ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅹ 偽者 】――1―― page3
顔をあげたのは、族長と隣の女以外の全員だった。
状況は例によって、住民たちが説明してくれる。
[また]魔物が出た。
彼らは、そう言った。
「また出たか、不届きものめ」ラボルチュは慌てず騒がず、同じいたずらを繰り返した子供をたしなめるような口調で
そう言った。「ナムジンよ、分かっているな。今度こそ魔物を斃し、族長の息子として見事手柄をたてよ!」
だがナムジンは、オタオタし、見事手柄どころか見事震えていると言った方が正しい。
マルヴィナは少し眉をひそめる。“情けない”とか、“弱腰”だとか、そんなこと思っているわけじゃない。
ただ思っているのは、
―――“何故”?
遂に情けない悲鳴を上げ、机の下に隠れたナムジンに舌打ちし、ラボルチュは腰をあげる。
「何と不甲斐ない男よ。やはりこのオレがぶった斬ってくるしかなさそうだな」
危険なやつだなぁ、とセリアスはこっそり思った。見てくれこそ闘匠ロウ・アドネスや
海賊クラウンに似ているものの、さすがにこういうタイプはシェナも好きにはなれないだろう、という感じである。
というかすでにシェナの眉が寄っている。
ともかく、そのラボルチュが立ち上がり、立てかけられた槍に歩き出そうとする寸前、
「お待ちを、ラボルチュ様」声をかけたのは例の横の女である。
「……何だ、シャルマナ」
「あなたにもしものことがあれば誰がこの集落を導くのじゃ?」高飛車に、シャルマナと呼ばれた女は言う。
その間にも、外では魔物を追っているのだろう、遊牧民たちの気合と空回りの声が聞こえる。
「奴の狙うは、ラボルチュ様でありましょう。――そうじゃ、お主ら。少しは腕がたつと見える。
代わりにこの集落を救ってはくれまいか?」
明らかに、響きのよい言葉を使うことによってその気にさせようとしているのが分かる。
何かを企んでいる、四人はほぼ同時にそう思った。
断るべきか。それとも――
「分かった」
マルヴィナが、そう語った。
「……マルヴィナ?」
何かを探るような、何かを見つけたような。そんな目。そんな、表情だった。
「ホホホ……それでは行ってたもれ」
マルヴィナはその言葉の返答としてひと睨みし、颯爽と包を出る。
さて、大騒ぎの遊牧民たちは。
「そっちに行っただ―――!!」
「行かせるな――!!」
「道をふさぐだよ――!」
つい先ほどまで使っていたのだろう、鍬やら鎌やら何かもうその辺にあるようなものとしか言いようのないものまで
手に持ち、足に持ち(?)、わやわや叫んでいる。絶対誰か楽しんでいるだろ、とキルガが呟いた。
見方によれば滅茶苦茶危険なスポーツである。
ともかく、遊牧民たちが道をふさぐために移動してくれたおかげで、四人にもその噂の“魔物”が目に映るようになった。
「茶色の毛並みに、猿めいた動き、極めつけに、人を小馬鹿にしたような笑い方。マンドリルね。あれ」
本来なら、ダーマ神殿やツォの浜があるアユルダーマ島に生息するはずのマンドリルである。
それは説明したシェナ以外三人にも分かったが。
「人を小馬鹿にしたって……」
「した[ような]ね。間違ってないじゃない」
「まぁ、合っているとも言い難いけれどね」
こんな時にもやはりのんびり話してしまう。出会った頃、まだお互いの戦闘能力をあまり知れていなかった頃。
あの時は、相手が何をするのか、自分がどうすべきなのかが分からなくて、魔物と仲間と自分、
全てに気を配らねばならなかったというのに。今は分かる。決して誰も動かない。誰も討伐しに行こうなどとは思わない。
何故なら。
「何やってるだ!」
「逃がしただ」
「分かっとるわい!」
説明癖でもあんのかしら、とシェナ。
遊牧民たちの間を器用にすり抜けたマンドリルは、そのまま四人のいる方向、即ち族長の包目掛けて走り寄る。
もちろん、誰も動かないし、武器すら手にしない。
マルヴィナは突進するマンドリルを見る――目が、合った。マンドリルの動きが止まる。
「……駄目だよ、そんなんじゃ」
マルヴィナは、諭すように、ゆっくりと呟くように語った。
遊牧民の、誰にも聞こえない声で。
「先にお前がやられてしまう。あんただけじゃ、[あいつ]に返り討ちにあうだけだ」
どれくらい、見つめあっただろうか。マンドリルは体勢を低くする。邪魔するなら容赦しない、そう言うように。
だが――その瞳は、マルヴィナの眼は、静かで、有無を言わさぬそれだった。
「……ぐぎっ」
マンドリルは、声を荒げる。が――それだけで、後、集落の外へ駆けて行ってしまった。
***
なかなかやりおるわと、何処か苦々しげにラボルチュは言った。
シャルマナは口元を覆う薄布の下で、妖しく笑う。
「見どころのある戦士が紛れ込んできたではありませぬか。あ奴らは利用価値がありそうじゃ」
「なんだと?」族長は意味が分からず、尋ねる。
「奴らに、ナムジンさまの手助けをさせるのです」さも当然のことのように、シャルマナは言う。
机を、否、正確にはその下を見る。未だがくがく震え続けるナムジンの姿があった。
「……奴らを使い、魔獣討伐を手伝わせるのです。もちろん、止めはナムジン様に」
「成程」ラボルチュは溜め息をつく。「だが、どうやって言い包めるのだ」
「そういえば、奴らは“黄金の果実”とやらを探し求めている様子。成功した暁には
それを探すことに協力するとでも言っておけばよいのです」
「そうか」ラボルチュは頷く。確かにあの四人は―内一人、黒髪(正確には闇髪)の女はどこか呆けていたような気がするが―
真っ先に珍しい果実を見なかったかと聞いてきた。
使えるかもしれぬ――
ラボルチュは満足げに頷いた。
しかしまぁ、よくそんなことが思いついたものだ。
なんだか最近、そう思うことが増えてきたような気がする。
……自分の意見を、言ったことはあっただろうか?
……忘れてしまったような気がする。
マルヴィナたちが包に戻った時。
「うあああ、放せ、た、助けてくれシャルマナ――!?」
……ちょうど、二人の男にがっちり羽交い絞めにされ外に連れ出されるナムジンとすれ違う。
「……何か大変そうだな」
「新手の誘拐かしら。中で族長が案外ぐるぐる巻きにされていたり」
そろってボケてみるキルガとシェナに苦笑して、セリアスは一応訂正しておく。
「二人とも従者だよな。ついに実力行使に出たってところか」
これから魔物討伐に向かうであろうナムジンと従者を今は無視し、四人は包に入る。
「……さっきと違う」
マルヴィナのその呟きは、幕を上げる音に紛れて、誰にも聞こえなかった。
宿屋の中で、セリアスは今度は憤慨していた。
「触ると火傷しそうね」
シェナはそう言って、皮袋の中身を全て出し、裏返して干した。
「まぁ、確かに……果実をいいように使われているからな」
キルガは残りの食料と財布の事情を確認しつつ答えた。
先ほど、四人が戻ってきたいなや、今度は族長はナムジンの手助けを要求してきた。
魔物討伐。止めはナムジンに刺させること。報酬は、女神の果実探し。
ナムジンは明日早朝、集落を出、北の『狩人の包』へ向かうらしい。
それまではゆっくり休むようにと、用意されたのがこの宿屋であった。
「果実はこの集落付近には落ちてこなかったと判断していいと思うわ。適当にこの依頼、断った方がいいんじゃないかしら」
「いい」シェナの発言を、マルヴィナが即答で拒否した。
シェナは目をしばたたかせ、どうしたの? と尋ねる。
さっきからマルヴィナの口数が少ないように思えたのである。
「……わたしは」
マルヴィナは、呟く。
「……わたしは、果実がここにあったと思っている」
その発言に、シェナと、不機嫌だったセリアスが同時に短い驚愕の声をあげる。
「マルヴィナもか」キルガも続く。「実は僕も、薄々そうじゃないかと感じていたんだ」
「……根拠は?」まさかの賛成意見に、つい尋ねる。
「「勘」」
「……何完璧にハモってんのよ」
マルヴィナはシェナのツッコミに苦笑しつつ、そうとしか言えない、と曖昧に答えた。
あきらめたように肩をすくめ、セリアスは仰向けになり、シェナはキルガの作業を手伝い始める。
その手を止め、シェナは「まさか」と一言言った。
「……ナムジンが果実を喰らった可能性がある――とか、言い出さないわよね?」
「え?」キルガが顔をあげ、呆けた表情を作る。
違うの? と首を傾げるシェナ。
「だって、そう思っているから、マルヴィナ、あんなこと言ったんじゃないの?」
「どんなこと?」
「だから、さっき言っていたじゃない」
族長の包を出る前に、マルヴィナが彼らに向けて言った言葉――
『父親なら、もっとナムジンのことを見てあげるといいよ。理解してやるんじゃなくてね』
――「あれって、そういう意味で言ったんじゃないの?」
「あぁ」マルヴィナは理解したように、だが首を振る。
「違うよ。単純に、ナムジンの実力のことを話しただけだ」
「そう。ちょっち残念」
「残念て……何を期待していたんだ……?」
セリアスの呟きに、緊張気味だった空間が少しだけ緩む。
少しだけ笑った後、マルヴィナは微笑んだまま「とにかく」そう言う。
「明日、はっきりさせられるところをはっきりさせよう。まずはそれからだな」
「了解」キルガがいい、セリアスも頷き、シェナは笑った。

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