ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅷ 友達 】――1―― page3
サンマロウは大きな町である。町の入り口からすぐの位置にあるこれまた大きな宿屋は、
五年に一度開催される世界宿王グランプリの二位の実力である(ちなみに、一位はセントシュタインである)。
この町が発展したのは、ある商人の夫婦のおかげである。若くして亡くなったその二人は、
生涯をこの町に尽くしていったらしい。彼らはこの町の住民の誇りでもあった。
「でも、彼らには娘がいたんだよ」
やはり説明はセリアスである。何故か記憶力に優れている彼は、師匠テリガンに教わったことを
ほぼ余すことなく三人に伝えている。
「だけど、何か病弱らしくてな。
テリガンさまも、サンマロウに降り立ったら、まずその子の様子を見に行ったんだってよ」
「ということは、町長は別の人か……」
セリアスの話から、求めてやってきた船がその商人夫婦の物であるらしいと分かった。
船を譲り受けるには、町長と商人、二人の許可がいるだろう、同一人物だったら話は楽なんだが、とまで
考えていたキルガだが、やはり現実はそう彼らに甘くはなかった。
「ところで」
マルヴィナがポツリとつぶやく。「船着き場って何処? これだけ広いと分からない」
「あぁ……」シェナは人差し指を頤にあてて考え込む。「セリアス知らないの?」
「来るのは初めてだからな」セリアスは肩をすくめる。「町の様子だけで形が想像できるほど賢くないんでね」
「ま、そりゃそうよね」
「……………………・・少しくらい否定してくれ」
「やだ」
即答であった。
ところでマルヴィナはその様子を見て、こいつまさか覚えていないんじゃ、と思ったのだが、
シェナの危なげな案内でひとまず大きな船の前につく。
「……でかいな」
「そりゃ船ですからねぇ」
何でアンタが自慢するんだ、とマルヴィナは言おうとしたがやめておく。
「……さてどうする? 見に来たはいいけれど」
「と言われても――」キルガは答えつつ周りの船員らしき人々を順に眺め、……一点に目を止めた。
腕周りほどにもある太いロープを肩に巻きつけ、船着き場まで運ぶ体格のいい男だ。
が、キルガが目を止めたのはロープではなく、その男の右頬の、獰猛そうなピラニアの刺青。
それは。
「ジャーマスさん!?」
それは、一年前にキルガをグビアナからセントシュタインに送り届けた漁師ジャーマスだった。
「いやぁ兄ちゃん、久しぶりだなぁ! 何だ、前より逞しくなったんじゃねぇのか?」
どうも、と曖昧に答えつつキルガは笑った。
驚く三人を置いてジャーマスに挨拶しに走って行ったので、キルガは遠くから見守る三人にごめん、と合図を送る。
が、マルヴィナはすぐさまキルガを追いかけて「誰さん?」と言いたげな視線を送る。セリアスとシェナも来る。
「あぁ、一年前にお世話になったんだ。セントシュタインまで送ってくれたのが、彼なんだ」
ふぅん、と答えて、マルヴィナはジャーマスに手を差し出す。
「キルガがお世話になった人ならいい。わたしはマルヴィナ、キルガの旅仲間にして戦友だ。よろしく」
「おうよ、俺はジャーマス、昔は漁師だったが、今はただの船乗りだ。よろしくな――で」
がっちり握手してから、ジャーマスはキルガにずずいと顔を寄せる。
「本当に戦友止まりなのか、キルガ」
「………………・はい?」
いきなりの質問の意味を理解していないまま、キルガは問い返す。シェナとセリアスが同時に吹き出した。
「だから、[コレ]じゃねえのかって」
そして小指を立てて振る。
「………………………………?」
[こういうこと]には疎いキルガ、本気で首を傾げるのだが、シェナにぼそりと「彼女ってこと」と呟かれ、
ようやく理解し……慌てて「えええぇぇぇっ!?」とらしからぬ悲鳴らしきものをあげる。
「おおキルガ、学んだな」セリアスが頷き、
「マルヴィナのこと言えないわよ、……ってマルヴィナはそれ以上に疎いんだった」シェナが半ば呆れ、
「……………………………………」
当然マルヴィナは何の話か理解していないまま無言で笑っていた。
「船?」
偶然の再会の喜びはそこそこにし、一行は本題である船の交渉をしにサンマロウ町長の家を訪れていた。
「そ。船。もらっていいかな」
超がつくほど単刀直入に言ってしまったマルヴィナに他三人は何故かたじろぎ、
町長は両手いっぱいの宝石付き指輪を見せつけるようにぴらぴらと振った。
「ほっほ、何とまぁキレのいいお嬢さんだ」
うるさいこの青ダコ、というマルヴィナの呟きが聞こえたような聞こえなかったような。
「そぉですねぇ。アレはアタシの物ではなくてねぇ。マキナさんに頼んでみたらどうですかぁ?」
「……いちいち粘っこい話し方をするわね。きっとここから砂糖がたくさんとれるわよ」
甘ったるい、という意味の言葉を遠回しにシェナは言ったのだが、そりゃさすがのアタシも無理でして、と
意味を理解していないまま真面目に反論される。
「……悪いけど、私このネバ甘男と喋りたくない。マルヴィナ、頼んだわよ」
本人の前でよくこれだけ言えるなぁ、とマルヴィナは苦笑し、「マキナって?」と尋ねる。
「お屋敷のお嬢様ですよ。例の商人の娘さんです」
「あぁ」
納得したのを確認し、町長は続ける。
「マキナさんなら、気前良くくださるでしょう。来客全員を“おともだち”などと言って、
ホイホイ物をあげていらっしゃるくらいですから」
「……何それ?」
「マキナさんの“おともだち”になれば何でも手に入るのですよぉ。妻なんて、毎日のように
マキナさんをカモに、いえ、マキナさんと遊んであげてますよぉ」
明らかにわざと間違えた町長の言葉に、四人はあからさまに顔をしかめた。
「……つまり、あれってさ」
町長の家を出た四人は一度同時にうなり、その後セリアスがぽつりと呟いた。
「……船が欲しいなら、マキナと友達になれ、……ってことだよな?」
「……そう、ね」
「………………なんか、後味悪ぃよ。だましてとったみたいでさ」
「確かにね」シェナは嘆息する。「そもそも私、そういうの、苦手なのよね」
「とにかく」キルガが、赤くなり始めた空を見て言う。
「時間も時間だ。今日は、泊まろう。明日様子を見て……考えた方がいい」
「だね」
最後にマルヴィナが同意し、服の砂埃を払う。「久々にまともな部屋で寝られそうだな」
世界宿王グランプリ第二位の宿屋は、その名に恥じぬ豪華な部屋、美味の食事、従業員のもてなしであった。
これらに四人はとっさにカラコタ橋の宿屋と比べてしまい、苦笑し合った。なにせカラコタ橋では
大切な果実が盗まれないようにと宿屋で不寝番をするという矛盾した行動までしたのだ。
「やー、凄いな」宿の露天風呂で、空を見上げながらマルヴィナが言う。
「これだけにしては宿代は安いし。あの町長だったから心配だったんだ」
「ねー。ヤな奴だったよねぇ。もう少しでチョップ三発きまるところだったわ」
シェナが言うと冗談に聞こえない。
「ま、今は風呂入ってるし、威力も落ちてるけどね」
「どんなんだ……」
マルヴィナ、ぼそりと呟く。水音で幸いシェナには聞こえていなかった。
「それにしても、ホント気持ちいいわね。最近旅続きだったし、今日くらいはゆっくりしよーっと」
「わたしは早めに寝たいんだけれど……というかここで寝ちまいそう」
「風邪ひくわよ、マルヴィナ」
その言葉に、マルヴィナは今度は目をしばたたかせた。
「……なんか、かなり普通なツッコミだったな」
「はい?」
シェナが問い返す。どうやら、もっと別の言葉を期待していたらしいが、
ちなみにどう答えてほしかったのかを聞いてみる。
「いや、欲したわけじゃないんだが。だってシェナなら、『明日のぼせたころに起こしてあげるわ』とか
『他の泊り客に湯けむり事故と見てほしいなら構わない』とか言いそう――いてっ!?」
またしても答えはシェナチョップであったが……
正直言って、ちっとも威力は落ちていなかった(むしろ上がったような気がした)マルヴィナであった。

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