ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅷ 友達 】――3―― page4
「っ危ないっ!!」
キルガは鋭く、叫んだ。が、走ることはできない。
仮にマルヴィナを負っていなかったとしても、この距離では、間に合わなかった。
不用意にも毒虫に近付いたマウリヤは、そのままその細長い脚に弾き飛ばされ――
…………しゃっ……
……嫌な音を立てて、身体を地面に叩きつけられる。
「くそっ!」
セリアスは悪態をつくと、真っ先に飛び出す。
「邪魔だ、退けっ」毒虫を斧をふるって怯ませ、セリアスはマウリヤを揺する。
が、マウリヤは虚ろな目をしたまま(果実の力か、人間とそう変わらない)、身悶えもせず横たわっている。
ネジの切れたロボットと同じように。
(くそっ……ちくしょう!)
セリアスは強く唇をかみしめた。正体が人形であったことなど、関係ない。
マウリヤは、サンマロウの[住民]だ。自分が守るべき者だったのだ。
それなのに。
「セリアス!」
悔咎にうなだれるように顔を伏せるセリアスに、シェナは叫んだ。
「……まずは逃げましょう! とてもマルヴィナとマウリヤ残したままじゃ戦えないわ!」
『ま、そりゃそーだわな』
いつかの、誰にも聞こえない“声”がした。かつてベクセリアの封印の祠でサンディが聞いた、あの声が。
『ま、ここで逃げれりゃそんでいいんだけど。……あいつが相手じゃ、キツそうだしな』
『あの魔物を知っているの?』
『ま、[アイツ]に聞いたことがあってね。
……それにしても、お見事[アイツ]の弱点、マルヴィナに受け継がれてるな』
『……そうね。―――は、虫は平気だけれど、あの生物だけは異常に苦手だったものね』
何かの名前だけ――聞こえなかった。
『ここでマルヴィナ起きるとまずいだろうな。足手まといになるだけだ』
『……そうね。もし、そうなったら……また、私たちの出番……ね』
『しゃーないな。……死なせるわけにはいかない、って奴だからね』
三人は意識のない二人に気を配りながら、走る。
「もう少し! もう少し余裕がないと、 脱出呪文_リレミト_ は使えないわっ」
シェナは叫ぶ。瞬間移動式の呪文は、落ち着きを持って慎重に作動させないと、
時空の狭間に飲み込まれてしまう、と言われていた。とくに脱出呪文は高度な魔法であった。
が。
「お、お、お、おいっ!! あ、あ、あいつはっっ……!?」
その時、反対側から、誘拐犯たちに出くわす。そこで気付いた。
今ここで逃げたら、追いかけてくる毒虫が、洞窟の外に出るかもしれないと。
近くの町を狙って、人間を襲うかもしれないと。
(……ダメだ)
キルガが、セリアスが、シェナが、同時に思った。
(ここで、逃げるわけにはいかない――!)
毒虫が迫る。固まった三人と意識のないマルヴィナたちを狙う。
が、その一瞬――
彼らは武器を手に、振り向き様にその攻撃に対抗した。
シェナの指先が空を切る。
「上手くいきますようにっ……」集中力を込めた指先が、淡く光る――轟いたのは、 爆発呪文_イオラ_ 。
妖毒虫が人には決して発せない声で叫んだ。が、苦しみは、怒りへ変わる。
妖毒虫は身を縮めたかと思うと、白く太い糸を吐き出す。それは一つの網となって、
魚を捕えるようにシェナを締め付けた。
「ぐっ!?」歯を食いしばり、抵抗する。が、糸の締め付ける力は増す一方だ。
「シェナっ」
「…………………………っ」
目を強く閉じる。声が出ない。ぎりぎりと、嫌な音がする。
「い……とをっ……」
シェナが、辛うじて絞り出すようにセリアスに言う。
「な、何だって?」
「き、……ぃ……って……、い、……っとをっ……!」
(糸を切れ……?)
「セリアス、ここだ! ここを斬れっ」
キルガが叫ぶ。毒虫の背である。そこから糸は出されているらしい。
「糸が戻っていっているんだ。槍じゃ糸は切れない!」
「任せろ!」
セリアスは一閃、見えない糸に向かってまっすぐに斧を振り下ろした。ブツリ、と言う音がして、
シェナの少し抜けた声がする。
「いったぁ……」
「シェナ、大丈夫かっ。気分はっ」
音と声的に大丈夫だとは思うが、とりあえず尋ねる。
「身体的には大丈夫だけど、気分は最悪よ……私虫嫌いなのよね」
そりゃ見ればわかる、とはさすがに怖くて言えないが。
ともかく、状況の立て直しを終えた三人は、もう一度攻撃体勢に入る。
八の脚は、相変わらず不気味に抜かりなく動いていた。
相手は宙吊りである。ゆえに、どの位置から攻撃しようがすぐ方向転換をされ、隙を作り出せなかった。
(……とにかく、マルヴィナが起きる前に、勝負を終わらせなければ……)
それにしても、マルヴィナはなぜあんなに[コイツ]が苦手なのだろう? と思う。
否、これだけではない。脚が多く、長いものはすべて苦手なようなのだ。
ムカデなら脚は短いからいい、と言っていたのだが、つまり、あの形がダメだというらしい。
でも――その理由が、分からない。いやまぁ、知りたいとは思わないが。
(でも、理由もないのに……っていうのも、おかしいよな……)
「っ!!」
と。三人に、長い脚が刃となって襲ってくる。切り裂かれる前に三人は飛びのき、距離をとる。
虚しく空を切った脚はそのまま洞窟の壁に激突し、揺るがせる。細かな石がぱらぱらと散り――
不幸にも、マルヴィナの身体に当たる。
「っ?」
睡眠薬の効果は短く、意識がなくとも薄々と邪の気配を感じとり、かつ石があたり――
マルヴィナは、目を覚ましてしまう。
「……マルヴィナっ!?」
「見るなっ」
キルガ、セリアスと叫んだが、もう遅い。マルヴィナはその目を開き、咄嗟に絶叫する。
耳をおさえ、うずくまり、がくがくと震えて。
(しまった……!)
「えっ? マルヴィナ、一体どうしたのっ?」
「ダメなんだ、マルヴィナは[この形]を見られないんだ!」
セリアスの悔しげな声に、シェナは驚きを隠さず、小さく呟く。
「拒絶反応……?」
あのマルヴィナが、どんな魔物にも臆すところを全く見せなかったマルヴィナが、怯えていた。
しかも、異常なほどに。
今にももう一度叫びそうなマルヴィナの名を呼び、シェナは安心させるようにその肩を抱く。
「マルヴィナ、大丈夫……大丈夫よっ……!」
あやすように、そう語りかける。暗闇の中で、シェナは、マルヴィナの恐怖に虚ろになった瞳を見た。
(何があったというの……? マルヴィ――)
「「危ないっ!!」」
二人分の声に、シェナはギクリと身をすくませた。はっと気づき、勢いよく振り返る。
そこに、髑髏の顔があった。
(やばっ――)
シェナは目を見開き、あまりにも唐突すぎて、そのまま固まってしまう。毒虫の脚が振り下ろされる――
『作動』
瞬間。
――――――――――――――カッ!!
声の後、またしても[あの剣]が――眩く、輝いた。

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