ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅶ 後悔 】――2―― page1


「おかえんなせぇ、姐さん!」
 二日後。
カラコタ橋の酒場に、マルヴィナたち四人は、複雑な表情でビタリ山から帰ってきた。
「おや、そのチョーシだと、例の果実ってぇのは見つかんなかったんですかい?」
「え? ……あ、ううん。見つけたわ。おかげさまで……心配ありがとう、デュリオ」
「はぁ」
 何とも微妙な空気が流れた。デュリオは、こりゃ何かその先で辛ぇことがあったんだな、と察し、
ぱんぱん、と手を叩いた。
「まっ、とにかく、姐さんたちが無事に戻ってきたんだ! 姐さんも皆さんも、旅の話とか
俺の仲間にも聞かせてやってくださいよ!」
 デュリオが無理やり作った、少し明るい雰囲気に、四人は顔を見合わせ、少し笑った。
そしてマルヴィナ一言、
「おごってくれる?」



 ――二日前。
 マルヴィナたち四人とサンディは、そろってビタリ山へと向かった。ふもとの小屋には(大体想像していたが)
誰もいなかった。机の上に、開いたままの分厚い日誌が置いてあった。
 マルヴィナは、数冊の内一番古そうな一冊を取り出した。見ますよごめんなさい、と早口で呟いてから、
ぺらっ、とめくる。天使は守護天使となるべく数千年前から人間界の言葉を共通することになっていたため、
マルヴィナたちも言葉を読み書きすることができるのである。
「…………」
 彼女の集中するときの癖である“ネズミを睨むときのような猫の目つき”をしている。   (←詳しくは>>229)
「……ここに住んでいた人、ラボオって人で間違いなさそうだな。…………っ?」
「ん?」
何かに反応したマルヴィナにまた三人も反応し(サンディは外で何故か並んでいる石造を見ていた)、
マルヴィナの手招かれるままに彼女の指す頁を覗く。
「…………えっ」
 そこに書かれていたものを、マルヴィナが読み上げる。

“確かに私は嘘吐きだ。エラフィタに返った瞬間、ソナにぶたれたのも仕方がない”

「エラフィタに、ソナ……これ、偶然じゃ、……ないよね?」
「ソナ、って、……わらべ歌のあのソナおばあちゃん?」
 シェナが 頤_おとがい_ に指を当てて呟く。
「うん。……やっぱそうだ。この人に恋人がいたみたいなんだけど、その名前が……」

“クロエ”

「……まじ、かよ」
 セリアスが嘆息した。「どーゆーことだよ」
「ここは石切り場だな」キルガが腕を組む(彼の考え込むときの癖がこれだ)。
「外にも、人の手で作られたものであるらしい石像があった。となると……えっと」
「はいはい」シェナが呆れて制する。「あんたは色恋沙汰に疎いんだから、それ以上考えなくてよろしい」
「……・・反論する言葉がない」
「あら、素直に認めるようになったわね」
「シェナ怖いぞ」
 セリアスぼそり。
「ま、とにかく」
 マルヴィナが微妙な笑い顔になって、日誌を閉じ、机に広げられた日誌を読み始める。
「ラボオさんは、山頂に行ったみたいだ。行こう。……さっきから、胸騒ぎがしてならないんだ」
「分かった」
 一同は、山頂に向かって歩き出す。


   ***


 ビタリ山は、洞窟と山道とあった。かつてはきっとふもとの階段から頂上へ上ったのだろうが、
時の流れによりその階段はボロボロに朽ち果てていた。
仕方なく周りの蔦を駆使してロープを作り、はしごのない崖をゆっくりと登ってゆく。
「けっこう、きつい、わね……」シェナがとぎれとぎれに言う。
「今回もまた、そのラボオってじーさん、果実を食ったんだろーな。でなきゃこんなところ、登れるはずがない」
一方体力のあるセリアスは、疲れからくるものではない嘆息を一つ漏らす。
 七合目あたりで、魔物も急速に増え、ついでにもうすぐ夜でもあったために、四人は岩陰で野宿をすることにした。
空気が薄い。が、当然並の人間より遥かに高い持久力を持つ四人には、大した脅威ではなかった。
……とはいえ何もかもが平気なわけではない。賢者専用のワンピースを旅装とするシェナは、
肌の露出が若干多く、背のマント風の布を肩からショールのように羽織っていなければならなかった。


 今回は、セリアスとシェナ、キルガとマルヴィナの二組で(ちなみにシェナ提案)交代に不寝番をすることとなる。
マルヴィナは冷えた手を、首の体温で温めつつ、空を見上げる。星空が見えた。
「この調子だと、明日は晴れそうだね」
 隣でキルガが手をこすり合わせながら言う。彼は四人の中では一番寒さ慣れしているのだが、
さすがに少しは寒くなってきたらしい。
「そうだね。悪天候じゃ、登れる山も登れないしね……それにしても、寒い……っくしゅ!」
 まさかのくしゃみをしたマルヴィナに(なんだか炭酸の抜けたような情けない音だったが)キルガは驚き、
「……上着、貸そうか」と若干遠慮がちに言う。
「ふぇ? いや、いいよ、キルガが寒くなるし」
「いや、僕は大丈夫」
「そう? ……じゃ、遠慮なく」
 マルヴィナはもう一度気の抜けたくしゃみをすると、いそいそとキルガの上着に腕を通す。
「うー、やっぱこっちの方があったかいや。ありがと。……キルガ、顔赤いよ。熱ある?」
「えっ!? いや、ない、多分」
 マルヴィナの指摘に少々裏返った声で否定する。こういうところ侮れないんだよなぁ、とかなんとか思いつつ、
後ろから忍び寄ってきたメイジキメラに裏拳を一発叩き込むキルガであった(マルヴィナが拍手していた)。




 そして、日はまた昇る。
「~~~~~~~っはぁ」
「―――――――――――っ」
「…………………………・ぅ~・・」
 ……といった、声になっていない声で、セリアス以外三人は溜め息をついた。
 昼下がり、ようやくついた山頂にて、である。
「いやー、まさかこんなきついとは、想定外だったな」
「……・・セリ、アス、あんたが、言っても、説得力ない」
 セリアスの名以外を文節ごとに区切って、シェナは嗄れ声で言った。
「いやぁ、ははっ。やっぱよく寝たからかなぁ……分かった分かった、マシな休憩所探してくる」
 計六つの恨みがましい視線を受け、セリアスはあわてて休憩所探しに走ってゆく。

 が、その数分後、

「みんなぁっ」

 そのセリアスが、やけに慌てた様子で戻ってくる。
「何……?」
 休憩所に魔物が五十匹いる、とか言ったらまずセリアスをぶっ飛ばそう、とかなんとかシェナは思ったが、
もちろんそんなわけではなく、セリアスは自分の見た光景をいやに分かりやすく説明した。



「村だ……村があるんだ! 石の! エラフィタにそっくりだっ!」