ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅰ 天使 】―― 2 ―― page2
――一方、ウォルロ村の東北東、ガナセルと呼ばれる地域。
ベクセリア、という名の町。
……の守護天使キルガである。
誰もいない宿屋の個室を掃除するという何とも地味な作業を
彼が既に三時間もしているのには、当然理由がある。
宿屋を切り盛りする女将の腰が不幸にもギックリいったために、
掃除が出来ない~、まずい~、ナムナムとなぜか珍妙な呪文のようなものを唱え
ひっくり返ったことからであった。
というわけで、無言でせかせか掃除。
前の客は相当いい加減な正確だったのか、
見るものが強盗に入られたかと誤解しそうなほどの散らかりよう。
すべての部屋を片付けた頃には空がすっかり茜色。
「……ふう」
華奢なわりに意外と丈夫、滅多に疲れることのない彼でさえ溜め息をつくほどであった。
星のオーラが出るといいけど、と少しだけ思いつつ、ひとまずは一度外へ出る。
扉を少しだけ開けると、そこにはちょうど女将の姿があった。……いつ外に出たんだろう。
「ふいい、冷たい。ありがとねぇエリザちゃん、助かるよ」
「いえいえ! そうだ、そのシップ、おばさんにあげますよぉ。うちのルーくん、全然使いませんし」
……どうやらギックリいったところに湿布を貼ってもらったらしい。
それで治るのか、とキルガは思いつつ、背中丸出しのおばさんを前に眼を逸らしておく。
「それじゃ、わたし行きますねぇ。ルーくん、研究に根詰めすぎてるかもしれませんし」
去っていくエリザという名の女性_この町の町長の一人娘_を見て、女将は溜め息をついていた。
「……ルーくん、ねぇ。可愛そうに、あんな学者を夫なんかに持って……気を使って。
ああ、守護天使様、彼女に幸せをあげてくださいまし」
キルガは、眼を細める。
――幸せ。
(……幸せって、――いったい何なんだろう)
人間によって、違ったもの。
お金が欲しいとか、遊びたいとか、そういうのをよく聞く。
エリザの幸せとは。
“学者”であり“夫”――ルーくん、本名ルーフィン。
キーワードは、彼。
“その人がいるだけで幸せ”という言葉があるが、あれはただのきれいごとだと教えられた。
人間は、それだけで満足する欲少ない生き物ではない、と。
だが、彼女は?エリザは?
彼女の幸せは、ルーフィンの傍にいる、この現状。
彼女は幸せを感じている。
だが周りはそう思っていない。
「…………」
若い守護天使は悩み続ける。
どうか幸せに――そう願う人間に対して、一体どういう行動をすればいいのか――……
***
……戻りまして、ウォルロ村。
「うわーっ!」
というマルヴィナのややこしい叫びは、悲鳴ではなく感動である。
目線の先は、ウォルロ村自慢の、大滝。夕日の光を取り入れ、まばゆいばかりに輝くそれ。
とはいえ、あたりはほぼ闇夜、その光景は一分足らずで終了した。
……つまり夕日が全部沈んだ。
「………………けっ」
あまり綺麗ではない言葉を呟き、マルヴィナはくるりと背を向ける。
手を開き、星のオーラを確認。そしてその量に満足する。
「こんな、もんでしょ」
ひとりでにやり、と笑う。そして、最後の見回りにかかった。
村長家では、息子のニードは遊び呆けてろくに仕事をせん第一あいつは19歳にな(以下略)……と
愛妻に愚痴をこぼす家の主を一分ほどながめる。
ニードというのは、先日魔物騒ぎを起こした張本人、リッカの幼馴染でやたら人に威張る癖あり、
ちなみにリッカに片思い中――ということまではマルヴィナは知らないが。
馬小屋では。
働き終わって_というか全部マルヴィナが手伝ったといっても過言ではない_すっかり寝てしまった
中年のおじさんにタオルをかける。
噂好きのおばさんの家では。
……なぜか飛んできたジャガイモをヘディングしてしまい、怪訝そうな顔をされた。
宿屋では。
入るなり飛び込んできたのは来客のいびきの大合唱(ちなみに音痴)。
……それだけ平和なんだろう。いいことだ。多分。
……大丈夫だ。マルヴィナは思った。よし、帰ろう、と。
折りたたんだ翼を広げ、マルヴィナは飛ぶ。
「オムイ様」
ところ変わりて、天使界。
ひざまずく上級天使と、ぽやぽやのおじーちゃんオムイ。
「楽にしてよいぞ」
オムイは威厳のかけらもない声で言う。
「はっ、恐縮です。……ところで、今宵はまた、一際世界樹が輝いている様子……いかがされますか」
「ふむ……よろしい。たしかに、そろそろ果実が実を結びそうな頃……イザヤールは?」
「今、世界樹の元へと向っている途中かと」
「行くとしようかの」
オムイは立ち上がる。上級天使は下がった。
「……ああ、そうじゃ。確か守護天使キルガ、マルヴィナの二人が人間界に赴いておったの。
戻ったら世界樹まで来るよう伝えておいてくれ」
「はっ」
恭しく頭を下げられたオムイは、ひとまずその頭を上げさせると、
「……オムイ様っ!?」
……“えいえいおー”のポーズをとり、その後とてつもないスピードで走っていく。
一万歳とか、あるいはもっとだとかいわれる、
名のとおりの長老の見せる若々しさに残された一同は穏やかな笑みを浮かべるが、
ゴキッ
……という、オムイの消えた階段の向こうから聞こえたその音に、失笑に変わったのであった。

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