ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅸ 想見 】――2―― page1
「しっ……来たわよ」
シェナは唇に手を当て、三人に囁いた。
あまりにも長い時間待たされるので、暇つぶしにと、グビアナの滞在期間、宿をとるか否か、これからの方針、
遂には今までの戦闘の反省、新しい戦闘方法及び作戦、炎の回避の仕方、呪文回避法、カウンター方法、
魔法の指導(マルヴィナ&キルガがシェナに学んだ)、等々……話が面白いほど素早く進んだのもあるが、
これだけの内容を話し合いきってしまったのである。
そして物理攻撃のコツをセリアスに教えてもらっていたところ、ようやくグビアナの主が姿を現したということである。
コツコツとヒールを鳴らし、薄い絹の 外套_マント_ を細い腰に巻いている。
大蛇を模ったティアラは、女王の長い黒髪にすっぽりと馴染んでいた。肌は褐色で、
下半身はともかく上半身は露出が多すぎる。
これが絶世の美女として名高い、女王ユリシスである。
……が、マルヴィナの抱いた第一感想は、
(……チャラい)
……である(Chess: マルヴィナ、一体どこでそんな言葉を学んだんだ!? ……あ、サンディか)。
(なんつーチャラっチャラした格好! とか言って倒れそうだな、セントシュタイン王なら)
王家、と言われて真っ先に思いつくのは、やはり彼らである。そういえば、これまでに訪れた国は一つしかない。
……考えてみれば、天使界から落ちて来て、二年がたったのだ。旅のせいで、そんな感覚がしない。
セントシュタインにも行っていないし、リッカにももう随分会っていない。
一回 移転呪文_ルーラ_ でセントシュタインに行くのもいいかな、とマルヴィナは考える。
とにかく、今はここにいることで、と。
「ユリシスさま。この者たちが、アノンちゃんを戻しに来たマルヴィナたちです」
大臣がいちいち説明をする。アノンちゃんとか言ってトカゲをたてている割には、
戻しに来たという微妙な物扱いをしているのだが。
しかも呼び捨てかよオイ、とも思ったのだが、まぁそれはこの際関係のない話。
ともかく、セリアスがトカゲを放すと、どててててっ! とすごいスピードでユリシスの足元へ走って行った。
「……よっぽど嫌われたな、セリアス」
「……俺のせいかよ」
ぼそぼそと会話するキルガ&セリアス。
が、ユリシスはそんなアノンを腕にのせて頭をなでると、いきなり傲慢に言い放つ。
「ふん、そんな旅人の事なんか、どうでもいいわ」
おいおい連れ戻したのはこっちだぜ、どうでもいいってのはないだろうどうでもいいってのは……とは
さすがに思っていても顔には出せず。四人はシラケた顔、あるいは無表情を決め込んだ。
そんな彼らにかまわず、ユリシスは視線をジーラへ向ける。
「っ……」
ジーラはその鋭い視線に少しだけ硬直した。
「……アノンを逃がしたのは、おまえね? ジーラ」
「………………は、はい……申し訳ございませんっ……」
ジーラは硬直したまま、頭を下げる。
「アノンがこれまでに逃げたことなどあったかしら? おまえは……一体、アノンに何をしたの!?」
「い、いえ……私はただ、いつものようにお世話をしていたら……いつの間にか」
「言い訳をしても無駄よ、ドジな女。アノンだけじゃない。……そうでしょ? 泥棒猫」
「「………………………………えっ?」」
その言葉には、ジーラと、マルヴィナが短く困惑声をあげた。
ユリシスは気だるげに溜め息をつく。
「シラを切るつもり? 私が商人から買い取ったあの黄金の果実……知らないとは言わせないわよ。
あれがどこにもない……おまえが勝手に持ち出して食べたんでしょう」
「そんな、誤解です! 私はずっと、アノンちゃんを探して……」
「問答無用……お前は、クビよ。荷物をまとめて出ていきなさい」
「ま、まった! それは違う!」
見かねたマルヴィナは遂に、二人の間に割って入った。
「果実っていうのは、これの事だろう?」
「ちょ、ちょっとマルヴィナ」
果実を取り出したマルヴィナを見て、シェナがあちゃー、と呟く。
もちろん、もう遅い。ユリシスは煌めく果実を見て、顔をしかめた。
「……何故、持っているの?」
「わたしらがそのトカゲ……アノンを見つけたその近くにあったんだ。この果実は、
人間が持っていてはいけないものなんだ。だからわたしたちは、これを探して旅をしている」
「………………」ユリシスはしばらくマルヴィナの顔を不機嫌そうにじっと眺める。が、すぐに鼻で笑った。
「……ふん、それで、その果実を譲れとでもいうの? 怪しいわ。それを集めているっていう証拠でもあって?」
「あぁ、今までに見つ――」
けた果実がある。言おうとして、気付いた。フードの中には、何もないということに。
何故なら――果実は、全て船の宝物庫に置いてきてしまったのだから。
(し……しまった……!)
「あはははは! どうやら、何もないようね。ざーんねんだけど、それは返してもらうわ。今は私の物よ!」
呆然としたマルヴィナの手から、瞬時に果実が奪い取られる。
「しまっ……」
「フフフ、この果実をスライスして、私の沐浴場に入れるのよ。
果実風呂に入れば、お肌がもっとスベスベになるに違いありませんもの」
「なっ……そっ……だっ……」
声にならない叫びをあげる。果実をスライスなどされたら、何が起こるか分かったものではない。
が、どうにもならない。ユリシスは憎たらしいほどにマルヴィナの顔に自分の顔を近づけると、
勝ち誇ったように嘲り笑った。そして、アノンに猫なで声(トカゲだが)で話しかける。
「さーアノンちゃーん。ばっちい旅人に触られたからお風呂に行きましょーねー」
駆け付けた戦士たちに行く手を阻まれた四人は、なすすべもなく、階段の下へ消えるユリシスを見続ける……。
もう手段は択ばない。
果実をスライスされる前に、なんとしても取り返さねばならなかった。
が、何分今回は相手が沐浴場なので、マルヴィナとシェナ、キルガとセリアスの二組に分かれ、
マルヴィナたちが沐浴場へ向かう手段を探し、キルガたちが情報収集という形となる。
が、原因を作り出してしまったマルヴィナは。
「……確かにそうだけれど」
あそこで正直に言わなければ無事に終わったのに、と言ったシェナに、そう抗議した。
「もしあそこで何も言わなかったら、ジーラさんは濡れ衣を着せられる羽目にあったんだ。黙ってなんかいられない」
「……マルヴィナは、優しすぎるのよ。一人仕事を奪われるのと、果実のせいで混乱が起きるのと……
どっちが大変かって言ったら、果実の方じゃない」
「でも、やっぱりいやだ。……わたしたちの都合で、関係のない人を、巻き込めないよ」
「…………………………」
シェナは答えなかった。小さく溜め息をつく音が聞こえただけだった。
「……あんたたち、ここを何処だと思ってるのっ!?」
やはり……というか、なんというか。ようやく沐浴場に着いた二人は、
変わらぬ格好のユリシスにそんな不機嫌声をあげられた。
必死の情報収集の末、二人は城の屋上の水路が直接沐浴場につながっていることを聞き出した。
そこから飛び込めば、一発で入り込めるらしい。
「…………なんか無防備じゃない?」
シェナがさっきよりもなお呆れ果てた声で言う。砂漠の人の性格っていまいちよく分かんないわ、とかなんとか。
「ともかく、行こう。強行突破だっ」
「気乗りしないわね……泥棒より質悪いわ」
「仕方ない」
……という経緯があって、今のこの状況であった。
「……いっつぅ……」
びしゃびしゃに濡れて呻き声をあげるシェナには悪かったが、マルヴィナはさっさと立ち上がり、ユリシスを睨む。
「こうしなければならないほどに、それは返してもらわなければならないものなんだ、……っ!」
言ってから、マルヴィナはビクッとした。足元を、何かが通り過ぎたのだ。
水面に揺れる、それは、薄く切られた金色の――……。
「あははは、生憎! 残念でした、果実は全部スライスした後よっ!」
「……………………っ!!」
ぎしっ、とマルヴィナの歯ぎしりの音が響いた。どうすれば良い? 果実を元に戻さなければならない。
だが――今まで食された果実は、食らった者の意識を正常に戻すことで果実も元の姿に戻った。
だが……切断されただけであるこの状況で、どのようにして戻せばよいのか……。
皮肉気に笑うユリシスから目を離さずに、マルヴィナは考えを巡らせる。
……が。その目が、不意に、女王から離れた。
視線は彼女のペットである、金色の小蜥蜴へ。
興味深げな視線、ひと声鳴き、そして――
(っ駄――――――――!!)
……その一切れに、食いついた。
マルヴィナが、シェナが、目を見開く。
二人が恐れていたことが、現実となった。小蜥蜴の身体が、ふわりと浮く。
沐浴場にいるすべての人間の目が、アノンに殺到した。きゅあああっ! アノンが叫び、そして――
「っ!!」
沐浴場、否、浮かべられた果実が光り、全てがアノンの元へ集まる。その光を消さぬまま――
アノンを包み、それがパッと散った……刹那。
「……きっ」
侍女たちが喉の奥から絞るように声をあげ……
「きゃああああああ―――っ!!」
そして、絶叫した。

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