ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅰ 天使 】―― 1 ―― page4


マルヴィナの師匠イザヤールは守護天使記録書物庫にいた。
生真面目で厳格な彼は、その性格からか上級天使の中でも上位である、というのは説明したとおり。
常に『近寄るな』的なオーラ(マルヴィナ曰く)が出ているような彼に、当然話しかける者は、

「よぉ~っす。相変わらずだねぇ、イザヤール」

……いないと思っていたらいた。
イザヤール本人も、まさか声をかける者がいるとは思わなかったのだろう、珍しく驚く。
「……ラフェット」
そして、呼び手の名を呼んだ。
「……どういう意味だ」
「どうって……そのまま。相変わらず他人を寄せつけねぇって感じだしさ」
それには答えず、イザヤールは取り出した書を戻そうとする。
「え、ちょっと。なによ、私が来たから戻すって、感じ悪ー。何見てたのよ」
答える必要もなく、ラフェットは自らイザヤールの手元を見る。
守護天使の書。守護天使記録書物庫だから、当たり前だ。
手にしたその書には、天使界の言葉で、一人の名が書かれてある。

【エルギオス】

「………………」
ラフェットは、少し眉をひそめ、だがすぐにかぶりを振った。
「……やれやれ。結局、いつもあんたって、そう。一人で抱え込んじゃって……」
「……関係のないことだ」
「それも“結局いつもそう”」
イザヤールは悪意なくクスリと笑うラフェットを見て、小さく溜め息をついた。
「まあねぇ。マルヴィナが普通より早く守護天使になっちゃったんだから、心配なのも分かるけどさ、
史上最年少のキルガもいることだし、だいじょーぶっしょ」
「マルヴィナは未熟だ」
「じゃーどうして認めちゃったのよ? ――あ、もしかしてオムイ様が?」
“そうさせたの?”とまでは言わず、ラフェットは聞く。
ほぼ無音に近い声で肯定するイザヤールに、ついに溜め息をつくと、
ラフェットは挨拶もそこそこに立ち去った。
(……分かってるわよ)
そう、思いながら。
(分かるわよ……あんたの心配事は。でも、だからって、どうしようもないでしょ)
決まったことなんだから。
蔓草模様の扉を開く。守護天使記録書物庫には、生真面目な天使だけが取り残された。


   ***


マルヴィナは。
「キルガぁー」
武具管理室にて名のとおり武器の点検をしているキルガに声をかけた。
「ああ、おかえり、マルヴィナ」
キルガは右手に持った槍から眼を離し、身体ごと振り返った。
「どうかした?」
「うん。オムイ様に報告してきて、で……これ」
右手を出し、そこにあるものを見せる。
「ああ、星のオーラか」
「そ。今から捧げに行くんだけど、オムイ様がキルガに案内してもらえって。
お願いできるかな」
キルガは笑う。断るはずがなかった。
「いいよ。だけど、少し待ってくれないか。あと少しなんだ」
「あ、急かしてないから。頼んでるのはこっちだし」
キルガは頷くと、先ほどより2.3倍ほど作業のスピードを上げる。
「武器の管理か……」
「守護天使の仕事だからね。いずれマルヴィナもやることになるだろう」
「ん。その時はまた教えてくれ」
再び、頷く。そして思った。
(マルヴィナも……守護天使、か)
なんとなく、嬉しい。理由は分からないけれど……心当たりは、
「……結構種類あるんだ」
……と、その時、マルヴィナの声がすぐ近くで聞こえた気がして、
キルガははっと我に返り、ついでにいつの間にか手が止まっていたことに気付く。
というのはこの際キルガには関係のないことで、それよりも彼には、
いつの間にかマルヴィナが何故気付かなかったのかというくらい
近くにいたということのほうが重要であった。
「なっマルヴィナ!? いつそこに!?」
「いつって、さっきからいるじゃないか。何を今さら」
ズレた事を大真面目に言い返すマルヴィナに若干のめまいを感じつつ、キルガは慌て言い直す。
「そ、そうじゃなくて、“この位置に”いつ……!?」
「ああここに? 今さっき。――んな事聞いてどうすんだ?」
いやその、と口の中で呟き、視線をサッと逸らせた。
心臓がバクついている。顔も熱い。
……つまりそういうわけなのだが(気付かない人はマルヴィナ並に鈍いのかもしれないが ←失礼)、
マルヴィナはらしくないキルガの慌てように首を傾げるのみだった。
「……えっと。終わった。……行こうか」
「ん。意外に早かったな」
実はやりかけなのだが。
一応何も言わず、板に槍をかけた。


   ***


……つまりそういうわけで。
ただいまマルヴィナは、キルガを案内役に階段を上り続ける。
蔓の伸びた階段、古めかしい石造りの塔、きらりと輝く満天の星。新鮮な空気。

「っ大きいなー! それに、すごい綺麗」

そして、美しい世界樹。
「ずるいなキルガ、わたしらよりずっと前から見られたなんてさ」
「それについては何とも言えません」
「あはは、冗談。……ここで、星のオーラを捧げればいいんだよな」
「ああ。やってみなよ」
マルヴィナは頷き、両手を出す。結晶は、ひとりでにすぅと浮き、
世界中に吸い込まれるように――ぱっと、消える。
途端、
世界樹は、神々しく、金と銀の輝きによって、空間を照らし出した。
光が消えるまでそれに見とれること数秒、マルヴィナはようやく声を出す。
「鳥肌たった。すごい綺麗! ずるいなキルガ以下略」
「ははっ、それについては、こちらも以下略」
「……普通に言ったほうが字数少なくないか?」
キルガはさりげなく無視。
「……とにかく、報告してきなよ。道は覚えた?」
「多分。でも、戻るのは同じだろ?」
「まあね」