ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅴ 道次 】――2―― page2


 セリアスは、ダーマ神殿地下一階のフリーフロアと呼ばれる場所で、ごすん、と椅子に座った。
「まぁまぁ。気を落とさないでよセリアス」
「落とすに決まってんだろ……せっかくきて、大神官いないから転職できません、そりゃねーよ……
あー、なりたかったなぁバトルマスター」
 もう一度深い溜め息をつく。幸せ抜けるわよ、とシェナが小声で茶化し、マルヴィナがつま先で蹴る。

「ほぅ。そなた、バトルマスターになりたいと申すか」

 そんな時にいきなり聞こえた声。よくあるパターンだなとマルヴィナがじろりと睨みつけかけ、
だがその半眼が見開かれる。
 大体五十代の、日に焼けた肌を持つ、大柄な男だ。深い 皺(しわ)、白髪がかった髪、だが老人を思わせない。
そんな男に声をかけられたセリアスは、まず初めに、相手の名を聞いた。
「……あなたは?」
「私は、ロウ・アドネス。バトルマスターだ」
 低く、重々しい声だが、恐ろしさを感じない。どっしりとした、冷静さを感じさせる。
 マルヴィナが珍しく身を引き、キルガが興味深げに眺め、シェナがしばらく見とれ、セリアスは椅子を蹴り立ち上がる。
「そ……そうなんですかっ!? ……うわぁ……なんか、……すげぇ」
 率直な感想を言うセリアスに、ロウはそのままの表情を崩さず、聞き返した。
「少年。名を何と言う」
「あ、俺、セリアスです」
「そうか、セリアス……そなたは今、戦士……といったところか」
 凄い! マルヴィナは、顔に出さずそう思った。見ただけで。何の特徴もないこの姿だというのに、
一発で職を当ててしまった―いやまぁ確かに僧侶や魔法使いには見えないけど―。
「……なんで分かったんですか?」
 シェナの問いに、ロウは慇懃に笑って答える。
「この年まで神殿に滞在すればな。大体は、雰囲気で分かる」
 凄すぎる。
「バトルマスター。そなたは、甘く見てはおらぬか?」
「………………え」
 セリアスの瞼が高速でしばたたく。
「……その名のとおり、バトルマスターは、戦いの 猛者_もさ_ 。己の全てを攻めにかけ、身を捨てても戦い抜く。
故に力は必要だ。だが……それだけでは、不十分だ」
「……と、いうと……?」
「精神力だ」ロウは続ける。「途中で投げ出さない、守りを考えない、己が向き合った相手には、最後まで向き合う」
「うっ……」
 セリアスが詰まる。
「そして――最後に、己の力は、己の力は、自分のために磨くのではない。そなたの……その仲間のために、磨くのだ」
「仲間、の……?」
 セリアスだけではない。マルヴィナも、キルガも、シェナもその話に聞き入ってしまう。しばらく物も言えなかった。
 だが、ロウはその様子を見て、臆するでない、と言った。
「攻めに全てをかけると言うことは、守りの全てを捨てるも同然。
セリアス、その決意があるならば、もう一度私の元を訪れるが良い」
 言い残して、彼はフリーフロアの、最も隅の席にひとり座った。

「…………意外と……大変なんだな、バトルマスターって……セリアス?」
 マルヴィナが呆然顔のセリアスに声をかけるが、キルガがそれを止めた。放っておいてあげよう、と言う意味らしい。
「……また、あとで来よっか?」
 それを見て、とりあえずセリアスにそう言ったが。
「え、行くのか?待てまて、俺も行くぞっ」
 ……いつもの調子で、自分から放って置かれることを拒んだ。
落ち込んでたんじゃないのか、と思ったキルガとシェナが顔を見合わせ……シェナが、呟いた。

「単純」



 その男は、かぶっていたビーバーハットをきゅっ、とかぶりなおした。
自分へと視線を送ってくる僧侶や魔法使いの女性たちに、軽く手を振ってやる。
女性たちの、その反応の分かりやすいこと! 瞬時に頬を薔薇色に染めてきゃいきゃいと騒ぐのである。
 ところがその男、フフン、と嫌味に鼻を鳴らすと、その後いきなり溜め息をつくのである。
「なかなかボクの好みはいないなぁ……まぁ、仕方ない。それが本当のイイ男ってもんだ」
 ……全く意味のつながらない、アホな台詞つきで。

 ……だが、そんな時に、彼女はいた。その男の、理想とする女性は。



「……それじゃ……そろそろ、果実に着いて情報を集めていこうか。どうせだし、二手に分かれるか?」
 その[女性]は、(つまり聞き耳を立てると)そう話していた。声も凛としていて素敵だ!
……しかし、ちょっと待て。今、果実、っていったか? わざわざ、こんなところに来て、求められる……果実。
それは、まさか……いい! いいぞ、話しかけるチャンス。
「そこの女の子!」
 精一杯の、ボクのいい声を出す。今まで、これに振り返らなかった女の子は(ほとんど)いない。
実際、メイドと女戦士と、理想の女性――の隣の女の子が
(若干睨みつけられた、というところまで気付かなかった)ボクを見る。が、
 ……肝心のその子は、見てくれなかった!! それどころか、話を思いっきり進めている。
「前と同じように行く? わたしとセリアス、キルガとシェナ、って形で。それとも、替――」
「……ねぇマルヴィナ」
「ん?」
 その理想の女性は――マルヴィナというようだ。いい名前だ!
「この人、貴女に用事があるみたいだけど?」
「は? 何?」
 ようやくまっすぐ見る形となる。面と向かうと、かなり可愛い! ボクは一つ咳払いして、話しかけた。

「果実って……金色のかい?」





 結局その場に残ることにしたマルヴィナたちは、その場でこれからの方針について話し合っていた。
「そこの女の子!」
 とか言う声には、シェナが反応し、口中でうっさいわねと毒づいていた。
 まさかそれが自分に向かってかけられた言葉だったとは欠片も思っていなかったマルヴィナは、いきなり現れた
第一印象・嫌味男に、いきなりつっけんどんな物言いをした。
 だが、
「果実って……金色のかい?」
 その言葉に、眉をひそめ、立ち上がって聞き返す。
「……なんで知っているんだ? …………イヤそもそも、あんた誰だ?」
 その嫌味男は、ビーバーハットを(再び)かぶりなおし、馬鹿馬鹿しいほどに丁寧なお辞儀をする。
「ボクは――スカリオ! 華麗なる魔法戦士さ!」    ←今、魔法戦[死]って出てきた……
「へぇ……」
 大して興味を持たないマルヴィナである。
「…………へぇって……そ、それだけ?」
「以外に何か? で、その果実探しているんだ。情報があるなら、教えて欲しい」
 一応は依頼する側、極度に優しくなりすぎず失礼になりすぎずの微妙な口調で、マルヴィナはそっけなく言った。
 だが、変人男、否スカリオは、ふふん、と鼻を鳴らす。
セリアスは咄嗟にロウ・アドネスと比べてしまい、咳払いした(本当は今すぐ蹴りつけてやりたかった)。
「教えてあげてもいいけどー、その代わり、ボクと――」
「あー、スカリオさん。マルヴィナは口説かないほーがいいよー。本気で怒らすと、こわいよー」
 シェナが冗談とも本気とも取れる、一番恐ろしい口調でさえぎる。
「……口説いてたのか? 悪いがあんたみたいな変人に興味はない。
情報も教えてくれないなら、いるだけ無駄だと思う。とっとと帰れ」
 マルヴィナがトゲだらけの言葉を返す。キルガは苦笑し、セリアスは吹き出し、シェナはうんうん、と頷く。
「あ、あぁ、じょっ冗談だよ! 教えるよ。――実はねぇ、その果実、ここの大神官が食べちゃったんだよね」

 数秒の沈黙。

「…………………………た」
 そして、震えてマルヴィナが声を出す。




「「「「食べたぁ―――――――――――――――――――――――っ!?」」」」




 ……その後フリーフロアに、四人分の声が響き渡った。