ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅸ 想見 】――3―― page3


「たっだいまー」
 翌日である。
まるで自分の家のように宿屋へ入ってきた“客”に、キルガとセリアスは若干驚き、そして立ち上がる。
「おかえり」「待ちくたびれたぞ!」
 キルガ、セリアスがハモる。
“客”、及びマルヴィナは、「やー、ごめんごめん」と笑った。
「本当は昨日帰ってくるつもりだったんだけれど、ごめん。眠すぎていつの間にか宿屋に足が行っちゃっていてさー」
 一日余分に待たされた身にもなってくれ、……とはさすがに言えなかった。
 とりあえず、マルヴィナは腰かける。「リッカは? ついでにシェナは?」
「[ついで]とはご挨拶ねぇマルちゃん」
 余計なところだけしっかり聞かれていたマルヴィナ、びくっとした後、殺気漂う背後をそろ~りと見る。
そこには、またしても酒場で働く姿でかなり怖い笑顔を浮かべたシェナがいた。
「リッカなら今洗濯中よ。で、私は見ての通り」
「…………………………着替えて来い」
「はいはーい」
 軽く答えると、シェナはくるりくるりとステップを踏みつつ奥へ行く。
「絶対楽しんでいるな……」マルヴィナは苦笑。
「いつものことだけれどね」
「キルガ死刑確定だから覚悟しておきなさーい」扉の向こうに消える前に、シェナ。
「早めに逃げるべきでしょうか」おどけて、キルガ。
「いや多分シェナなら憑りつくぞ」真面目な表情でセリアス。
「訂正ー。死刑確定はセリアスに変更」
「いやいやいやいやいやいやいやスンマセン!!」即返答する。
 そうこうするうちに、扉が開く。シェナとルイーダが顔を出していた。
「着替え早っ」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや褒めていないが……シェナ、旅装変えたんだ」
 悟りのワンピース、と呼ばれる、賢者のためにある法衣の一種である。
シェナはスタイルがいいからなのか、すんなりと馴染んでいるように見えた。
「まーね。だって、汚れ、落ちないんだもの」
「あぁ……グビアナのアレか……」
 地下水路でそろって仲良く落ちて泥まみれになった時のことである。
「あら、グビアナ城に行って来たの」ルイーダが髪を揺らして尋ねた。
相変わらず存在感がかなりある。
「あぁ。あれ、ルイーダさん、知っているの?」
 そういえば、と。マルヴィナは、言ってから思い出した。ルイーダは、どことなく、冒険者の面影がある。
けれど、決して、その話を出したことはない――
 でも。知っているんじゃないのか。一人の、“旅人であった者”として――

「何言ってるのよ。セントシュタインの他の国って言ったら、グビアナしかないじゃない」

 あっさりと、彼女は、そう言った。
「……え。……・あ、あぁ、そうか……」
 そうだよな。マルヴィナはそう納得したが、セリアスは、目を細めた。
……何か隠しているな。セリアスは、言葉の裏に隠された真の感情を読み取っていた。
「……そうだ、乾杯でもする? マルヴィナの転職祝い、ってことで」
 話を切るように、ルイーダはそう言った。いいわね、とシェナ。
他の三人からも異論はなく、お願いすることにした。

「マルヴィナー!」
 待つ間に、これからの予定について話し合っていた四人の元に、リッカが返ってくる。
「あ、リッカ。四日ぶり」
「帰ってきたのね。何か飲む?」
 マルヴィナは笑って、首を横に振る。
「今ルイーダさんが用意してくれている。ありがと」
 そっか、と少しだけ唇をとがらせてから、そうだ、と手を叩く。
「ねぇ、何か旅の話、聞かせてよ。お土産、ってことでさ」
「えぇ?」
 話すことと言っても。マルヴィナは考える。果実の話? いやそれはマズい。じゃあグビアナの城……?
話すことといえば……?
「…………………………次に行くべきところなら、あるかな」
「へぇ、決まってるんだ。すごいね。……で、どこ行くの? 私知らないと思うけど」
 知らないのに聞いてどうする、……とはツッコまないでおいた。
「ん。集落でね。カルバドって言」
 うんだ。最後の言葉は、グラスの割れる音にかき消された。

「っルイーダさん!?」
 リッカが悲鳴混じりの叫びをあげる。「怪我はないですかっ」
だが、ルイーダは、放心したように立っていたかと思うと、すぐに顔をあげる。
「……あ、あぁ……ごめんなさい。ちょっと、手が滑っただけよ」
「え、そ……そうですか。……大丈夫なんですね?」
「平気よ」ルイーダは破片を集め始める。
「手伝います」
「いいわよ。せっかくなんだから、マルヴィナたちとお喋りしていなさいな」
 無理やり作ったような、余裕の笑顔。リッカは少し詰まり……頷く。
 ルイーダは、誰にも聞かれないように、小さく息を吐いた。
……つい。手を、緩めてしまった。
カルバドという言葉を聞いた瞬間。未だ、反応してしまうなんて。
「……………………」

 忘れるものか。あのことは、決して。
忘れてはいけない。分かっている。そう思っている。

 ――なのに。


「ミロ……」



 どうして、何かを否定してしまうのだろう。


   ***


 ―――“悠然高雅”アイリスは、闇の中、姿を現した。
『……いるわね? マミ』
 当たり前のように、返答が来る。
『当ったり前だろ。ここに』
 マミ――マラミアの通称である。
 アイリスは頷くと、見えない椅子に腰かけた。
『“子孫”たちがカルバドへ行くわ。落ち着いたら、続きを説明してあげて。
……私たちの存在と……この<世界>の掟のことを』
『はいはい。……でも、アタシらの存在のこと言うのは、アイの役目じゃなかったっけ?』
 アイ、アイリスの通称である。
『えぇ。そのはずだったのだけれど……予想以上に、“子孫”が混乱してしまってね。
時間不足で説明しきれなかったの』
『そーゆーことか。そこは“アイツ”には似ていないんだな』
『そうね』アイリスは溜め息をついた。
『ところでさ、[マイ]は? 最近見かけないけど』
『あぁ……先程、戻ってきたわ。どうやら、“蒼穹嚆矢”に会っていたみたい』
 あそ、と気の抜けた声を出す。
『……ところでさぁ、いい加減、“アイツ”って呼ぶの、疲れたんだけど。普通に名前で呼んじゃダメなの?』
『駄目よ』アイリスはきっぱりという。『どこかで何かに聞かれていたらお終いなのよ』

『相変わらず、慎重だねぇ』

 アイリスの言葉を、別な言葉が遮った。
闇の中に、闇色の短髪が溶ける。
マラミアの紅や、アイリスの金とは程遠い髪色、深海よりなお深い闇の色。瞳は、意志強き翠緑。
 噂すれば影、それは、マラミアのちょうどまさに言っていた――



『“賢人猊下”マイレナ、ただいま帰省』



 もう一人の『伝説』の称号持つ女傑、“賢人猊下”であった。








『お帰りー。いたのかよ』
『ご挨拶だねぇ。ウチはとっくにここにいたんだから』
『へいへい。……で? マイだったよね。“アイツ”のことをマルヴィナに話す役目は』
 マイレナの通称は、マイであった。
『そーだよー。ついでに、称号の事も言っちゃおうかと』
『……時にあなたのその軽さが不安になるわ』
 アイリス、ぐっさりと痛いところを突く。
『まー、そんな心配がらないでよ。大丈夫だって』
『…………不安だわ』
『……………………………………』
 沈黙。

『……まぁ、そろそろ行くな。しかしまーなんつーもったいぶった計画……』
 マラミアが首をぐりぐり動かしながら言う。
『仕方ないわ。私たちは、使命をはたすだけ……』
『分かってるって。……じゃ、またあとで』
 言い残して、“剛腹残照”マラミアは現世へ行く。


 マルヴィナたちの向う大草原、集落カルバドへ。 












               【 Ⅸ 想見 】――完