ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅵ 欲望 】――1―― page3
その、村長の家の前で。
一人の少年が、三匹の魚を籠に入れて持ち上げた。背に負い、すたすたと軽い足取りで歩き始める。
村長の息子か、とマルヴィナは思った。十代前半だろう。オリガと同い年くらいだ。
と、年増の男がすれ違う。少年の背負ったものを見て、目を開き、くるりと振り返る。籠を覗いている。
口元がニヤリ、と笑った。男は少年の後ろにつき、一緒に歩く。少年は気付かない。
波の音が大きくて、足音が耳に入らないらしい。
少年がマルヴィナたち四人とすれ違う。頭を下げられた。マルヴィナも返す。そして、男ともすれ違った。
相手は当然の如く、目すら合わせてこない。と、完全にすれ違ったのち、男の手が籠に伸びた。魚をつかむ。
しかも三匹とも。一気に手を引き、くるりと背を向け逃げようとした――が、出来なかった。
男の目の前で、マルヴィナが、腰に手を当て、じぃぃぃっと睨みつけていた。魚を持った手を。
男は一瞬呆気にとられ、しばらく石化していたが、ようやく事態をのみこんだのか、さささっ! と魚を後ろ手に隠す。
が。
「言っておきますけど」
そのまさに後ろに、いつの間に立ったのだろう、キルガがいた。
つまり、マルヴィナとキルガで、男を挟んだ状態になっている。
少年は何気なく、その無意識の好奇心から、後ろを振り返り、キルガの向こうに立つ男の手の魚を見た。
はっとし、籠を降ろす。そこにあるはずの三匹の魚がなかった。
そしてキルガは、“言っておきますけど”の続きを、こういった。
「バレバレですよ?」
なんとも静かながらに相手をぐっさり突く言葉である。
男は絶句、顔も青い。口をパクパクさせて、まるでその男自身が魚である(よく見れば魚顔だった byシェナ)。
男は魚を放り投げ、逃げた。マルヴィナを突き飛――ばせなかった(つまりかわされた)が、面食らう暇もない。
宙に舞った魚を、マルヴィナは海に落ちる前に三匹見事につかむ。
「おぉ、さすが元旅芸人。ジャグリングみたいね」
「……好きでなったわけじゃなーいっ!」
ぶつくさ文句を言いつつマルヴィナは右手の二匹と左手の一匹を少年に手渡す。
はっきりとした声で、少年は、ありがとうございます、と言った。
「旅の人だねっ? ぼくはトト。今度、きっとお礼するね!」
トトと名乗った少年は、ひょこっ、と頭を下げる。危うく魚が落ちそうになる。
彼が再び歩いていくのを見て、シェナがポツリ、と呟く。
「律儀ねぇ……誰に似たんだろ」
「はい?」
「あの子よ。村長の息子の割に、礼儀正しいじゃない。……ここの村長、評判、悪いから」
どこで知ったんだ、その情報。
マルヴィナはそう言おうとして、だがその時、
ずばこ―――んっ!!
……勢いよく開いた村長の家のドアに、思いっきり鼻をぶつけた。
「何でわたしはっ、毎回っ、こんな目にあうんだっっ……」
村長の家にて、マルヴィナが呻いた。
確かに彼女は、意味もなくけがの身で峠の道までついて来させられたり
歩いているだけで 火玉呪文_メラ_ を食らったり
川を飛び越えるのに失敗してずぶぬれになったり
扉に足を挟まれたり(挟んだり)
浜に行って海水をしっかり浴びたり
ドアに鼻をぶつけたり……と、いろいろひどい目(?)にあっている。……自業自得なものもあるが。
と、ドアを開けた張本人、村長の使いが、 絆創膏_ばんそうこう_ を持って、すみません、と言った。
一体なぜあんな勢いでいきなりドアを開けたんだ……と言いたかったのだが、なんだかアホらしくなったのでやめた。
絆創膏を受け取り、マルヴィナは鼻の頭についた血を指で拭う。
「う、どーも。……ところで、村長は? 話があるんだ」
「……あぁ……今、寝てます……起こしましょうか」
「あぁ、じゃああんたでもいい。舟を動かしてほしいんだ。正確には、南東の大陸まで行きたい」
「……………………」
思った通りの反応である。
「え……と……無理だと、思います……」
そして思った通りの言葉。
「じゃ、舟をくれる? わたしたちに」
マルヴィナが、血のにじんだ鼻に絆創膏をペタン、と貼り付けた。向きが縦である。シェナがずる、と脱力した。
「……マルヴィナ、はり方、変だよ。普通横にしない?」
「えっ? ああ、大丈夫だろ。とれやしないって」
方向性の明らかに違った答えを言い、糊の部分を鼻の二つの穴の間に貼る。
「むー……鼻の穴がふさがるか」
「……この、理屈女……」
「何か言った?」
「いえいえ。ほら、かしなさい。貼ったげる」
話のどんどんずれていく女二人にかわり、キルガが先ほどのマルヴィナの質問を繰り返した。
その答えは、「……もっと無理だと思います」であった。
「だろーな」セリアス半眼。
肩をきゅううっとすぼめて、男は心底申し訳なさそうに立ち去った。
「……困ったなぁ……船の操作技術でも学ぶか……?」
「技術か……一番得意そうなのは、セリアスだが」
「俺? いやまぁ……どうかは知らんが……」
「へぇ、セリアス、機械いじりとか好きなの? あぁ、何か分かるわね」
ぼそぼそと会話を交わす四人のもとに。
「――っあ゛――――っ、マジつかれたぁぁっ!」
……サンディ登場。そういえば忘れていた。
セリアス、小声でマルヴィナに問う。
「……コイツ何処に行ってたんだ?」
「髪の毛乾かしに+メイクし直し+羽干し+日焼けしに」
「……はい?」
「最後はともかく、水でビタ濡れになったから」
「ああ」
納得セリアス。
「って、そんなことはどーでもいいのヨ。マジぱねぇじょーほーゲット! 女神の果実、ここにあったっポイのよねー」
「はい?」
マルヴィナの問い返しに、サンディは鼻の穴をぷかぁ、と開ける。……すごい表情である。
「だからさぁ、さっきアタシのこのカワイイ羽乾かしてたらさ、近くでおばさんが話してたワケ。
やっぱあのキンキラキンの果物はヌシサマーの出てくる合図だった的な。
で、あのオリガって子が祈ったときしかそいつ出てこないんだって」
キンキラキンの果実って、あんた女神の果実ナめてるだろ、とセリアスは半眼になりつつ思った。
「何か関係あるのかねぇ?」
マルヴィナが肩をすくめる。
「ん? ヌシとオリガ?」
「うん。二人はどう思う?」
マルヴィナ、半眼のセリアスを通り越してキルガとシェナを見る。
「……俺には聞かねーのかよ……」
ぽつり、と呟く。
「ま、アンタはどー考えてもずのー派じゃないしネ。悔しいならアタマも鍛えりゃどー?」
サンディに遠慮容赦なく言われ(アホ、ではなく、ずのー派じゃない、と言ってもらえたのだけは感謝したい)、
セリアス反応できず。
とりあえず、
「クソ」
……悪態だけついておいた。

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