の魂を交換すれば、
妖魔はシピアが宿っていない方の魂を持ち、逆に普段はシピアを持たない動植物にその魂が宿る。
しかし、無は個体維持が非常に難しい。
急激な力の差によって体の方がその変化に耐えられなくなるからだ。
そのため、シピアの魂を入れることはできても、抜いて生かすことはほぼ不可能に近い。
だからこそ、それに耐えきり、生き延びている無は、『無』ながらにして強力な個体となる。
しかも、通常の妖魔であればシピア同士の相殺によって討伐を行うが、
無はシピアを有さないため、物理的な攻撃が必要となり、さらにその魂を自力で破壊しなくてはならない。
――そして今、その対象が目の前にいる
「……久しぶり、元気してた?」
井上は語りかけた。その相手は―― キザラビスタ、三頭。
いや、三頭のうちの一頭だけに話しかけているように見える。
『そこそこだな』
井上にはそう聞こえたのかもしれない。キザラビスタはうめいただけだ。
「そう」
井上はゆっくりと先頭のキザラビスタに近づいた。
その左目には、縦からスッパリ切れたような傷跡が残っている。
「傷は相変わらずだね」
『まぁな』
キザラビスタはうめくと、金属の尾を思いっきり後ろに薙ぎ払った。
どうやら仲間に「下がっていろ」と言っているらしい。
後ろの二頭はゆっくりと後ずさり、距離を置いた。
そして井上は、青く澄み渡る空を見上げ、ほほ笑んだ。
「懐かしいなぁ……」

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