ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――1―― page2
ドミールの騎士は、祈っていた。
その墓に眠る者たちに。
四人。若き男性と女性、その隣に、少し大きめの女性の母の墓。
更に、少し離れた別の場所に――とある少年の、墓が。
……
少し大きな墓に祈るのは、もう日課であった。どうか、あの方をお守りください、と。
ここに眠る修道女が、天寿を全うしてから。毎日。
「ケルシュ」
騎士は――ケルシュは、自分の名を呼ばれ、その声の主に――現在の里長、ラスタバに頭を下げた。
「……もう、この毎日にも、慣れてしまった」
足の完全に動かなくなったラスタバは、杖を使いゆっくりと墓の前に来る。ケルシュが支えた。
「いや、結構……感謝する。……早いものだ。あれから、もう三百年か」
「はい」ケルシュは答えた。
ラスタバはもう老人である。ケルシュも、若くはない年ごろだ。
「……せめて、あの方だけでも、戻ってこれたら――戻ってきてくださらねば、せがれが浮かばれん」
「えぇ」ケルシュは頷く。
祈って、祈って――祈り続けて。そして、この間に戻ってきてくれればと思って――
そんな都合のいい話があるわけがないと、でもどこかで期待して……
いつも、やるせない思いで、ため息を吐いて終わるのだ。
いつもどおり、いつもの時間だけ。……そのはずだった。その声が、飛び込んでくるまでは。
「――すみませんっ!!」
異なる風が吹いた。
……その意味――異国の民が、現れた。
「お客人……?」
「何と――実に、珍しいことだ」
ケルシュは崖の上から、入口を覗き見た。多い。三人――否、四――
「―――――――――――――――!!!」
そして、ケルシュは目を見張った。
「あ……あぁああああっ…………!!」
見開かれた、その眼には。
ずっと待ち続けていた、ずっと無事を祈り続けていた、ひとりの娘を映していた。
「異なる風の、歓迎を。――ようこそ、外界のお客人。ここはドミール、人間とは異なる
『竜族』住みし小さき里です」
里長に古めかしい挨拶をされ、三人は返す言葉を咄嗟に思いつけず、頭を下げた。
……そして、マルヴィナが、隣に顔を移す。
「……あの。どういう、ことですか……?」
彼女の目線の先には、小さく息をつくながらも意識の戻らないシェナ。そして周りには、
心配げに見守る、里の女たち。
だが、里長はそれより先に、マルヴィナたちを見て、問うた。
「あなた方は……お見受けしたところ、人間ではありませぬな」
普通に聞けば、それはとてつもなく失礼な言葉にもなる。だが、彼は確信していた。
それをマルヴィナたちも読み取れた。この人は、知っている。そう思ったからこそ、素直に答えた。
天使です、と。
天使の存在を、彼らは知っていた。何故なのかまでは分からなかったが、マルヴィナの話を聞き、
里長は納得いったように頷いた。
「……シェナさまは」
里長――ラストゥアーマダと名乗った彼は、ようやく説明を始めた。
「シェラスティーナさまは……このドミールの民、いわゆる――竜族です」
この状況から想像していたこととはいえ、三人は驚きを隠せなかった。
“ ―私も、色んなわけがあって天使界にいられなかった――元、天使― ”
“ ―……私は……天使界には、戻れない― ”
自らを天使と偽り、行動を共にしてきたシェナ。
だが、その正体は。
「………………………………・」
「恐らく」ラスタバは続ける。「シェナさまは、ご自分の身分を隠すために、天使を名乗られたのでしょう」
三人は、答えない。
「何ゆえ、そうされたのかは、私めは残念ながら知り得ませぬ。ですが――」
「許せ、っていうなら、断るよ」
マルヴィナは小さく言った。キルガとセリアスが、驚いて彼女を見る。
「……なんで、隠し事なんかしたんだ。シェナが誰であったって……どんな出身だったからって、
仲間であることは変わらないのに。なんで、隠し事なんかしたんだっ……」
「マルヴィナ」
マルヴィナは、シェナの嘘を怒っているのではない。……シェナに嘘をつきつづけさせてしまった、
自分たちの関係に、怒っているのだ。
……彼女は何処までも、仲間思いで、優しかった。
ラスタバの話は続く。
シェナは、五百五十年ほど前に生まれた竜族。
そして、古の絶大な魔力と知恵を兼ね備えた『真の賢者』の正統なる後継者である。
その名の通り、彼女はあらゆる魔法を次々とその身に覚え、素晴らしい成長を見せた。
……だが、三百年前。
ガナン帝国を名乗る、紅い鎧の兵士たちに、その能力を恐れられてか、強制的に連れ去られてしまった。
マルヴィナは知っていた、キルガとセリアスは予想していた。それでも――事実をはっきりと知らされ、
言葉を失わずにはいられなかった。
……・
「そこで一人の少年の命が失われ、里長はその後、天寿を全うされました」
少年、の言葉に一つの悲しみを交え、里長、の言葉に言い表せない思いを抱き。
「――シェナさまの安否を、確認されぬまま」
一筋、涙が流れるのを、隠さずに、言った――……。
「お話、ありがとうございました」
マルヴィナは礼を言い、二人も続いた。布を出し、マルヴィナはラスタバに差し出す。
かたじけない、とラスタバは布を受け取り、まなじりを押さえ、目をしばたたかせた。
「しかし、シェナさまは、あの頃とお変わりにならない。……忌まわしき帝国が滅びてから、三百年……
一体、何が起きたのでしょう」
「―――え?」
その言葉には、マルヴィナとキルガが反応した。
「……滅び、た?」
「……帝国が……?」
「………………む?」
遅れて、セリアスも。
「む……何か?」
ラスタバが怪訝そうな顔をするのを見て、マルヴィナはさらに混乱する。
「じゃあ、今ある帝国は、一体……?」
「……む?」
「何……?」
マルヴィナの言葉には、ドミールの民たち全員が首を傾げた。
「お話します」
その空気に、キルガが割って入った。「今存在する帝国と……僕らがこの里を訪れた、理由を」

小説大会受賞作品
スポンサード リンク