ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――4―― page4
篭手を腕に固定されたまま扱う、今までにない剣の持ち方だった。
ナザムの村にはドラゴンキラーと呼ばれる剣が売られていたが―竜殺しの名を着けていたのは
光竜を崇める思いよりも闇竜を厭う思いの方が強かったからだろうか―、
その剣の種類はジャマダハルと呼ばれる剣の中でも群を抜いて特殊なものであった。
このパタ―をモデルに鍛錬用に改造した剣―は、ジャマダハルの亜種であり、共に使いにくいのが特徴だ。
マルヴィナはどちらかというと斬撃のほうが得意だ。
天使界では鍛錬はレイピアもしくはフルーレを使っていたためほぼ刺突を学んできたが、
人間界に落ちてからは主に両刃の剣を扱い、斬撃のほうが自分にはあっていると思ったのだった。
一方でチェルスは、斬撃・刺突両方を見事に使いこなした。腕を固定された状態で、ここまで自由に動く。
剣を交わし、互いに笑う、だが目は真剣そのもの。
全身を使って攻撃をかわす、狙い時を見計らって動く。
攻防一体。
ついにマルヴィナが、刺突体勢になった。斬撃だけでは勝てない。この剣を使いこなせ、剣と一体になれ。
武器の力を、見極めよ!
「……こんなもんかね」
そして、半時余り過ぎ――
地面に寝そべるマルヴィナに、チェルスはカラカラ笑いながら言った。
「……負けか」
「いや、中断だ。さすがのあんたでも最初でこれだけ長時間使うのはまずい」
「……続けていたら確実に負けだった……いやそもそも、チェルス、本気出していないだろ」
「あらー。ばれてやんの」ちっとも悪びれず、軽く舌を出して素直に認めるチェルス。
「でもンなこと言ったらマルヴィナこそ。まだ本気じゃあなかったろ?」
「……わたしはいつだって本気でやる」
「冗談じゃねぇ。初めてで本気なんざ出したら今頃あんたの腕はガチガチだ」
だよね、と、今度はそれを認めた。確かに、本気でやったつもりでいた。そう、あくまで、つもり。
恐らく、本気は出さなかったのではない、出せなかったのだ。扱いづらい剣、というものに、初めて会った。
「まっ、あんまこれは気にすんな。今時こんな剣、殆どないから――まーやっぱ
バスタードソードとかレイピアとか、そのあたりの鍛錬が一番だろうからね」
……じゃあなんでこの剣を選んだ、……とは言わなかった。
多分答えは、そっちのほうが面白そうだったから、だろう。
「それにしても、マルヴィナは斬撃派か」
「刺突はキルガに任せる。……それだけはかなわない」マルヴィナは素直に言った。
「それに、もう一本の剣は、両刃だからさ」
「もう一本……? 二刀流ってやつか? ……両刃で?」
「や、……今は使うことができないんだ。錆びていて、さ。……使いこなせるかどうかも分からない、
でも……できたら、本当に使えるようになったときに、剣に相応しい腕を持っていたらいいなって思ってさ」
「自分に剣を合わせるんじゃなくて、剣に自分を合わせるってか? ――……ちょっとまて。それ――」
何だそりゃ、と言おうとして――引っ掛かりを覚える。……まさか、いやまさか……ちょっと待て。
「オイそれ、まさかとは思うが……名前、『銀河の剣』とかだったり、するか? ……違うよな?」
「そうだよ」
あっさり言われ、チェルスは久々に自分が驚いたことに気付いた。
もし今が夜で、さらに場所が人里でなければ――間違いなく叫んだ。叫んだ拍子に魔物三匹程度吹っ飛ばす勢いで。
「おまっ、ちょっ、それ、何でお前が持ってんだ!?」
「へっ? ……え」
「それ、今どこにある!?」
「宿の中」
「……う。……む。ん」
チェルスは一度落着き、 咳き_シワブキ_してからふぅーーーっ、と息を吐いた。
「その剣、どこにあった?」
「え? と、ウォルロ村だけれど」
「うぉるろ?」
この大陸の崖を超えて北側にある、大滝の名所だと説明した。さすがに村の守護天使だけあって、
説明は余裕だ――何度も言うようにたった五日間のことではあったが。
滝、の言葉でチェルスは納得した。
「当時あの大滝の傍には一つ宿屋がぽつんとあった――恐らく村はそのあとにできたんだろう」
「え。……そ、そう、なのかな」マルヴィナは考え込む。大師匠エルギオスの消息が途絶え、
師匠は守護する場所をナザムから変更していた。
もしかしてウォルロを選んだのは、村としてできたばかりで守護天使がいなかったから?
……さすがにそこまでは分からない。マルヴィナは考えを振り払った。
「そういや言っていたな――昔旅人が、宿賃代わりに置いて行ったって」
「……オイなんだその話。まるっきり違うぞ」
「へっ?」
凄く真面目な――通り越して、若干不機嫌な顔をされ、マルヴィナは目をしばたたかせて訊ね返した。
「まるっきり違うって……何だ、知っているみたいに」
「知っているからな」
「は?」
聞けば聞くほど話が分からなくなっていく状況に――チェルスが、ついに終止符を打った。
「だって、その旅人、わたしだから」
爆弾発言以上にとんでもない言葉だった。
***
――ここに来てから驚きっぱなしだな。
翌朝、マルヴィナはふっと笑った。
シェナの出生の秘密、傷の完治、現れた『記憶の先祖』、“蒼穹嚆矢”のその実力、
ルィシアの正体、『未世界』の新たな情報、そして、銀河の剣――
――もともとそれは、わたしも貰ったものだったんだ。……だが、昔――ナザムとか言う村だったかな、
そこの武器屋のじいさんに、「お前には使えない」って言われたんだ。実力とか、そういうのじゃなくて。
ふざけんな、って思ったけどさ、まぁ、あんな錆びちまっているし、持っていてもしょうがないじゃん?
だから、信用おける奴に渡したんだよ。……いつか、誰か本当の持ち主が来るだろうってさ――
……何で宿賃代わりの話になってんだか。……噂はそんなもんか?
大体そんなことを言ったチェルスに、マルヴィナは笑った。ナザムの武器屋のじいさん。
それはもしかして、マルヴィナに銀河の剣のことを語ったあの青年の、先祖なのだろうか。
「……首尾は」
時は少し戻り、深夜から早朝に差し掛かる頃。
チェルスが、静かに闇に尋ねた。
『ばっちりだ』
否、闇ではない。二人の陰。だが、実体は、ない。
『少々厄介な情報よ』
――マラミア、アイリスの二人だ。
役目を終え、二人は現在、魔帝国を探っている。つくづく頭の下がる二人だ。
「聞こう」チェルスは眉根を寄せ、静かに言った。
『兵士どもは殆ど魔物にされちまっている。どーやら奴ら、未だに“あの実験”を繰り返してるっぽいな』
『しかも、殆ど全てが霊よ』マラミアに補足を入れて、アイリス。
「となると……一気に攻めることは無理か」
『そうね。……無茶は禁物よ、一度に斃せば』
「分かっている」チェルスは打って変わって気だるげに答えた。
――同時に大勢の『霊』を屠れば、それだけ大きな『扉』が開く。
あまりに開きすぎると――屠られていない、関係のない『霊』まで、消えてしまう。
「……消えるのはわたしだけじゃない、その辺は頭に置いているさ」
『そう』安堵でも納得でもない、ただ無感情に頷くと、話を続けた。
魔帝国ガナンの、現在の状況。
国全体にバリアが張り巡らされていて、近寄れない。
では、そのバリアとは?
そのバリアを張っているのは、皇帝ガナサダイである可能性が極めて高い。
そして、今分かっているのは、そのバリアは、魔物兵に関係があるらしい。
『ここまでだ、こっからはまだ調査できてない』
「了解した」チェルスは頷く。「……で、前から思っていたんだが――」
そして――いつも思っていたことを、口にする。
「……それだけの情報、いつもどこから仕入れているんだ?」
その質問には、二人同時に、同じ言葉で答えた。
『『秘密』』
マルヴィナは問い返した。
「えーと、スミマセン。もう一回、[ゆっくり]言ってもらえません?」
里長の家の前、ドミール火山へ続く入り口付近。
背の高い、マルヴィナよりずっと年上の婦人が、口を押えた。
「あらやだ。これは失礼いたしました。……グレイナルさまからの言伝です」
それは聞き取れた。そのあとだ。
「どうやら、あなたさまの話をお聞きしてくださるみたいですよ。ですが、条件があると――」
え、と問い返し、だがそのあとの言葉に脱力しかかる。条件て。
「条件は、あなたさまおひとりで向かうこと。さらに、『竜の火酒』を持ってくるように、とも仰っていましたわ」
「『竜の火酒』」マルヴィナは復唱した。
「あの通路の地下にある酒蔵で製造されている特産品ですわ。……では、確かにお伝えいたしました。
勇気と信頼の証に、祝福を」
やはり出てきた不思議な挨拶に慣れないマルヴィナは、ありがとうございましたー、と苦笑しながら応えた。
(……まいったな。わたし一人、か)
よりによってああやって啖呵をきったわたしが呼ばれるとは。と内心でため息を吐きつつ、
宿屋に戻り武具を装着する。まいったなと思うのには、もう一つ理由がある。
というのは――マルヴィナは、未だ『職』が魔法戦士なのである。
ひとりでまた、あの火山を登らねばならない。回復魔法が使えないのは厄介だった。
しまった、このくらいだったら山頂の様子をしっかり覚えておくんだった。
そうしたら 転移呪文_ルーラ_で一発で着いたかもしれないのに。
キルガにグレイナルのところへ行ってくると伝え(そして心配され)、セリアスが見つからないので
仕方なしに隧道の地下へ向かう――と、セリアスはその隧道の中にいた。
マルヴィナが声をかけると彼は驚き、いやなんでもない、と
言い訳としては実に下手な言葉ではぐらかしたが、マルヴィナは敢えて何も言わなかった。
その表情が、チェルスと初めて会ったあの日と同じだったから。

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