ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――3―― page3


 日が昇り始め、キルガはたき火を消して砂をかける。マルヴィナは最終的に、眠りに行った。
もうそろそろマルヴィナが起き、シェナが起き、そしてセリアスは起きないだろう。
キルガはそのまま外で、明るくなった空を見上げた。

 ――聖騎士だ。

 マルヴィナの一言を、思い出す。
聖騎士。大切な人を守る、博愛の騎士。
……けれど。守っているだけでは、駄目なのではないか。……そう、思い始めるようにもなった。
守り、という言葉に、縛られすぎているのではないか。
だから、いつまでも、動けないのではないか。

(……ならば)

 ならば、どうすればいい?
キルガは目を細め、胡坐をかいた膝に腕をのせ、頬杖をつく。
(……たまには、自由に動いてみようか……提案しても、いいだろうか)
 新天地で新たな連携を生み出すのは少々危険ではあった。だが、このままでは、本当に何も変わらない気がした。
やってみよう。キルガは、静かに決意する。
 おはよう、と言って、マルヴィナとシェナが同時に出てくる。キルガも挨拶を返し、立ち上がった。
さて、起こすか。と、キルガはセリアスのいるテントに向かう。
今日のセリアスは、十八回の「起きろー」で目が覚めた。




「……空の英雄、だったか」
 日は大分昇り、二つのテントを片付け、旅の再開準備を整え再び歩き出す。
「……空の英雄グレイナル――確か、ゲルニック、とかいう男が言っていたな……
ドミールに向かい、空の英雄を亡き者へ、と」
「うん。力を貸してもらうといいって……でも、急がないと、先に奴らに狙われる。早くしないと……あ」
 そこでマルヴィナは、一つ思いつくことがあった。『空の英雄』。空。

“― ダメだ……空に関係する名前が入ることしか、分からない ―”

 ……もしかして。
マルヴィナは、唇を結び、腰の銀河の剣に、そっと触れた。
「ドミール、……か」
 シェナが呟いた。言いながら、その表情はまた、険しかった。
(………………………………どうしよう)
 思いはもちろん、誰にも気づかれはしなかったが。





 四人の傷跡による血の匂いにひかれて度々襲い掛かってくる魔物をどうにかして退け、
四人が魔獣の洞窟に着いたのはそれからまた半日の後のことだった。
「……はぁっ……本当、遠かったな」
「魔物が、多かったからじゃ、ないかしら……う、ちょっとへとへと」
 特にマルヴィナはやけに狙われていたし、シェナもきりがないと言って最後には魔法攻撃を連発したので、
かなりの疲労を伴いつつも歩いていた。
「封印を解いてもらったら、一度休もうぜ。この先何があるかわかんないし」
「…………………………うぃ」
「…………………………あぃ」
 マルヴィナとシェナはいずれも妙な言葉で了承し、キルガとセリアスは何とも微妙な笑顔で顔を見合わせた。

 マルヴィナがラテーナの名を呼ぶと、彼女は驚いて振り返り、増えた人数にもう一度驚いた。
「あ、仲間だ。……それと、ごめん。遅くなった」
『遠いもの、仕方ないわ。……それに、待つのは、慣れているわ』
 本人はフォローのつもりで言ったのだろうが、
その意味を知っているマルヴィナは、本当に申し訳なく思い、恐縮した。
『……じゃあ、封印を解くわよ』
 ラテーナは言うなり、両手を胸の前で組む。何かに祈るように、しばらく静かに止まっていた。

 そして――その声が、[響いた]。



「我はナザムに生まれし者。ドミールを目指すものに代わりて光の矢を求める」



 その声は――確かに、響いたのだ。
[人に]、そして、[封印に]聞こえる――『声』として。



「――我の祈りに応えよ!」



 ラテーナが叫んだ瞬間、入口に張られていた結界が、あまりにも呆気なく、いきなり消え去った。
当たり前のこととはいえ、一同はぽかんと口を開けてしまい、ラテーナはそれを見て笑う。
『……これで、いいかしら?』
 声は、戻っていた。
「え、あ、うん。……ありがとうラテーナ、助かった」
『……えぇ。それじゃあ、わたしは行くわね。あの人を……』
 ラテーナは一度目を細めると、四人をしかと見て、言った。



『――――エルギオスを、探さないといけないから』



 その言葉に反応したのは、三人――
[マルヴィナ以外]、三人だった。


   ***


 魔獣の洞窟への、実に何百年ぶりかの来客は、相当に騒がしい者たちであった――無論、マルヴィナたち四人だが。

「喰らえっ隼切りッ――避けられたっ!」
「マルヴィナ、後ろ――いや。スクルト!」
「“いや”ってなんだキルガ……? おぉっと蒼天魔斬あたりっ!」
「“あたり”って何よ? じゃ私は 急所討ち_ニードルショット_ でっ!」
 いちいち技の名前まで叫ぶのは、声が反響し返ってくるのを面白がっているからである。
つまり、大袈裟に騒いでいるだけであって、実際には意外にも、余裕綽々なのだ。……なのだが。

「あ、セリアス、 混乱呪文_メダパニ_ にかかった」
「な、何やってんだ一体。おーいセリアス」
 何をこんな時にと、マルヴィナは剣の鞘を引っこ抜きそのままそれでセリアスの頭を後ろからど突く。
「うぎゃ」と「ふぎゃ」が混ざったような声を上げ、セリアス元通り。
最初呆けたような顔つきをしていたが、その眼にまだ残っている敵の姿を確認すると、
少々やけっぱちな雄叫びをあげ敵に突っ込んでいった。
 ところでマルヴィナは、自分こそ『こんな時に』、とある魔物に一対一の勝負を仕掛けようとしていた。
スライム種族、全ての魔物の中でも上位の素早さと硬さを誇る珍種、“はぐれメタル”という見た目は
銀色のジェルのような魔物である。が、その堅さゆえに刃という刃は立たず、その身体の性質は呪文を一切受け付けない。
マルヴィナがこの魔物に目を止めたのは、そもそも初めにそのはぐれメタルに攻撃された――
という名の顔にへばりつかれたからである。
スネークロードという名の術師系の魔物と一戦交えていたときに、魔物の蛇の手(足?)が近くを通り過ぎようとしていた
はぐれメタルをむんずとつかみ、マルヴィナの顔面に投げつけてきたのである。おかげで顔は銀色、
視界がふさがれている隙に攻撃を仕掛けようとしていたスネークロードはそれより先に銀色を振り払ったマルヴィナの
超・爆発的な怒りを買い、そのまま恐ろしいまでの会心の冴えを見せた彼女の剣の前に撃砕。
自分をそんな目に合わせてくれた銀色を探したところ――そいつはマルヴィナの猛獣のような眼に文字通り飛び上がり
マルヴィナの攻撃を見事に躱し、退散。攻撃の空回りしたマルヴィナは呆気にとられ、その怒りも同時に吹き飛んだ。

「うー……あいつだけには勝ちたい」
「まぁまぁ。何もこっちから向かわなくても。“来るもの拒まず、去る者追わず”、―――」
 ……なんだろ? ――言おうとして、キルガは口を押さえた。――しまった。瞬間的にそう思い――
馬鹿野郎! 自分を、心中で罵った。
 その言葉の意味するところを、今更気づいた。……その言葉は、その考えは、彼女の師からの教えである。
……だが。『今』、それを連想させる言葉は――最も、言ってはいけない言葉であった。
(―――――――――――しまった)
 キルガは慌てて今の失言を下げようとして――止まる。マルヴィナは、笑っていた――でも、少し、哀しげに。
「……大丈夫。何があっても、――[わたしの]考えは変わらない」
 少し、切なげに。
その様子に、キルガは、何も言えなかった。
だが――自分の無神経さに、恋しい人を傷つけた自分に、無性に怒りを覚えていた。


 セリアスとシェナはともかく、マルヴィナとキルガは―どちらかというとキルガからは―それから少々
気まずい雰囲気を伴って、奥部へと足を進めた。地下へ続く階段をゆっくりと降り、彼らが目にしたのは、
今までの薄暗くかび臭く、音の響く迷宮ではない。どこから与えられているのか、木漏れ日のような光が射し、
二つの地、繋ぐのは頼りない一本のつり橋、その下は黒くて何も見えない。
「……何だ? ここ――……」
「邪悪ーな気配、臭う?」
「犬かわたしは」
 シェナの発言にツッコミを入れておいてから、マルヴィナはあたりを見わたす。「――いや。特に感じないな」
「面倒がなくて助かるわね」
「戦うつもりだったのか?」
 話しながら、つり橋を渡り始める――と、セリアスが躊躇うような足取りをしていることに、二人は気づく。
「どうしたんだ? セリアス」
「い……いや」
 否定の言葉を発しながらも、セリアスの足取りは不安げだ。
「もしかして……高所恐怖症?」
「や、そういうわけじゃ、ない、はず、なんだが」
 見ていても不安になりそうなその歩き方に、例によって先頭を歩いていたキルガが足を止めた。
「なんてか……その、足下が見えないところってのは、結構、怖いもんだなと」
「……恐怖症ね。ちょっと意外かも」
 シェナはマルヴィナに先に行くよう促すと、セリアスに「目を閉じて」と一言。
いきなり何かと思い恐る恐る目を閉じた瞬間、シェナの一体どこに隠していたんだというほどの馬鹿力にひかれ、
セリアスは妙に情けない悲鳴を上げて何とか橋を渡りきる。
「――――――っ、――――――っ、―――――――――っ」
 声にならない声で荒く息をつくセリアスに、シェナはちょっぴり困ったように笑うのだった。