ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅷ 友達 】――1―― page4


 風呂を出て着替え、服を洗濯し、シェナの長すぎる銀髪を乾かしている間。

「あれっ?」

 マルヴィナは、一人の従業員に視点を合わせた。
綺麗な飴色の短い髪、化粧っ気のあまりないさっぱりした雰囲気の女性、マルヴィナはその人に声をかける。
「あのぉ……ひょっとして、ハイリーさん?」
 いきなり名を呼んだ泊まり客に、従業員は驚き、頷いた。
「え、えぇ……あの、……何故?」
「やっぱり! ベクセリアで、町長サン家で、『お客様ですか?』って聞いてきた、
執事代理の、ハイリー・ミンテルさん……って」
「……マルヴィナ。あなた一体何者?」
 余計なほど覚えていたマルヴィナに半眼を向けるシェナ。
「……うん。わたしも、今思った」
(大抵あなたがこれほど覚えている相手って、怪しい人間のはずじゃ……)
 マルヴィナはどこか疑わしい人物のことはよく覚えている。実際、黒騎士の馬の鳴き声、
ツォの魚窃盗未遂男、第一印象的に怪しかったらしいカラコタ橋のメダル(開き直ってそう呼ぶことにしている)を
今でもよく覚えているのだが、
(……ハイリーさんが、怪しい人物だって言うのかしら)
 そういえば、初めて会ったベクセリア、そこで見た彼女の動きには素人らしくないものがあった。
それと関係あるのだろうか。……いや。

(……考えすぎか)

 シェナは止めていた手でタオル越しに髪をぐしゃぐしゃにかき回し、髪の隙間から二人を見る。
どうやらハイリーもマルヴィナのことを思い出したらしい。二人は楽しそうに話していた。
やっぱり、考えすぎねとシェナは自嘲気味に笑った。
「それにしても、どうしてここに? ベクセリアで働いていたのに」
「あれは出稼ぎみたいなものです」ハイリーは笑う。
「生き別れた弟がここにいるって聞いたんです。……まぁ、とっくに親戚の家に行ってしまったみたいなんですけれど」
「そう、だったんだ……」
 姉弟か、と思った。天使界に兄弟はほとんどいない。親は誰にもいない。
天使にとっての親は、創造神、創り、天使界に送る、全ての生命の父創造神グランゼニスだから。
「それで、今はここの宿で働いている、ということです」
「ここの人たち、感じも良いし、真面目そうだし、ハイリーさんにぴったりかもね」
 シェナが髪をもてあそびながら笑った。
「あはは、私はそんな真面目じゃ――コホン。……従業員が礼儀正しいのは、以前町の中央のお屋敷で
働いていた、使用人たちだからですね。どうやら、一年前に、全員やめさせられたみたいなんですけど」
「やめさせられたぁ?」
 マルヴィナ、復唱。「全員?」
「えぇ……お屋敷のマキナさまに、そうおっしゃられたと」
「じゃあ、何? マキナって、今、あの屋敷に……一人暮らししているってこと?」
 ハイリーの答えは、肯定だった。
「一年前、病弱だったマキナさまのご病気が、ある万病に効くという果実のおかげで治ったということでして。
でも、それ以来、どことなくマキナさまは変わられたみたいだと、おっしゃっていました」
 そうなんだ、と頷こうとしたマルヴィナ&シェナ、その視線を素早くばっちり合わせ、
同時に「「果実って!?」」とすごい勢いで尋ねる。
「は、はい? い、いえ、よくは存じませんが、手の平にしっかりと乗るような、
大きな金色の果物だったそうです」
 金色の果物――! マルヴィナは叫びそうになったが、何とか抑えた。もしかしてこんなのか!? と、
実際に集めた三つの果実を見せてやりたかったが、さすがにそうするとこの町の長の、[あのオヤジ]に
目をつけられそうなので、行動に移すわけにはいかなかった。第一、今は部屋の中である。
 それにしても、どこへ行っても果実がすんなり手に入らない。行く先行く先、狙ったように果実が
[あった]ということが、唯一の救いではあったが。
「でも、やっぱり、マキナさまのことが、心配になってしまうんです」
 ハイリーは深々と、ため息をつく。
「何でも人にあげてしまうから……だから、欲望だらけの町の人に、いいように使われてしまうんです」


   ***

 シェナは一人、部屋の外のベランダで夜風にあたっていた。ほてった頬を風が撫でていく。
(懐かしいな。この町)
 眠り始めるにはまだ早い夜、民家や酒場から、人々の笑い声が聞こえた。
シェナは目を閉じる。この町は、[あの日]を迎えてから、初めて来た町だった。

 私が目覚めてから、初めて来――

「あれっシェナ?」
 と、いきなり自分を呼ぶ声がする。びくんっ! と体が大きくはね、勢いよく振り返ると、そこにキルガがいる。
「な、あ、き、キルガっ?」
「どうしたんだ? こんなところで、風邪ひかないか……って、そんなわけないか」
 [天使が]風邪をひくなんてありえないのだが、それよりもシェナは自分の今の反応の不自然さを
彼に気付かれなかった(あるいは気にされなかった)事が重要であった。助かった、と思った。
「ええ。大丈夫。……マルヴィナなら、あっちのベランダよ」
「あ、そっちか。――いやいや、訊いてない訊いてない」
 キルガが納得してから、あわてて否定する。が、最初に言った言葉は明らかに本音である。
 その様子にシェナはいつもの調子を取り戻し、
「はい、無理しない」
 と言ってやる。当然返す言葉のないキルガ、シェナに「いってらっしゃい」と見送られ、
溜め息をついていることがまるわかりな足取りでその場から立ち去る(と言いながら向きはマルヴィナのいる方)。
だが、真っ先にあったのはマルヴィナではなく、サンディであった。

「やぁぁぁぁっと見つけた――っ! マジ探したんだからーっ!」
 探されていたのはこっちなのか、と胸中で突っ込みつつ、
キルガはとりあえず「……サンディ」と名を呼んでおいた。
「あれ、キルガじゃん。マルヴィナかと思った」
「……サンディ、視力は?」
「両眼5.0」
「どんなんだ……? どう考えても見た目に無理があるだろう」
 というキルガの正論は、当然ながらサンディを凹ます材料にはならないのだが。
ともかくマルヴィナを探していたらしい彼女に、マルヴィナならあっちのベランダだと、
シェナ情報をそのまま伝える。が、彼女はいるならイイ、とあっさりした答えを返し、そのままくるんと回る。
「とっこっろっでぇ~、このアタシ見て、な~んか気付くことナイ~?」
「あぁ、コサージュか?」
「分かってんなら先に言いなさいヨっ!!」
 サンディがいつも髪を飾っているコサージュである。が、今は恐ろしいほどに色鮮やかな
強烈ピンクの派手な花に変わっている。なんだかどこかで見たことがあるような気がしたが、
それにしてもサンディの好みにぴったりあった花だな、と思った。見ているだけで目を覚ましそうである。
「どうしたんだ? それ」
「ふっふ~ん。フラショに売ってた~」
「……ふらしょ?」
 考えること四秒、フラワーショップの略であることに気付いたが……
何でも略せばいいというものでもないような。
 それよりもキルガが意見を付けたのは、
「つまり万引き?」
 ということである。サンディは即答で反論をする。
「人聞き悪っ! フツーに、んー、まぁもらった的な?」
「イコール万引きだな」
 当然キルガも突っ込む。
 サンディがぷううううっ、と頬を膨らませ、苦笑してキルガがもう一言何かを言おうとしたとき、

「あれ、キルガ、何やってんだ?」

 という、捜していた人物の声が後ろからして、頭の上に何かが乗っていたら確実に吹っ飛ぶような勢いで
キルガは慌て振り返った。
 その様子にマルヴィナは驚き、目をしばたたかせる。
「……何?」
「あ、いや……驚いた」
 何ともそのまんまな感想に、マルヴィナはあそ、と気の抜けた返事をする。
サンディがマルヴィナの姿を確認し、シェナのいる方向へ行き、そしてマルヴィナは逆方向、
つまりキルガの方向へ歩いて行って、そのままその横を、……通り過ぎる。
「ま、いいや。おやすみ」
「……は? あの、マルヴィナ」
「あー眠……今日は寝られそう……じゃ」
「……………………」
 一人残されたキルガを、シェナはもちろん笑いをこらえながら眺めていたりする。


 ……ちなみに、セリアスはとっくに寝たらしかった。