ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅴ 道次 】――1―― page1


 キルガの想像通り、一番初めに集合場所に来ていたのはセリアスだった。
待ちに待った世界樹との対面がうれしいんだろう――ということは、キルガに言われるまでもなく見え見えだった。
「あー、確かあの時セリアス、ここにいたん」
「言うな言うな言うなっ! いや反省してますマジです勘弁してくれっ」
「わたしが上級天使だったらそれは通用しないぞ!」
「……………………………………」
 完璧に黙らされた。

 ……ともかく、世界樹につく。セリアスはマルヴィナが初めて世界樹と対面した時のように、
その大きさ、美しさに数秒見とれる。
「すっげぇなぁ……柄にもないけど、なんか生命の神秘、って感じだな」
「[たまには]詩人だな、セリアス」
「いやぁ、それほどで――キルガ、それ褒めてんのけなしてんの?」
「半々」
「……………………・あそ」
 即答され、一気に脱力するが、世界樹を前に再び立ち直る。
「俺、もしかしたら天使界史上一番幸せなやつかもしんない」
「単純かつおめでたいことで」マルヴィナは笑って、世界樹の南側に立つ。
 キルガは東に、セリアスは西に。それぞれ、左膝を地につき、右膝を立て、
両肘を足につけない程度に下げて両手を組む。“祈り”を表す。
 そして、――祈る。

 神経が、集中し始める――





             ―――――――――――――……さっ……






 ――前に、何かの倒れる音を、キルガもセリアスも前から聞いた。
「……っ、キルガ! マルヴィナがっ」
 セリアスの声に、キルガは目を開ける。祈りは、中断された。だが、それは彼らにとっては今はどうでもよかった。
マルヴィナが倒れている。そっちの方が重要だったのである。
「……マルヴィナ……?」
 彼女は、まるで眠るように倒れていた。顔が穏やかすぎる。息はしっかりとしていた。
 キルガは訝しげに首をかしげた。どう考えても、この眠り方は尋常ではない。
だが、なぜかこのまま起きないのではないかとは思わなかった。
「……ダメだ。埒があかねぇ。一回、戻ろうぜ」
 キルガは頷く。マルヴィナを背負うべく触れようとして、

「――っ!?」

 結界に触れたような痛みを覚えた。何かにはじかれたように。
「……マルヴィナ……? 一体、何があったんだ……?」
 答えは、なかった。





 ―――――――美しい庭園だった。
 どうやらわたしは、眠っていたらしい。頭が妙にくらくらした。
 ……ここはどこだ? ……一言で言うとしたら神秘的、という言葉しか思いつかないそこに、わたしがいる。

“ 人間は、この世にふさわしくない ”

 不意に聞こえたその低い声に、わたしはびくりと肩を震わせる。

“ 嘘をつき、平気で他人を貶める。そんな人間のなんと多いことか ”

 誰? 声だけで、圧倒されそうになる。

“ 私は、人間を滅ぼすことにした ”

 私のすぐ横を、赤い光がすごいスピードで通っていく。もう一度、ぎくりとした。
人間を、滅ぼす――?
ダメ、と声をあげたくて――声が出ない。
けれど、すぐにもう片方の横を、今度は青い光が通り抜ける――
 わたしの脳裏に、世界がうつった。赤い光が、世界に届くか、届かないか。
そんなところで、青い光が赤い光を止めた。二つの光が散った。
 お待ちください、と、綺麗な声が聞こえる。

“ 何故……止めるのだ。人間たちをかばう必要などないではないか ”
“ 私は人間を信じます。まだいるはずです、清き心を持った人間が! ”
“ 邪魔をするな、――――! ”

 声が一瞬途切れる。誰かの名を呼んだように感じた――

“ ……私は人間を信じます ”

 悲しげな、綺麗な声がする。

“ 私は……身を以て、そのことを――― ”

 ……その瞬間、光がはじける。目の前が明るくなった。
それは、まぶしくて、暖かな、ひか―――




 その瞬間、わたしは――




「っ!!」

 ――その瞬間、わたしは、

 ……マルヴィナは、目を開けた。

「マルヴィナ!」
 目に見えたのは、キルガとセリアスの二人。
「……あ、あれ……? ここは?」マルヴィナの呟きに、
「……おいおいおいおおいおい(←“お”が一つ多いことに気付かず)、まさか記憶喪失ってことはないだろな!?
わたしはどこここは誰とか言わなきゃ、……アレ?」セリアスが混乱し、
「セリアス、逆」キルガが冷静に指摘、
「あ、そうだ、わたしは誰ここはどことか言わなきゃ問題ない!」セリアス訂正、
「……わたしはマルヴィナですか?」マルヴィナがちょっとボケてみて、
「聞くのかーーっ」どぉっと脱力するセリアス。ほぼ漫才である。
「……マルヴィナ。大丈夫?」
 最後のキルガの一言に、マルヴィナは頷いた。

「……何か、変な感じがする。……意識が別のところにあったような……」
「……人間界で“夢”と言われるものか?」
「分かんないよ。見たことないんだし――って、あれ? ……翼は?光輪は――」
 マルヴィナが座り込んだまま、背と頭の上を確認(実際には見えなかったが)する。何もなかった。
「……戻らなかった? ……いや、祈りを中断しちゃったからか」
「……多分」
「……そっか」
 溜め息をつき、ごめん、と謝る。“夢”の内容を、忘れないうちに話しておこうと思った。
そして、口を開いた――


―――守護天使マルヴィナ、守護天使キルガ、候補セリアス……私の声が聞こえますか?


 だが、聞こえたのはマルヴィナの声ではない。無論、マルヴィナが発したわけでもない。
その声は、世界樹から聞こえた――
「……えっ? あ、あなたは……!?」
 言って、マルヴィナははっとした。先ほどの、綺麗な声。
今聞こえる声は、同じだった。

―――今は名を語ることはできません。……一度人間界に落ちてもまたここへ戻って来れるとは、
     これも奇跡というべきでしょうか。……あなたたちに、お願いがあります。世界に散らばった女神の果実……
     それを、全て取り戻してほしいのです。私のチカラを宿せし青い木が、あなたたちをいざなうでしょう

「……女神の果実……」
「青い木……?」
 三人は復唱した。

―――守護天使マルヴィナ。あなたに、一つの呪文を授けます。
     転移呪文……名は、“ルーラ”

「る、―――――っ!?」
 今度は復唱できなかった。
マルヴィナの周りに、あのまぶしくて、暖かい光が生じる。
マルヴィナの中で、何かの封印が解かれたような感触がした。
 何かを身に着けた、そんな感触が――

―――天使たち……どうか……果実お願……し……

 ……世界樹の光と声は、そこで消えた。



「……ど、どーなってんだ? 今の声、一体……」
 セリアスが変わらぬ体勢のまま、マルヴィナを見る。「なんかマルヴィナにかなり期待してたみたいだけど」
「分かんないって。……とりあえず、長老オムイさまにこのこと報告――」
「聞こえておったぞ、守護天使マルヴィナよ」
 別の場所から聞こえた言葉に、マルヴィナは立ち上がり、キルガは振り返り、セリアスは体勢を整える。
無論、長老オムイであった。近衛天使とともに、杖を片手に、しっかりと頷きながら。
「……今のはきっと、神のお告げ。お前たちが、女神の果実集めを命じられたのならば従うのみ!
マルヴィナ、キルガ、セリアス。再び人間界へ赴き、散らばった七つの果実を集め無事戻るのじゃ!」
「はっ」

 三人は、同時に了承した。わずか一ミリもずれずに。