ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅡ  【 夢 】4


 キルガは敵を睨み付けた。指を口に当て、高らかに口笛を吹く。挑発。
バラモスの巨体が、ゆっくりとキルガの方を向く。その隙に、マルヴィナとセリアスが突撃。シェナが援護する。
これだけ体格に差があったら、もう足元から攻めて、傷を負わせ、動きを鈍くし、
欲を言えばうずくまるか倒れるかしてくれなければ確実に急所を狙えなかった。
 安直すぎ、単純すぎる、だが今の彼らにはそれしかない作戦であった。

 ――持久戦。
果たして、どこまでもつだろうか。

 重装備を気にせず俊敏に動き回るキルガに苛立ちを覚えたのか、
バラモスは先ほどと同じように腕を振り上げ、叩きつける。
キルガは辛くもそれを避ける、だが、状況は先ほどとほぼ同じとなった。
 すなわち――再び、マルヴィナとシェナは吹き飛ばされたのである。
しかし今度は、その位置がまずい。殆ど敵の眼先である。
「しまっ――」マルヴィナの声は、最後まで紡ぎだせない。


 バラモスの雄叫び、威嚇、そして、息を吸う。四人、身をすくませる――

 火炎が、巻き起こる。

 マルヴィナは咄嗟に身構え、キルガは盾を振りかざし、セリアスは後ろに跳び、シェナは逃げ遅れる。
「――――――――――――ッ!!!」
「う――――っ!!?」
「シェナっ」
「マルヴィナ!?」
 セリアス、キルガが叫ぶ。吹き飛ばされて体勢の崩れていたマルヴィナもその行動に意味はなく、
シェナと同じく大火傷を負う――しまった、と両者は思った。
回復役が一気に、二人動けなくなった。この場で回復呪文を使えるのは、もうキルガしかいない。
だが――シェナはすでに動かない。マルヴィナも、小刻みに震えるのみである。
 それでも、二人を回復させねばならない。キルガは集中する、が、敵の動きは迅速だった――
させまいとするように、再び、腕を振り上げる――

(……―――――――――間に合わ―――――!!)



 ____________________ざっ!!




「ちょっと、何でこんなところにいるんだよ!?」
「不思議はないわ。どうせ、ここは並行世界――私たちにとっても、彼らにとってもね」



 ……回復は、間に合った。
敵の攻撃をさえぎった者たちのおかげである、そしてそれは―――


 顔は見えない、だが、灼熱の長髪と、金色の結え髪の女性二人は――……



「ま、やばそうだし、さっさと斃すか」
「そうね。そのあとに、『現世』に送り返せばいいわね」
 灼熱の長髪が、跳躍。その手にしていたツメが翻る。紅い波動、雷音。
 金色の結え髪が、詠唱。掌から、冷気がほとばしる。蒼い巨氷、割音。

 回復したマルヴィナが、キルガが、セリアスが―シェナは依然として目を覚まさないが、どうやら息はあるようだ―、
呆気にとられたまま、その光景を眺める、目の前で起こる激戦が、信じられないとでもいうように。

 あれだけ苦戦していた敵が、反撃すらできないまま、一方的に押されてゆく。
「やりぃ! 奴さん、足痛めてんじゃないか!」
「大分楽に進められるわね。彼らに感謝する節もあるみたいだわ」
 余裕そのものの声を聞いているうちに、――いつの間にか、敵はゆっくりと後ろに倒れていた。
その身体が、ゆっくりと消えてゆく。

 ……早い。三人は、同時に思った。
こんなに早く、しかもたった二人で斃せるほどの実力者――


 その二人の名は―――――……



「はい、そこまでだ」
 灼熱の長髪が言う。
「今回何でこの世界に来れたかは知んないが、ここはまだあんたらが来るところじゃない」
「まだ足りない」金色の結え髪も言う。
「実力をつけること。できるなら、二度と来てはいけない」


 あまりにもいろんなことが起こりすぎて、何も言えない三人は、その状況を崩すことのないまま、
窮地を脱させた二人の女傑の放った白い光に包まれる――




 意識があったのは、そこまでだった。



   ***


 ――――――――――「……で」


 翌朝、マルヴィナは呟いた。
「結局のところ、何だったんだ?」
 だが、その問いには、う――むと悩むほか三人。

 もちろん、昨日あるいは今日の、『並行世界』という名の夢についてである。


 一番初めに目が覚めたのはキルガで、次いでマルヴィナ、シェナ。
例によってセリアスはシェナがブッ叩いて起こすまでぐーすかぴーすか寝ていたのだが。
 マルヴィナとキルガは不寝番の途中、二人して湿地帯その場で意識が途切れたために服がかなり濡れていた。
だが――『並行世界』で負った傷については、これが何にもないのである。
 夢なのか。本当に別の世界とやらで現実に起こったことなのか。
どちらの結論にしても、同じくらいに疑問が残った。

 さらに疑問の幅を広げているのは、途中で助けに来てくれた[あの]二人である。

 顔は見えなかった、声ははっきり聞こえた。だが、あの二人は、紛れもない。
現在マルヴィナを最も混乱に陥らせている者――“剛腹残照”マラミアと“悠然高雅”アイリス、
この二人に間違いなかった。



「だ――――――――――、もうだめだ。パンクする」
「ぷしゅー」
 セリアスの降参の声に便乗して、シェナ。あまりにも気の抜けた発言に、マルヴィナは思わず吹き出す。
緊張感漂っていた空気が、少々晴れたような気がした。
「……それにしても、強かったな。あの二人は」
 キルガだ。誰に言うわけでもなく、ぽつり呟くように。
 これには皆、頷くほかなかった。圧倒的、なんて言葉では表せない。
「なんというか……うん。…………・」
 言葉を見つけようとするが、マルヴィナには無理であった。
その代わりに、言う。
「……わたしたちは、まだまだ……ってことだよな。まだ強くなれる。多分……」
「今回は運が良かったんだな」セリアス。
「でも、次もこう行くとは限らない」キルガも言った。
「“あれば”の話だけどね」シェナが笑った。だが、その眸は、暗かった。
(……できるなら、二度と起きてほしくないけど)
 マルヴィナに会うまで彷徨い続けた、何もない、何も見えない、真っ暗な世界。


 あの“夢”を、二度と見たくはなくて―――……。



「今度さ、攻撃の回避方法、研究してみようかと思うんだ」マルヴィナがいきなり立ち上がり、言った。
「今回の一戦で、割と改善点を見つけたんだ。……わたしは、まだまだ強くなってみせる」
 彼女の前向きな姿勢に、キルガは応じ、セリアスは気合を入れる。
「よっしゃあ! 俺ももっと鍛錬を積むか!」
「同じくだ。呪文側も強化したいな。シェナ、また頼むよ」
「あ、わたしもお願い」
 屈託なく笑う三人を見て、シェナは一度まばたきをする。

「…………………………」
 真っ暗な世界。自分さえ見えなかった、永久_とこしえ_の闇。

 それを切り裂いた、一縷の光――

 それは、いつか暗闇を大きく照らすだろうか。



「………………・了解よ」



 その光を、見たかった。
だからシェナは、笑った―――



「さて、じゃあまずはエルシオン学院に出発だな」マルヴィナ、
「あぁ。思ったより海が良くなってきてる、そろそろ出られるかもしれないな!」セリアス、
「シチュー、どうするんだ?」キルガ、
「あ、私飲みたいかも」シェナ、
「む―――……そうか。じゃあ俺も飲む」セリアス再び、
「かなり少ないよ。足りるかな……てか昨日より減っていないか?」マルヴィナ、
「セリアスが盗み飲みしたからだろう」キルガ、
「何でバレた!!?」かなり驚いてセリアス、
「適当に言った」悪びれずキルガ、
「キルガ……お前実は超能力者だろう」セリアスが大真面目に言い、
「もしそんな力があったらまずセリアスを止めただろうな」キルガも大真面目に言い返し、
「「……………………………………」」残る女二人はホクホク顔で温かいシチューにありついていた。



「ちょ、俺の分は!?」
「欲しかったらブラックベジターでも入れて食え」




 四人の旅は、今日も続く。





             サイドストーリー 【 夢 】―――完