ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅱ 人間 】―― 1 ―― page3
――その彼は、たまたまその地にやってきた漁師の舟に乗っていた。
漆黒の髪が潮風になびく。端整な顔立ちの彼の左頬には、
今は治りかけている―元は大きな傷だった―そこを覆うようにガーゼが貼ってあった。
「お前さんの噂は聞いてっぞ、兄ちゃん」
漁師の、威勢のいい親父さんが、彼に話しかけた。
「何でもあの大地震の時、その後上から落ちてきたらしいじゃねえか」
「……ええ、まあ」
彼は二語、人間の世界では珍しい、不思議な声で答えた。
「いってぇお前さん何者だい? 聞いた話じゃトンでもねぇ大怪我負ってたっつうに、
今やそんなケロッとしてやがる。いくら若ぇったってなぁ」
「鍛えられたんです」そう答える。「それだけですよ」
「それ[だけ]でそうなっちまったら、大したもんだぜ。……ところで、そろそろセントシュタインの国だ。
あの辺で降りてもらうしかねぇ、そっから歩いてくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
「まあ早まるな。礼は後だ」
数分経つか経たないかの間に、船は陸に着く。親父さんは舟の中のロープをつかんだまま、ニヤリと笑う。
「ま、これも何かの縁。俺の名はジャーマス! 覚えておいてくれよな!
――っても、ま、この顔の刺青で分かるか」
そう気にしてはいなかったのだが、ジャーマスの右頬には獰猛そうな魚_ピラニア_の刺青がある。
確かに何年経っても忘れそうにない。それにもともと彼は記憶力が良い。
「ジャーマスさん、ですね。いつかまた、お会いできる日が来ますように」
彼は笑い、手を差し出す。大きく逞しいジャーマスの右手が、がっちりつかむ。
「……僕の名は、キルガです」
彼は――キルガは。
翼と光輪を失った、かつての天使の一人は、そう言って、漁師ジャーマスに別れを告げる――。
***
「ど……どういう事っ!」
ウォルロ村にて、リッカは思わず、門のところにいた近所に住む若者の胸ぐらをつかんだ。
……時は十分前に戻る。
村長のドラ息子ニードと、突然現れた守護天使と[同じ名前の]マルヴィナの二人が、
村の外、峠の道まで出かけた。
そのことを知らないリッカは、しばらくマルヴィナを探し回り、人々の情報で門までたどり着いた。
「あの二人ならさっき出て行ったぞ」
という若者の言葉によって、リッカがその若者の胸ぐらをつかむこの光景ができたという事だ。
「い――痛い痛い。分かった、話すから離してくれっ」
「え? ……何を?」
「手を!」
「……? ああ、[離せ]ね。喋る[話す]かと思った。――ごめんなさい」
開放された若者は、大げさにげほげほ咳き込み、その後無造作にぐしゃぐしゃと頭をかく。
「いや、何かニードさんが来て、峠の道まで行くからここを通せって――いや、俺は止めたぞ?
でもコイツがいるからって、あの変――じゃなくてマルヴィナつれて行っちまって」
リッカ、硬直。
「な……何てことよ……ニードったら……帰ってきたら即チョップ決定よ……」
リッカは低く呟き、宿へ向った。
情報提供したにもかかわらず礼も言われぬまま残された若者は、
「やれやれ……ニードさんご愁傷様」
こちらも呟いた。
道が二手に分かれている。
看板には、『峠の道』の文字。
マルヴィナは、さっさとそっちへ行く。一方ニードはというと。
「お、おい、待てよぉ……お前、速すぎる……」
……情けなくへたり込んでいた。
マルヴィナは顔だけ振り返り、早口で言う。
「何それ自分から言っておいてギブアップ?」
「……な、舐めんな! 俺はまだへこたれてねーぞ。さっさと行くぞ!」
「誰が?」
「うるせ」
二人はさらに進む。

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