ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――1―― page3


 ガナン帝国について、新たなことが分かった。
          ……
……ガナン帝国は、三百年前、一度滅びたらしい。
原因は不明。だが、一方で、復活した理由も不明だ。
シェナがガナンに捕まってから、帝国は突然滅び、シェナの安否も不明になってしまったのだ。
ガナンを名乗る兵士に度々襲われ、関わってきたことを、マルヴィナたちはすべて話した。
ここまで彼らを信用できるのはきっと、仲間を助けてくれる人たちだから。
仲間の、故郷の人々だから。

「成程。それで、グレイナル様に会いに」
 ラスタバは得心したように頷いた。「分かりました、許可致します。山頂へ、足を運ぶことを」
 マルヴィナは問い返した。
きけば、グレイナルは、この火山の頂にいるらしい。
だが、最近魔物が狂暴化している。この火山の魔物はかなり酷いらしい。
そこで、山頂への入り口をふさぎ、立ち入ることを許した者にしか山を登らせてもらえないという。
シェナは意識を失ったまま目覚める気配はないし、起きたとしても体調を完全に回復させるまでは
同行させる気はなかった。そのため、山頂にはマルヴィナ、キルガ、セリアスが行くことになった。
万一にとケルシュを同行させることをラスタバは薦めたが、三人は断った。万一、の状態が、
この里で起きるかもしれなかったから。
もし起きたとき、彼にはこの里を守る義務があるだろうと思ったから。




「………………ぅぅぅぅぅぅぅ」
 人間には聞こえない声で、何かが唸っていた。
「…………ぅぐううぐむぐむぐ」
 人間には見えない乗物の中で、唸っていた。

 ……サンディである。

「……ぐ。うむむむ。……ぐ、ぅ。……・。……・っ。
………………っぐぅあああああむ――――!!」
 が。遂に訳の分からない絶叫をしてサンディはばーん、と運転台をブッ叩く、そして痛くてぷるぷるした。
「あーもう、わけわからん」
 訳分からんのは自分の絶叫だ――なんて考えがサンディにあるはずがない。
「ったく、勝手に、アタシの箱舟ちゃん壊しやがって! あのドラゴン今度会ったらシメてやる……」
 牙があったら今すぐ手あたり次第かじれるものを探してがじがじ噛みそうな様子のサンディは、
だが次いで、はーぁ、と腕を重ねあごを載せ、眉をハの字にため息を吐く。
「マルヴィナ、だいじょぶかなぁ」
 セントシュタインに集まった時、ひとりだけ来なかったマルヴィナ。
また壊されたらたまらないと思って早々に箱舟のもとに戻ったが――それでも心配なのは、心配なのだ。

 ――相棒。
 お人好しで。見捨てられなくて。だから、首突っ込みたがり屋で。
天使のくせに『星のオーラ』が見えなくて。なのに天の箱舟は見えて。
仲間が現れてからは、いつの間にか凄く、凄く頼りになる戦士になっていて、四人の中心だった。
 ……裏を返せば。マルヴィナは、ひとりだと、凄く頼りのない、娘なのだ。
サンディは、否、サンディだからこそ、知っていた。相棒は、強い、強い戦士だけれど、
弱い、弱い娘なのだ。自分に怯えて。一人で抱えて。怖いこと、恐れていることを、ひとりで詰め込んでしまう、
弱い、弱い少女なのだ。
だから。マルヴィナを一人にした、あいつを――師匠だという、あの天使を、サンディは許さなかった。
師匠のことを語るマルヴィナは、本当に誇らしげで、幸せそうだった。
サンディはそのたびに呆れもしたが、邪険には決してしなかった。
 ……それなのに。
そんなマルヴィナの思いを払って、打ちのめした、あの天使。
「絶対、許さないカラっ!!」
 サンディは叫んで、再び箱舟の運転台を叩く。もう、痛みなど感じなかった。




 ドミール火山は、更に暑かった。
「ぐぅぅぅぅぅぅ。暑、い」
 セリアスは情けない声を上げる。が、二人も同意見なので、何も言えない。
「さ、さすが火山。……相当のものだな」キルガが顔にへばりついた髪の毛をはがし、
「暑い。汗が凄い。溶ける。どろどろ」マルヴィナは顔を拭い手を振って水気を弾き飛ばし、
「そんなマルヴィナは見たくないな。……あー、暑い」セリアスは相変わらず情けない声を上げる。
 水分を補給させてもらえたのは幸いだった。こんな環境でも、水の湧くところはあったらしい。
手持ちの塩を少量水に加え、準備も万端――で臨んだはずなのに既にこれである。
しかも鎧の中に熱はこもるし、足取りは不安定だし、何より魔物が強い。襲われるたびに
自棄っぱちな雄叫びを上げて突っかかっていくのは、そうでもしないとぶっ倒れそうだからだった。
が、その欠いた冷静さが、仇を成す。いきなり、鉄の戦車に乗った小人が現れたかと思うと、
リズムに乗りだして暴走しながら突っかかってきたのである。不意を突かれマルヴィナとキルガは
その影響で転倒、マルヴィナは不安定な転び方をしたので、頭を強かに打ち付けてしまった。
傷が開いたような痛みが襲う――否、開いていた。
「う、ぐっ!!?」
「マルヴィナ!?」
 唯一転倒を免れたセリアスが気合一閃、小人を打ち払うと、頭を押さえ膝をつくマルヴィナに駆け寄った。
「おい、大丈――」セリアスは言葉を打ち切った。打ち切らされた。出血が止まらない。
「痛――」汗の影響で、痛みが増している。この状況は、厳しい。

 ――と、その時、



 キルガとセリアスは、こちらへ向かってくる人影を、見た。


   ***


                マント  フード
 こんなに暑いのにそいつは、黒い外套に頭巾と、非常に暑苦しい姿をしていた。
しかも、そのまま――蹲るマルヴィナの前に、立ったのである。
セリアスは思わず、その場から引いてしまったのだ。
マルヴィナがはっとする、が、顔は上げられない。そのまま、そいつは、呟いた――



 べホマ、と。




 マルヴィナの頭の傷から、金色の光が生まれ出で、そのまま身体中を包み込む!
キルガが目を見張り、セリアスが唖然とする、その眼の前で、
マルヴィナの頭の包帯の中から流れ出ていた血が、止まる。
驚いてマルヴィナは、頭を上げた――痛く、ない。
どころか、傷が――。
「え? …………え?」
 混乱し、手を見て背を見て頭を触り、首を傾げて前を見る。黒外套が立ち上がる。
「え? ――待っ……!」
 待って。その言葉には、応えてくれなかった。だが、何かを言っていた――


 “マタアトデ”


 と。




「マル、ヴィナ……大丈夫か?」
 念のためにと、セリアスが訊いた。キルガが手を貸し、マルヴィナを立ちあがらせる。
頷くまえに、マルヴィナは血染めとなった包帯を外した。二人が目を見張った。
そこにあったはずの大きく、生々しい跡は、跡形もなく、消えていた。
「え?」    ベホマ
「まさか……完治呪文? 今のが……」                           ベホマ
 どのような傷でも完全に回復させるという、僧侶のみ使うという、最高位の回復呪文――それが、完治呪文。
「ちょ――今のは誰なんだ? なんで助けてくれたんだ? そしてありがとーう!」
 混乱しながら礼を言うセリアス。尤も、もう姿はそこにはなかったが――
「……今の人、何か……」キルガは呟いた。……が、自分の考えが馬鹿らしくなって、言うのはやめた。
だが、実のことを言うと、セリアスもまた、キルガと同じことを思っていながら言わなかった。


 ――懐かしい。





 謎の黒外套に助けられてから元気になったマルヴィナは、その分よく動いた。
竜戦士が襲ってくる。返り討ち。ヒートギズモが炎を吹く。追い風。緑竜が薙ぎ払う。払いかえす。
暑いのを払うように熱くなる彼女を見て男二人はやれやれと息を吐きながらも加勢。
そうこうするうちに頂と思しき場所に着く。
「うしゅああああー、着ぅいたぁー」
 何とも気の抜けた声でセリアスは脱力したのだった。


「天使だから当然のように思ってしまっていたが」
 山頂――の手前の坂を昇りながら、キルガが言った。
「グレイナルが存在していたのは三百年前。……普通の人間じゃ、既にこの世にはいないはずだった。
けれど、ちゃんと今もいる――竜族というのは長生きなんだな。おそらく生命力は、天使と変わらないのだろう」
「シェナを見りゃわかることだ。……人間界にも、天使みたいなのがいたんだな」セリアスが頷く。
「世界って不思議だよね」マルヴィナ。「……でも、グレイナルは、竜族じゃない」
「え?」
「へっ?」
 キルガとセリアスが、ほぼ同時に問い返した。
 マルヴィナの声は低かった。独り言でもいうような声で――だがすぐにびくりとする。
「……あれ? ……何でこんなこと知っているんだ?」
「はぁ?」
 セリアス。「おい、ボケたか」
「……肘鉄喰らいたいか」
「スンマセン」
 セリアスが脱兎の勢いで三歩逃げた。
「……ちなみに、だったら何なんだ?」
 キルガは首を傾げるも、あえて詮索はせずそちらを尋ねた。
「……うん。……でも、言わなくても、すぐわかる――」

 はかったように、その咆哮は、響いた。
その声、雄叫び、凄まじく、猛々しく、雄々しく。

 頂上。
そこにいた、グレイナルという者は―――――……。




「竜…………!?」





 白く、大きな―――――光竜だったのだ。