ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――4―― page4


 振り返って――見えたのは、ティル、ナザム村長、スガーまでいた。そして――用心棒だろうか、
もう一人誰かがいた。
「……なんだ、お前はあの旅人じゃ、……………………っ!?」
 村長はマルヴィナをひと睨みした目をそのまま驚愕に開いた。その足を、崖の前へ。
「は、橋がっ……橋が、架かっ……架かって……!」
「すごい、すごいやマルヴィナさん! マルヴィナさんがやったんだね!?」
 え、何知り合い? とでもいうように視線を交わし合う仲間にあとで説明する、と胸中で言いつつ、
マルヴィナは頷いた、でもわたしだけじゃなくて仲間のみんなもね、というマルヴィナの言葉は
ティルには聞き流されてしまったらしい。
すごい、すごいとはしゃぎながらティルは、マルヴィナの言おうとしていることを先に村長に言ってくれた。
「きっとマルヴィナさんは、黒い竜を追っかけるつもりなんだよ! ね?」
「あぁ」マルヴィナは頷く。「やられっぱなしじゃいられない」
「ほらぁっ!」
「むぅ……」村長は唸る、唸って、しばらく経って、スガーと仮に用心棒が顔を見合わせ肩をすくめ、
そして村長は――マルヴィナに、頭を下げた。
「……え?」
「マルヴィナ殿が黒い竜に襲われたというのは、本当の話――否、全て、誠だったのですな」
「えぇえ!?」
 いきなり礼儀正しくなってしまった村長に、マルヴィナはかえって慌てた。信じてくれたのは嬉しいが、
さすがにいきなりこれではとまどう。なんせさっき、お前、と呼ばれたばかりなのだ。
「魔獣の洞窟に入られたのですな。……如何にして光の矢を手に入れられたのかは、多くは聞きませぬ。
――並びに、今までの非礼をお許しいただきたい」
「ちょ、ちょっと待って、わたしはその……迷惑かけたのは、こっちだし……
でも……ありがとうございました」
 マルヴィナが、頭を下げ返した。キルガたちは何のことかよく分からなかったが、
同じように頭を下げておいた。
「マルヴィナさんマルヴィナさん。教会で落としたものって、もしかしてこれ?」
 ティルが差し出したのは――それは、白いピアスだった。
そう、ルィシアのもの。発信機のついた、敵国の証――……。
マルヴィナはぎくり、とした。ハイリーの姿が思い浮かぶ。今更気づいた。
ティルの髪色は、ハイリーのそれと同じ。目元もよく似ていた。
――何で気付けなかったんだろう。彼女の守りたかった人は、すぐそこにいたのに。

 マルヴィナは、口を開く――



「ありがとうティル、助かった」



 ――けれど、今は言わない。
いつか彼が、真実を確と受け止められるようになるまで。

「この先がドミールだ」スガーだ。本当にお世話になった、職人だった。
「かなり遠い。魔物も強い。……アンタ、何も持たずに大丈夫なのか?」
 スガーが言ったのは、キルガの姿についてである。
ガドンゴ戦で槍を折ってしまったキルガは、徒手空拳の状態だった。
いえ、大丈夫じゃないかもしれません、と素直に言った彼を、スガーも素直に笑った。
「アンタ、武器は?」
「槍ですが……」
「ちょうどいい」
 スガーは用心棒に目配せした。頷いて、彼は背負った槍を外す。この次の行動が目に見えてキルガは、
慌てて受け取れません、と言おうとした、だが。
「希望のあんたらを死なすわけにゃいかねぇ。あんたに使われるなら、この槍だって喜ぶはずだ」
 彼らしい、その理由で、キルガを黙らせた。
「……その槍で、仲間を守れ」
「………………………………!」
 キルガは、はっと表情を変化させた。
槍で、仲間を、守る。
この言葉は、確か、確か―――……。

「マルヴィナさん」
 スガーはマルヴィナに顔を向けた。はい、とマルヴィナはしっかり答える。
「あんたはただの旅人じゃないって、言ったな」
 スガーと初めて会ったときのことを思い出す。
「……そりゃそうだよな。こんな、いい仲間がいんだからよ」
 スガーはそう言って、槍を受け取ったキルガを、セリアスを、シェナを見た。
会話すらかわしていないのに、彼はそう言った。
 マルヴィナは仲間を見て、口をつぐんで――そして、笑った。
「……当たり前だ」
 スガーは頷く。「言った通り、この先の魔物は強い。だが」
そして、同じようにもう一度、笑った。
「……アンタなら、大丈夫さ」
 マルヴィナは、仲間を見た。
ドミールへ行くということは、ガナン帝国と戦うということ。
それに異を唱えず、諦めず、彼らは承諾してくれた。
 こんなに良い仲間に巡り合えたことが、嬉しい。

「じゃあねー、マルヴィナさん、頑張ってねー!」
「御武運、お祈りしておりますぞ!」
「諦めんなよ、あんたらならできる!」
「またいらしてください、歓迎します!」
 ナザムの四人の去り際の声を聞き、マルヴィナは満足感でいっぱいだった。
余所者嫌いの村が、変わろうとしている。
だって――村長は、幼いティルの手をとって、歩いているのだ。

 人の心を良い方向に変えられた。それはマルヴィナにとって、光の矢を手に入れた以上に喜ばしいことだった。






「さて、行くか」
「あ、ちょっと待て、ここって『底なし』だったよな?」
「落ちやしないわよ、大丈夫」
「こっこここで落ちらら、俺恨むぞわっ」
「何で噛んでんの……? あそっかここ下見えないね」
「言わないでおいたことを言うんじゃねぇぇ!!」
「だいじょーぶだってぇ。なんならセリアス、目を」
「勘弁してくれー!!」




(……大丈夫。……………………そう、大丈夫よ)
 シェナは、ひとり決断し、[自分自身を]落ち着かせるように胸を叩いた。
自分が先ほどより熱っぽさを感じるのには、気付いていない。
崖を渡った先に見える、岩山の頂を見る。
目を細める、泣きそうに顔が歪んでいた。

 ……最近、また夢に見た。




 ――三百年以上前の、忌まわしい出来事を。










            【 ⅩⅡ 孤独 】  ――完。