ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――4―― page5
『火酒』と呼ばれるだけあって、それはきつい酒の匂いがした。
どうやら里の民たちは、これを水や炭酸で割って飲むのが通常らしいが――そのまま飲んだら確かに、
燃えるくらいに熱くなるか、火を吹くくらいのことももしかして、うまくいけば、ひょっとしたら、
実のことを言うとできるんじゃないか――とマルヴィナは思った。……飲んでみたいかもしれない。
が、最初に飲むのはグレイナル様だ一番初めにできた一番上等な物しかお渡ししないんだからな
いいな絶対に飲むんじゃねえぞと酒職人のこの里には珍しいちょっぴり荒っぽい親父さんに凄い勢いで釘を刺され
マルヴィナはとりあえず頷いた――創っているあなたは味見のためにグレイナルより先に飲むんじゃないのか?
……と内心言いたくて言いたくてたまらなかったが、その酒の匂いに、酔いに強いマルヴィナでさえも
くらりとしかけたので、反論はやめておいた。
酒を守りながら火山なんて登れるかなぁと思っていたが、周りの人は言った、
大丈夫、そのお酒は魔よけの効果もあってね、それを持っているときは魔物は殆ど襲ってこないから、心配無用!
……そんなまさかと思っていたら、ところがどっこい本当にあまり襲われなかった。……襲われなかったが。
(いやこれ魔よけっていうか……この匂いに魔物が酔っているだけなんじゃ……)
近付く度にふらぁりぽてん、と倒れてゆく魔物を見ながら、マルヴィナは一人苦笑していた。
ようやくマルヴィナが山頂に着き、流れる汗を振り切ると、光竜――というより今や老竜グレイナルは、
そんなマルヴィナを労わる風でもなく初めに「遅い」の一言で切って捨てる。
「遅いぞ。何をぐずぐずしておったか」
「か、勝手に呼び出しておいて失礼な。……で? わたしらのことガナンの手先呼ばわりしたあなたが、何の用で?」
やけに大きな壺だと思っていた火酒も、グレイナルの前に置くとかなり小さく見える。差。
嬉しそうに酒に首を伸ばすグレイナルに、マルヴィナは半眼になり、さっと壺を退けてしまった。
「先に答える」
「……つくづく恐いもの知らずな娘じゃな」
「お褒めの言葉をどうも」
ふん、と、グレイナルは不服そうに鼻を鳴らす。「そのガナンの兵士を斃したのは貴様ではないか」
マルヴィナの眉が上がった。「聞こえていたのか」
「竜の耳をなんだと思っておる」
「……逆に問うが、あなたの耳はどこにあるんだ?」
「……いちいちずけずけものを問うな、貴様は」
「尤もなことを聞いただけだ!」
相性が悪そうな者(?)とも漫才ができるということを知った。
「まぁ、あの“蒼穹嚆矢”が珍しいことに認めておるしの。とりあえずは信用してもよいと言う事じゃ」
「へぇ……信頼しているんだ」
「世話になったしな」
チェルスに!? とマルヴィナは思った。言いはしなかった。……本当に、一体何者なんだあの人は。
「……いつまで退けておる」
「はいはい、どーぞ」
マルヴィナは呆れて火酒を差し出した。長い口を突っ込み、豪快に飲む。
顔を上げて、ふいー、と声を上げる。酔っ払いか。
「しみるのぅ。……飲むか」
「いや、結構だ」
水割りにしていないのに飲んだら冗談抜きで火を吹きそうだ。
「おぉ、そうじゃ、忘れるところじゃった」
少々上機嫌になったグレイナルが、ぽん、と何かを放って寄越した。
マルヴィナは右手でそれを掴み、しげしげと眺めた。
紫を基調とした、旗型の小さな紋章である。だが、それには見覚えがあった。この模様は。
「……ガナンの物か?」
「そうじゃ。奴らにゃ大事なモンらしいが、儂にはガラクタ同然。まぁ売ればそこそこの値に」
――マルヴィナとグレイナルの表情が、ほぼ同時に緊迫したものになる。同時に、空を仰ぐ。
空から感じる、気配。
敵意。邪悪。脅威。危険。嘲笑。
「あれはっ……・!」
刹那、闇の渦が、吸い込まれているように迫ってくる。
――――――――――――ざがしゃぁぁぁぁんっ!!
敢えて音を言葉にするなら、キルガにはそう聞こえた。
渦が直撃したのは、階段の横の崖だった。その崖の上にいたキルガは反動で、思い切り吹っ飛ばされた。
「ってぇ……」
だが、うずくまっている暇はない。同じように被害を受けた人々を助け起こし、怪我人を任せ、
キルガは戦慄して空を見上げた――闇竜!!
闇竜バルボロスが、里を襲ってきた!!
「諦めの悪い奴らっ……」
キルガは悪態をつき、周りを見渡した。このままでは、里の民が危ない。
だが、妙なことに、闇竜は一発放っただけで、何もしてこなかった。追撃を行わなければ、向かってくることもない。
何故だ……? キルガは訝しみ――そして、まさか、と思った。
思った矢先、もう一発が来た。今度は、さらに上――頂上付近に向かって、である。
間違いない。振ってきた岩を巧みに避けながら、キルガは思わず言った。
「誘き……出している」
――マルヴィナ、と、唇が動く。危ない――危ない!
「……くっ」
キルガは急いで、腰鞄からキメラの翼を取り出そうとした。中に入れていたものはほぼぐしゃぐしゃになっており、
翼も羽が無残にはがれ使い物にはならなかった。
「キルガー!!」
こちらの名を呼び、瓦礫を避けながら走ってくるセリアス。「悪い、キメラの翼を貸してくれ!」
キルガは首を振った。こちらも使えない、と返す。
眼を見開いて、セリアスは歯ぎしりした。「こうなったら、直接――」
「落ち着け」
と、チェルスが二人のもとにやってきた。驚いて彼女を見る二人。
「こういう時程、冷静になる――バトルマスターと聖騎士は、そういうものだ」
静かに諭し、チェルスは目を閉じる――
「アイツのことはわたしに任せろ。できることをしな」
短く、鋭く言うと――チェルスは、一つ翼を、放り投げた――……。
そして、空に現れたのは――蒼い鳥。

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