ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅸ 想見 】――2―― page3


 地下水路奥部の二人に戻る。
「そろそろ、空気が悪くなってきたな」
 マルヴィナは手団扇であおぐ。が、来る風はじめじめとして不快だったので、すぐさまやめた。
「あー、じめじめ。きのこ生えてきそう」
「生えるの!?」
 シェナの爆弾的な発言に、マルヴィナは大声で反応。かなり響いた。
 声デカいわよ、シェナはそう言おうとした。が、先に、マルヴィナよりなお大きな声が、それを遮る。

「誰やっ」

 二人は素早く目を合わせる。息を合わせ、陰に隠れる。
「……そう言うあなたこそ、誰だ? 名を聞くなら、先に名乗るのが礼儀ってものだ」
「礼儀も冷気もあるかい。邪魔せんといてや」
「寒っ。冗談いうならもっとましなもの考えなさいよ。――いくら蜥蜴でもさ」
 ……声の主は。

 蜥蜴――否、もはや 竜_ドラゴン_ というに等しいそいつ――アノンだった。



「アンタら、さっきのけったいな旅人やないか」
 幸い、巨大アノンの近くにユリシスはいた。探す手間が省けたわ、とシェナは心配っ気の全くない声色で言う。
「まぁまぁ。……けったいとはご挨拶だな。わたしはマルヴィナ、あんたの食らった果実を求めて旅をする者だ」
 挨拶を始めたマルヴィナに、シェナは苦笑、アノンは呆然。ユリシスの表情は分からない。
「なんや、つまりは、あの果実を返せ言うんか。生憎や。もうわてが食ってもたがな」
「全部か?」
「見りゃわかるやろ、完璧な人間の姿んなっとるんやで」
 その言葉には、マルヴィナもシェナもフリーズした。
 完璧な人間の姿――いや待て、ちょっと待て。マルヴィナは目をしばたたかせる。
観察。結果。
 金色の厚い鱗、大きすぎる目、細い眸、ずらりと並ぶ犬歯、……
「……ヤバいわよマルヴィナ。こいつ、この格好で、本気で人間だって思い込んでるわ……」
「………………………………………………」反応のしようがない。
「はぁぁん? 何か言うたか? あんたらどうせ、わての夢壊しに来たんやろ」
 アノンは、やはり大きな足を踏み鳴らし、二人の前に歩いてくる。
二人は身構える。ついでに落ちてきた小さな石から頭を守る。
「やがな、あの城に戻すわけにはいかんのや……敵ばっかのあの城には……
それでも引き戻すっちゅうんなら、容赦はせぇへんでっ!」
「っ!!」
 言うと同時、気合のこもった爪の一撃がマルヴィナをかすめる。
 体格の割に、素早い動きだった。小手が音を立てて三つに分かれる。いきなり使い物にならなくなった。
「不意打ちか、卑怯なっ」
「うるさい、うるさい! 容赦せぇへんっ」
 暴れている、という言葉がしっくりくる。暴れるアノンの一撃に備え、シェナは神秘の悟りを開く。
攻撃、回復共に、潜在能力を引出し、魔力を高める賢者特有の技である。
「戦うしか、なさそうね」シェナは溜め息をついた。
「二人だけだからな、最初は防御専念だ」マルヴィナは言いながら、左腕に通した紅蓮の盾をふりかざした。
炎のバリアが二人の前に生じる。
「シェナ、後衛へ。援護を頼みたい。わたしが合図したら、攻撃に移ってほしい」
「いいの? ずっと回復じゃなくて」
「大丈夫。わたしも隙を見て、攻撃する。……あぁ、なるべく奴の視界に入りにくい位置に、もう少し……そのあたり」
 指示通りにシェナは動く。
「……って、ごめん。また即興だから、上手くいかないかもしれない。無理を感じたら、安全な位置に動いてほしい」
「かまわないわ」
 シェナはそれだけ言った。

 最近、マルヴィナの即興作戦の腕(?)は著しく成長しているように思えた。
戦術を組み立てるのは最初、マルヴィナとセリアス、主にはセリアスだった。
が、彼の場合、最近は攻撃に専念することが多く、攻撃と援護を交互に行うマルヴィナの方が戦況を見渡しやすくなった。
それからはずっとマルヴィナが作戦を組み立てていた。
が、直感的に作っている割には、彼女の作戦はほぼ完璧に思える。
何度も修羅場をくぐり抜けたおかげだろうか。いや、それだけではない気がする。
マルヴィナに眠る才能が一気にあふれてきたような、隠された能力が吐き出されたような、そんな感じがする。
(……従うわよ、マルヴィナ)
 シェナはそう思った。マルヴィナの直感を、無意識に信じて。

「今だっっ!!」
 マルヴィナの合図。呪文を詠唱し始めるシェナ。
マルヴィナが跳びかかる、アノンが叫ぶ。マルヴィナは飛び散った血を気にせず、
金色の鱗を思い切り蹴りつけて後ろへ跳んだ。

「ドルクマっ!」

 シェナが叫んだ。強く大きな闇の魔力が、炸裂する。
アノンは唸ると、息を一気に吸い込む。“竜斬り”の構えをしていたマルヴィナははっと目を見開く。
「防御を固めろ、来る!」
「了解!」
 二人が盾をふりかざし、身を縮めたその後、激しく燃える炎が噴出された。
 が、それは炎のバリアによって四方に小さく散る。二人は唇を噛み、顔をあげる。火傷はない、大丈夫。
だが、熱気はかなりの物だった。まともに喰らえば、おそらくは即灰になっていた――。
(気付いているんだろうか)
 マルヴィナは思う。
(人間は火を吹かない、即ち自分は人間ではない。アノンは、それに気付いているのだろうか)
 いないな、そう思い直す。
気付いていれば、戸惑うだろう。だが、相手は、変わらず興奮し、
一瞬意識を走りに向けたマルヴィナに向かって、大きな爪を振りまわ――

「……え?」
「マルヴィナっ!!」

 その一瞬が、命取りとなっていた。
攻撃するために背後に回ろうとしていた、その時を狙われた。爪が振り回される、横腹を容赦なく一思いに裂く。
 息が止まる。
 痛みが感じない――


 ――――――ィナ、


 ……シェナの声が、聞こえない――



 ―――『あの子だよ。イザヤールの弟子になった……異質な天使ってのは』
 ……何年前だろう。今よりずっと幼い時、まだイザヤールの弟子になりたての時、そんな声を聞いた。
 未だ数人から、異質と呼ばれ、関わり合いになりたくなさげな視線を送られた頃。
ざっくばらんで、なんと言われようと自分が良いと思ったこと、気にしないと決めたことは、そのままを通し続ける、
そんなマルヴィナも、さすがにその言葉はこたえた。
 知っていた、自分はまだ孤独だと、受け入れられないと。

 一部の者には。

 そう、だが、もう一つ知っていることがあった。
受け入れてくれる人は、必ずどこかにいる、心の奥底でそう思う人はいる。
 マルヴィナにとっての、師匠やその友達、昔からいつも共にいたキルガやセリアス。
 マルヴィナが求めたのは、彼らの無言の理解。
無理矢理解決しようとは思わない、無駄に慰めようともしない。
孤独なものに求められるのは、厚かましくない理解。


 あなたもそう思っているはずだよ、ユリシス。
 そして、無言の理解をすべきものはアノン、あなたの役目なんだ。



 ―――――――――「ベホイム」
 シェナの回復呪文が、マルヴィナを包む。
マルヴィナは深く息をつくと、歯を食いしばり、ゆっくりと起き上がる。
「…………ありがと、シェナ」
「まだ傷はふさがっていないわ、動かないで――……っ!?」
 シェナの集中力が途切れる。再びアノンの爪が振り下ろされる。マルヴィナはシェナを突き飛ばした。
爪が地面に叩きつけられる。アノンは伝わってきた痛みに呻いた。
 マルヴィナは唇を結び、まっすぐにアノンを見た。

「……あなたがやるべきことは、そんなものじゃない」

 呟く。独り言のように、静かに。
「……そんなことは、求められない。わたしと……かつてのわたしと同じ、孤独者には。そんなことは」
 伝わるだろうか。伝えねばならない。人の思いを。
「……分からないか? 本当は、力ずくでは、人の心は変えられない」
 先ほどまでアノンの攻撃に抵抗はしてきたが、それだけで事を終わらせようなどとは考えない。
そんなことは、不可能だから。
「だから、なんやと言うてんのや。帰すわけにはいかん、あの敵だらけの城に」
「敵だらけ。確かめたわけでもないことを、よく言うな」
「うるさい、はよ黙らんかいっ……!」
 三度、マルヴィナを狙って、爪が襲う。マルヴィナは身構えた。剣を構え、抵抗しようとする――



「―――――――――――やめてっ!!」



 ……時に、突き刺さるような、何かを想ったような、鋭い声が響いた――――……。