ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――4―― page1


「……説明を要求いたします」
「えーと……どこから?」

 二時_この世界で言う、二時間_、経った。
 ついにぶっ倒れて今は宿屋で安静にしているマルヴィナについてやっているキルガは、
頭を抱えるセリアスを後ろに超不機嫌顔のシェナを見て、苦笑していた。
「どっからでも来なさい」
「いや、そう言われても……セリアス?」
 困りながら、キルガは珍しく、少々非難がましく後ろのセリアスを見た。
「いや悪い……話すつもりはなかったんだが……」
 要するに――セリアスは、先ほど闘っていたことを、シェナに話したのである。
いくら寝ていたとはいえ、何故自分を呼ばなかったのか、まして故郷を守る戦いは自分が参加する義務がある、
熱なんてとっくに治まっているんだ寝ているのはケルシュがどーしてもって言って譲らないから仕方なしに云々、
機関銃のような勢いで参戦できなかった不満をまくしたてられ、セリアスがげんなり。
しかも、もう一つ――宿屋に寝ているもう一人、すなわち、ルィシア。
彼女の存在を見て、更に説明を要求され、説明下手なセリアスは遂に挫折しキルガに泣きついた――とまぁ、
大まかに現在の流れを説明すれば、このようなことである。
「話すつもりがないって言ったって、結果的にこうなっているじゃないか」
「イヤだって、ラスタバさん――いや、シェナ家か、に行ったら、起きてたからさ」
「……その恰好で行ったから、ばれたってわけか」
 セリアスは戦禍を被ってぼろぼろであった。
「……面目ない」
「ちょっと」シェナだ。「隠すつもりだったわけ?」
「……こんな感じになるだろうから説明は里の人に任せよう、ってことになっていただけだ」
 こんな感じ、つまり――説明を求められて、最終的にシェナチョップを喰らう確立を減らすための
男二人の(正確にはシェナチョップを最も恐れるセリアスがキルガに頼み込んで立ててもらった)案であった。
「……そーゆーこと」シェナは第一段階は納得したように頷くと――
いきなり身を翻してセリアスの頭に容赦ないチョップを叩きいれる。
 奇妙な絶叫。マルヴィナが起きる、とこれまた珍しくキルガの非難の眼。
「い、いや、悪い」
「シェナもだ」
「え?」
 脱力。
「『え?』じゃない」
「…………? ……とりあえずゴメンナサイ」
 反省っ気のない、いやそもそもなぜ非難されているか理解していない様子で謝るシェナ。
「……まぁとりあえず――だったら襲撃の話は誰かから訊くわ。
……下で寝ている敵を介抱している理由、訊かせてもらえる?」
 彼らにとって、ルィシアは憎むべき敵だ。マルヴィナを狙い、ハイリーを殺めた、冷徹な少女。
敵を助けるという概念の理解できないシェナは、やはり不機嫌な顔になった。
「……どこから話そうか……どこまで訊いた?」
「んー……戦って、勝って、そしたら襲われて、助けろって言われて助けた。
……っていう感じの話なら聞いたけど」
 大まかすぎる説明に再び脱力。面目ない、と再びセリアスが言い、首を引っこめた。

「えっと、まず最初に言っておくが――今、この里にはマルヴィナの『記憶の先祖』がいる」
 シェナが目を開いた。あ、それ言ってない、とセリアスが思ったのは余談。
「それ、まさか……“蒼穹嚆矢”!?」
「あぁ。しかも、何故か実体で。
その理由は知らないから説明は省くが、ともかくその人も一緒に戦っていたんだ」
 いきなり出てきたその名に驚愕を隠さないまま、シェナは部屋の扉の横に座る。セリアスは立たせたままだが。

「それで、戦いの途中でルィシアが割り込んできて、マルヴィナと一対一で闘ったんだ。
この前から練習していた剣技でマルヴィナが勝利したんだが、その影響で疲労して、こうやって寝ている。
……なんとか全ての敵を倒したところで、襲撃の首謀者――先日闇竜の上に載って箱舟を襲ってきた帝国の
ゲルニックって将軍が現れて、恐らく処刑としてルィシアに一種の攻撃魔法を唱えたんだが、
“蒼穹嚆矢”がそれを庇って――けれど少しはその被害を受けたらしく、現在気絶。
助けると言い出したのは“蒼穹嚆矢”だ。ゲルニックが言っていたんだが、彼女はどうやら天使だったらしい。
恐らく僕らよりずっと上位だ。となると、掟に従い、僕らは彼女には逆らえないということになる――
――以上が理由だ」

 感服してセリアスが「おー」と思わず拍手。
さすがはキルガ、と呆れ半分、納得半分で頷くシェナ。セリアスとは大違いだ――とは、思うだけにしておいたが。
「……そーゆーこと。……天使って義理堅いのね。……あ、皮肉じゃなくて」
 素直すぎた感想に慌てて補足をいれ、シェナは言った。
「……その掟が、こんなことを起こしてしまったんだけれどね」
 キルガが、マルヴィナを見る。
箱舟の、二両目で起きた、あの出来事。
剣を向ける師匠に逆らえず、その剣を受け、悔咎に叫んだマルヴィナを思い出す。
 ……あの日から、彼女は変わった。前より、笑わなくなった。ふと気づけば、哀しそうな顔をしていた。
 ――信じていた者に、裏切られたから。
 キルガの言った意味が分かって、セリアスもシェナも、言葉に窮した。……特に、シェナは。
「……僕らは、裏切らない。……絶対に」
「あぁ。もちろんだ」
「……………………えぇ」
 即答したセリアスに対し――シェナは、すぐに頷けなかった。



 頷けない秘密を、それこそ今言ってはいけない真実を、まだ隠していたから。


   ***


「いってぇ……」
 更に半時経った後の、チェルス。
ゲルニックの攻撃を半分――いや、それ以上に受けていながら、
けろりとした顔で「いってぇ……」程度で終わらせているこの生命力。
(少しは腕を上げたってか。……)
 既に傷の治療は済んでいる。けれど魔法は、急所を撃った、あるいは打った。流石に急所は痛い。
胡坐をかいて、首を鳴らす。面倒なことに、先ほどマルヴィナは自分の正体を大声でばらしてしまった。
自分が消えた三百年前から今にかけて生きているものは少なくない。
あなたがあの伝説の――云々、かなり多くから声をかけられたが、あぁはいはいと受け流す程度に応じた。
ただ、妙なことに―― 一番問われるだろう質問は、誰も投げかけてこなかった。

 ――何故存在するんだ?

 そのような言葉。
三百年前、忽然と姿を消した者が、突然現れた。
いくらなんでもおかしいだろう。なのに皆、三百年前に生きた自分の姿を見ているように、話しかけてくる。
(……まさかとは思うが……『未世界』を知っているのか?)
 腕組み、考える。いやまさか……だが、もしそうでないなら、他にどんな理由がある?
「……」
 が。早々に、考えを打ち切る。どう考えても分からないことを考えるのは嫌いだ。
根拠のない、すなわち推測しか得られない。情報は、真実だけで十分だ。

 脳裏で、マルヴィナに呼びかける。起きたか? ……起きているよ。答えが返ってきた。
どうやら目覚めたらしい。チェルスはようやくかと、嘆息した。
早速だが、訊きたいことがある。マルヴィナが言った。申し訳ないが、来てほしい、と。
二つ返事で了解し、チェルスは手を使わずに立ち上がると、堂々と、颯爽と、その場を去る。




 宿の一階の、カウンターの前のテーブルに、マルヴィナ、キルガ、セリアスがいた。
シェナはというと――重要な話がございますと言われ、ラスタバについて行ってしまったため、今はいない。
チェルスは髪を後ろで無造作に束ねながらやってきた。……そうか、マルヴィナがざっくばらんなのは
この人の影響か、と、男二人はそろって得心いったような表情になった。
「えっと……彼らが仲間だ」
 マルヴィナは紹介する。
「“静寂の守手”キルガです」
「セリアスっす。“豪傑の正義”です」
 思わず敬語になる二人に、あー堅苦しい、敬語やめい、とばっさりいうと、一応は、ということで
自分も名乗り上げた――『記憶の先祖』、“蒼穹嚆矢”――チェルスの名を。
(それにしても……うん。納得。そっくりだわ、あんたら)
 自己紹介を終えてから、チェルスは思った。キルガと、セリアスを見て。思い浮かべたのは、もう二人の仲間。
“悠然高雅”アイリスと、“剛腹残照”マラミアのふたり。
だが、今言うべきじゃない。今言うと、ややこしくなる。
とにかく、チェルスは彼らの質問に応じた。

 真っ先に尋ねられたのはやはり、ルィシアのことについてだった。どうしてそこまで助けようとするのか。
シェナが聞いておいてと言って立ち去ったためだ。
「んー……結論から言うと、マイのためかなぁ」
「…………………………・」
「……やっぱ結論からは厳しいか。説明ちょっくら苦手だから、分からんことあったら後から聞いてくれ」
 チェルスは足を組み、腕も組んで話し始める。

―――“賢人猊下”のことは知っているか? ……話が早いな。
 “賢人猊下”マイレナ・ローリアス・ナイン。三百年前までに実在していた僧侶だ。
 まぁ最終的には賢者になっていたが――そいつには正真正銘の妹がいて、それがルィシアなんだ。
 ……そ、つまり、あいつは本来存在するべき人間じゃない――つまりアイツも、ガナンに甦らされた『霊』、
 わたしと同じ部類だ。

 この人は何故こんなにも重要な言葉をさらりと言う。
驚愕の中に呆れを交えた表情をするマルヴィナ。
先程覚えた違和感の意味が分かった。彼女は自分をこう名乗った――


“ ―……魔帝国騎士、“漆黒の妖剣”ルィシア・[ローリアス]― ”


 そういう、ことだったのだ。
でも、それなら。それなら、どうして。
「なんでマイの妹が、敵国にいるんだ、って話だよな。……だが私も詳しいことは知らない。
本人に聞くしかないな」
 深刻な話になりつつあり――と思った矢先、チェルスの腹の虫が鳴った。一瞬にして空気が冷める。
「………………チェルス………………」
「正直だろ。腹」短く笑声を上げ、腰に吊った麻の袋から胡桃のような小さな食べ物を取り出す。
ひょいと口の中に放り込み、食う? と差し出されたので、三人は遠慮なくもらった。
「……そうそう、マルヴィナ、あいつのピアス持っているか?」
「え。……ルィシアの?」
「そ」
 持っているが……と答えたマルヴィナに、見せるよう要求。マルヴィナは借り部屋に戻り、すぐに帰ってきた。
それをチェルスはしばらく観察し――「発信機は壊されているな」
あの日マルヴィナが呟いたそれと同じ単語を口にした。  (参照 >>586)
「あぁそうだ、それ――」キルガだ。「その、『ハッシンキ』って……何なんだ?」
 マルヴィナがいきなり口にした単語を、彼らは聞いたことがなかった。キルガは音の響きを覚えていて
それを調べてみたのだが、やはりどの書にも『ハッシンキ』なる言葉は載っておらず、
マルヴィナにも尋ねてみたのだが、あの時は冷静じゃなかった、頭に血がのぼっていたから、
自分でも何を言っていたのかは覚えていない。そう、答えたのだ。お手上げだった。
「ははぁ」チェルスは言った。「それも『記憶の子孫』の影響だな」
「影響?」
「『記憶の先祖』の記憶が受け継がれている、ってやつさ」
「じゃあチェルスは――知っているのか?」
「だからさっき、名前を言ったんだろ」
 胡桃のような粒をもう一つ、口に放る。どうやらお気に入りらしい。
「『発信機』ってのは、まぁざっくばらんに言えばそれを持ったものの位置を特定する物だ。
帝国が獲物の動きを確認するための道具として密かに開発した物だから、世間一般には知られていない。
仕組みもよくは分からんが……まぁ多分、魔法の類だ」
「……」
「へぇえ」
 キルガは無言で考え込み、セリアスは感嘆の声を上げる。マルヴィナは頷いた。
「でもどうやら、今は獲物じゃなく、兵士に取り付けられている。その理由なんだが――長いぞ。
それでもいいな?」
「長いのは慣れたよ」マルヴィナ。
「何事も説明なしではわからない」キルガ。
「……我慢シマス」セリアス。
 チェルスはやっぱりな、とどこか疲れたような表情をしたが――


 語り出す、
これから先に本当に重要になる話を。