ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅹ 偽者 】――1―― page2
遊牧民たちが、のんびりと午後の日に当たりながら、牛たちの世話をしていた。
藁を集め、草をむしり、水を汲む。いつもと同じ。いつもの昼。
カルバドの集落を治める屈強な族長ラボルチュに比べ、息子ナムジンは今は亡き母パルに似たこともあり、
線の細そうな、物事を決断するのが苦手そうな青年だった。一応、彼の狩りの腕前がいいことは知られてはいるが、
どうしてもある“一件”が原因なのか、どちらかというと牛豚羊集の世話の方が向いているようにしか見えない。
……このままじゃだめだ。ナムジンは、そう思った。
何としても、奴を。奴を、倒さなければ――
と、ナムジンは、いきなり顔をあげた。耳に飛び込んできた歓声。平穏だったはずの日常が一気に砕け散る。
気になって、ナムジンは草原の住居 包_パオ_ から出る。耳の後ろを掻く。戸惑った時の癖だ。
何だあれ、と、そのまま耳の後ろを掻いている間に、状況は草原の民たちが説明してくれる。
「すっげぇなー、海から来ただか!」
「歓迎するだよ! ささ、遠慮しなすって、どーんと入ってくだせぇ、どーんと」
「……………………………………」
あぁなるほど、と呟き、手を降ろす。どうやら、旅人でも来たらしい。
確かに、草原の民たちにはほぼ縁のないものだ。騒ぎもしたくなるだろう。
しかし。ナムジンは笑う。ようやく見えたその旅人達は―なんだか妙に若すぎる気もするが―見事に戸惑っている。
何か言おうとしているのだろうが、遊牧民たちの声がでかすぎて上手く聞き取ってもらえない。
老人たちがおもいきり、「あんだってぇ?」と聞き返しては
好奇心旺盛な若者たちにうるさいだよ、とかなんとか言われている。
だが、彼には関係のないことだ。
旅人が来ようが来まいが、与えられた使命を貫くだけ。
決して巻き込ませない。決して、邪魔させない。
――― 一人で、やって見せる。
「外したね」
ちっ、とシェナが指を鳴らした。情けない音だったが、身の安全を最優先して指摘するのはやめておいた。
てんやわんやながらもカルバドについたマルヴィナたち四人は、ひとまず女神の果実の情報から探し始めた。
ちなみにサンディは今回、新天地を見に行くためについて行くか牛糞の臭いが嫌なので残るかの条件において、
即刻後者を選んだために、今はここにいない。
何かやること、ある? とマルヴィナが尋ねると、驚いたことにこれまた即答で当ったり前じゃんと返ってきた。
サンディの心配をする必要がなくなったので、心置きなく調査を進めていたはいいが……残念ながら、
果実の情報は誰ひとり持っていなかった。毎日同じ生活を繰り返す彼らが珍しい果実のことを覚えていないはずがない。
「ここには落ちてこなかったのかしらね。……あるいは、海にどぼんした、とか」
「不吉なことを言うなッ」マルヴィナが即座に反応する。
「あら、でも。ツォでは実際に海に落ちていたからねぇ。無駄足になっちゃったらどーするー……?」
こいつ、絶対前世は悪魔だ、とマルヴィナは本気で思った。
「まぁまぁ」キルガが苦笑してマルヴィナをなだめる。
「どうしても無理だったら……マルヴィナの探している人を見つけて、また新天地に行こう」
「だな。いやぁ初めてカラぶったな、俺ら」セリアスが力なく笑う。
シェナが落ち込み組二人を見て、それでも茶化す。
「何か魂、抜けてない?」
「抜けたー」セリアス即答。
「なぁキルガ」マルヴィナが顔をあげる。もう落ち込みから復帰したらしい。
何? と言いたげなキルガの視線を受け止め、マルヴィナは少しだけ真剣な面持ちで言う。
「そう言えば、訊こうと思っていたんだ。……キルガさ、もしかして、アイリスのこと知っ――」
ているんじゃないか。その言葉は、トーンダウンした声によって小さく紡がれる。
「マルヴィナ?」
キルガの声を聞き流し、マルヴィナは視線を上にあげた。
背中が冷たい。嫌な風が吹いたような気がする。全身の血が脈打ったような気がする。
――何かがいるような、そんな気がする。
……その、何かは。
「――――――ガナン帝国!?」
マルヴィナの声に、三人は、同時に反応した。
駆け出したマルヴィナやキルガ、セリアスを、シェナはその背中を見ることとなっていた。
明らかに、駆け出すタイミングが遅かったのだ。
「…………………………・っ」
行きたくない。走れない。でも、行かなければならない。
そう、まだ、知られてはならない。
「ガナン? 何でこうもタイミングよく来るんだよ」
セリアスがマルヴィナを追いながら悪態をつく。
「分からない」キルガが答えた。「もしかしたら、奴らも果実を探しているのかも――あっ!?」
キルガの叫びに、マルヴィナが反応する。走る彼女が、誰かとぶつかりそうになったのだ――実際、
マルヴィナが反応した時には見事にぶつかったのだが。
「……また来たか……」
マルヴィナの微妙な災難、である。
マルヴィナはマルヴィナで。
その誰かとぶつかった時に見失ったガナンの気配に悪態をつきたい気持ちに陥りながらも、倒れた誰かに手を貸した。
「ごめん。大丈夫か?」
誰か、青年は―それはあの族長の息子ナムジンだった―、差し出された手を素直に受け、礼を言いながら立ち上がる。
「あぁ、ありがとう。こちらこそ、不注意だった」
答えを聞いて、マルヴィナは目をしばたたかせた。
ナムジンはその意味を察したのか、少し笑う。
「僕は族長の息子ナムジン。民族を治める立場である者、またはその一族は、
世界標準の言葉に合わせるのがしきたりなんだ」
「あぁ……そうなんだ。わたしはマルヴィナ、つい先ほどここを訪れた旅人だ。……」
答えには納得しだが、何故かまだ拭えない違和感がある。何だ? 違う、今の答えじゃない。気になっているのは。
「ところで君たちは、族長に会いに来たんじゃないのかい? 父上は頑固なお人だ、
あなたたちだけで行けば追い返されるかもしれない」
ちょうど僕も行くところだったんだ、歩きながらナムジンはそう言った。
要するに、問答無用でついて来い、ということだろうか。
「………………………………」
唖然とするマルヴィナに、キルガがガナンは? と確認するように目配せする。マルヴィナはかぶりを振った。
そうか、と肩をすくめ……とりあえずついて行くかと、ナムジンの後ろを追う一行だった。
「……あいつ」
だが、後ろで呟いたのは、セリアスだ。
「……何者なんだ?」
マルヴィナの前を歩く、ナムジンを見て。
族長の包はやはりというかなんというか、なんだか圧倒されるような雰囲気を醸し出していた。
従者らしき遊牧民に珍しげな視線を送られ、四人はナムジンに言われるがまま中に入る――
その時、再び、マルヴィナの中の邪悪を察知する何かが、危険信号を出した。
いる。いる――近くに、この近くに。いや――
――――中に?
「父上、お呼びでしょうか」
ナムジンの声が聞こえる。が、そちらに集中できない。
この中にいるのは? キルガがいる、セリアスがいる、シェナがいる。
ナムジンが喋っている。
族長らしき厳つい顔つきの男が叱咤する。
それをなだめる、薄紫の法衣を纏った妖しい美人。
入り口に立つ、二人の従者――
いる。この中に、ガナン帝国の者がいる――!
マルヴィナが意識を完全に取り戻したのは、そのしばらくの後である。
族長とキルガが話している。どうやら相手は不機嫌なようだ。追い出したがっているのが見える。
「話すことはそれだけか」
屈強な男、族長ラボルチュは低く重く、そう言った(マルヴィナに言わせれば唸った)。
どうやらキルガは果実の情報を聞き出してくれていたらしい。
駄目か、とキルガが諦め、呆けた顔つきのマルヴィナを見て、行こう、と声をかける、
その一瞬前、
――住民の叫び声が、響いた。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク