ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅷ 友達 】――1―― page2
ならず者の集落を出た一行は、暖かい風と、滝の小さな波音を耳に感じながらサンマロウを目指す。
「あれは、あの大きな地震があった二日後ね」
大きな地震、あのことか、とマルヴィナは思った。
二日後と言えば、リッカに助けてもらったばかりで、意識もまだない状態である。
「私、セントシュタインに用事があってね。ある場所から、サンマロウで乗り継いで、そこまで言ったんだけど」
「……?」
マルヴィナは、その時何かに違和感を感じた――が、何に対してかは分からない。
「船がちょっと遅れちゃってさ。ようやく到着した十分くらい前に、セントシュタイン行きは
出発しちゃったのよ。だから適当にふらついてたんだけど、そしたら何かいかにもガラ悪そーな男どもが
でかい顔して歩き回ってんのよ。盗賊みたいな格好の割に、いろんな人にハバきかせているでしょ、
意味ないし、とか思って横通ってやったわけよ。そしたらね……
ドンッ! シェナはその男どもにぶつかる。しれっとした顔で通り抜けようとするが、当然そのガラの悪い
男たちがそれを見逃すわけもなく。
「おい、そこの姐さんよ」
肩をつかまれる気配がしたので、その前にクルリと身をひるがえす。
声をかけてきたのは、頭も顔も悪そうな筋肉ムキムキの荒くれ男だった。分かりやすい奴、と思いつつ、
「何?」
と答えてやる。
「ナニ、じゃねぇよ。人にぶつかっておいて、礼もなしか?」
「ばか言わないでよ。ぶつかってきたのは、そっちでしょ。こんな町中で、真っ昼間からでかい図体して
威張り散らしてんだもの、石像にぶつかって謝れって言ってるよーなもんでしょうが」
シェナがさらりと言って鼻を鳴らす。
「る……るせぇっ、このアマが」
「喧嘩?」
シェナがにやりと笑って、ひょい、と短刀を見せる。
「武器は?」
荒くれは答えようとして――シェナの右手を見る。そこにあった短刀は、まさしく荒くれの物であった。
つまり、盗賊が物を盗まれていたのである。
荒くれはしばらくぽかんとする――シェナの質問の答えは、突進だった。
「おっと」
シェナはそれをほとんど無駄なく右に避け、唖然としながら見守る群衆に笑いかけてから身をひねった。
突進の勢いが収まりきらず前へよろよろステップを踏む男の足を払ってやろうと思ったが――さすがに動かない。
あら、と一言、次の瞬間、シェナはその足より少し上、脛の部分を思いっきり蹴り飛ばす!
「どわぁっ」
地を揺るがすほどの音を立てて、荒くれ、うつぶせにひっくり返る。シェナが短刀を荒くれの眼先に投げ返し、
刃が地面の金属部分にあたってちーん、と音がした。試合終了。わずか十五秒、制圧完了。
群衆からどよめき、続いて拍手。まんざらでもないシェナ、恭しくお辞儀をして、自分の前に向かってくる
別の盗賊らしき男に目をとどめる。
まだいるのか、と思ったが、その男はそれにしては親しげに、お見事、と言った。
そして、人々の拍手に重ねて、ぼそりとシェナに呟くように話しかける。
「いや、うちの馬鹿がご迷惑おかけして、すんませんでした。俺はデュリオ、そこの奴らを束ねる盗賊っす。
普段から派手な真似はするなと言っているんですが、どーも聞き分けの悪い奴らで」
「弁護は結構。そんな暇あったら、そいつらを説教してやりなさいな」
「了解です。また会えることがあれば、何か借りは返しますぜ」
「はいはい。それじゃ」
――ってな感じよ」
「怖ぇー……」
セリアス一言。
「十五秒制圧完了って……」
キルガの明らかな呆れ口調。
「てか、シェナ、いつの間にそいつの短刀盗んだわけ?」
マルヴィナである。
「うん、すれ違った時。短刀なきゃ、大きな顔はできないだろうって思ってね。
ま、拳って武器もあったけど、さすがに拳は盗めないでしょ」
「……………………・・前から思っていた……」
「はい?」
マルヴィナの呟きにシェナが問い返し、マルヴィナ、神妙な顔つきで、シェナの肩をポンと抱く。
「シェナ、あんた、」
「うん」
「はっきり言って……」
「うん」
「…………………………賢者より盗賊の方が似合っている」
「……………………………………」
答えは当然シェナチョップだった。
***
ビタリ山のふもとを通り過ぎてしばらくした頃、風に乗って甘い香りが漂い始めた。
バラやサイネリア、ラベンダーなど、本来手入れをすることで咲く植物も、この辺りでは
何をしなくともその時期となれば咲くらしい。
「あと、サンマロウ地方限定で咲く花もあってな。一回咲いたら、短くても三年は持つ長寿の花。
この辺りの気候は一年通してあったかいし、まず気候変化で枯れることはない。で、そいつがあるおかげで、
サンマロウは“花の町”って呼ばれてるわけだ」
この300年足らず、セリアスにここまで長文の説明を受けたことのないマルヴィナとキルガは唖然とし、
シェナは目をしばたたかせてから、「……詳しいわね」と呟く。
「あったりまえ。サンマロウ時期守護天使、伊達じゃないぜ」
「候補じゃなかったか?」キルガが突っ込み、
「セリアス、初めて天使らしく見えた。見直した」
マルヴィナが大真面目に褒めているのかけなしているのか分からない言葉で頷く。
セリアスがその言葉に喜ぶべきなのか起こるべきなのかに迷い、シェナにそのままでいなさい、と言われた時、
四人からは見えない位置で、草むらががさりと音を立てた。
当然、四人は、気付かない。
時は少しばかり戻る。
薄暗い大きな部屋、明かりと言えば燭台の上でちろちろと頼りなく燃える蝋燭の光のみ。
……[皇帝]は(詳しくは>>264)、その中で一人、埃のかぶりかけた古めかしく分厚い本を読んでいた。
蝋燭の炎の中で、何かの焦げた音がする。虫でも入り込んだか、と考えた時、独特なリズムで扉をたたく音がした。
「入れ」
どうやら、扉は若干開いていたらしい。ノックの主がそれに答え、そのまま扉を押しあけると、
いきなりの風に一本の蝋燭の火がふっと消えた。
「何用だ」皇帝は本から目を離すことなく、目の前の剣を携える若き将軍に尋ねる。
「……“ 強力_ごうりき_ の覇者”に代わりご命令の結果を報告しに参りました」
皇帝の目が不愉快気に本から離れる。
「[例の四人]は南南東の大陸の町サンマロウへ向かう模様。現在、果実は三つとのこと」
「ご苦労。……だが、何故お前が来た?」
「若輩者であります故」将軍である剣士は答える。
まぁ、確かに、と皇帝は頭の端で思う。この国の三将軍の内、この剣士だけは若い。
“強力の覇者”の二分の一ほどだったかもしれない。
が、剣士は、明らかに他二人の将軍よりも戦いにおいての実力者であった。年の差さえこれほどまでになければ、
明らかに立場は逆となっているだろう。
そんなことを三秒ほどで考えつつ、皇帝は鼻を鳴らす。
「三個目か。なかなか優秀ぞろいではないか。“高乱戦者”を呼べ」
「は」
剣士は短く答えると、本を二頁読んだほどの時間でそれをこなす。
「お呼びでしょうか」
という、自分が呼び出した者の声に、あまりの速さにさすがの皇帝も驚いたものだった。
が、それを表に出さないように、皇帝はわざと笑いをこらえるような声色で、低く、一言、命じた。
「……実行せよ」
先日彼に伝えた、ある事柄を。

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