ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅹ 偽者 】――3―― page3
その音の余韻が完全に消える手前――
マルヴィナの前が、白く眩しく、強く光った。
あまりの強い光に、数人かは目を閉じかけたほどに――が、彼らが目を開けると、マルヴィナの足元には、
濃い茶の毛並みの狼が二匹、体勢を低くして立っていた。
驚き、身を引きかけたが、狼はマルヴィナに忠実であった。そのまま、シャルマナに跳びかかる。
遠吠えがこだまする。次なる呪文を唱えようとしていたシャルマナの集中力が乱れ、頭上で小さな
花火のようなものが破裂した。狼たちは気にせず、遠慮も容赦もなくその爪を振るう。
傷ついた様々なところから、遂に再び、紫色の煙が出始めた。狼たちは飛びのき、
そしてどこへともつかぬ場所へかえって行った。
「……っ、い……今だわ!」
シェナが顔を上げ、言った。「奴の[真の正体]を暴くなら……今の内……っ」
まだぐらぐらする頭を持ち上げ、シェナはシャルマナの前に立った。
対峙する。
何をする気かと見守る草原の民たちに下がるように言って、シェナはゆっくりと、両手をつきだした。
じっとシャルマナを睨む。開いた指先がわずかに震える。風になびく銀色の髪が膨らみ、そしてとけてゆく。
シャルマナが顔を覆い、のけ反った。その瞬間、シェナの手のひらから、凍てつくような波動が巻き起こる!
巻き込まれた仲間たちは、自分たちを襲っていた幻惑から解放され、肩の力が抜ける。
対照的に、シャルマナは、肩を盛り上がらせ、よりいっそう叫ぶ――共鳴するように、あるいはその声に抗議して、
馬や羊や豚たちも鳴いていた。
……その声が、しばらくして、ピタリとやんだ。
煙が薄れてゆく。
中に、姿はなかった――否、そう思えただけであった。
煙が散り始めたころ――その中の姿が見えた。
いたのは、小さな、もしかすればポギーよりも小さな、皺々の、やつれた魔物。
魔力を感じ取れない、ほぼ無力の生物――
それが、シャルマナの、[真の正体]だった。
シェナが言っていたのはこういうことか、と何気なくシェナを見たセリアスは、そのままそのシェナに駆け寄ることとなる。
あまりにも魔力を使いすぎた疲労から、遂にその気を失ったのであった。
俺らのことはいいから話を進めていろと、セリアスはキルガに伝える。
「二度も……正体を偽っていたのか」
ナムジンはそう言うと、遊牧民たちに一瞥をくれる。
「僕は……一回か。民たちと、父上と。初めは、彼女らにも」
(……わたしたちも、一回……か)
ナムジンの視線を受け、マルヴィナはそう思った。
天使という名を偽り、人間という面をかぶせる者。
正体を偽った者たちの戦いだった。
「わ、わらわは……ほ、本当は……何の、なんの力も……ヒッ!」
一歩近づいたナムジンに、すっかりその優雅さの抜け落ちたシャルマナは逃げかける。
が、足がもつれ、そのまま遊牧民たちの前に倒れた。
「いっ……今だべ!」
「止めをさすだー!」
「「待て!!」」
二つの声が、ほぼ同時に重なった。声の主たちは、お互いに顔を見合わせている。ナムジンと、マルヴィナであった。
マルヴィナがナムジンに主導権を譲る。頷き、ナムジンは遊牧民に叫んだ。
「確かにこの魔物が犯した罪は重い。決して許されはしない。だが、魔力を失ったものを殺めて何になる。
それでは、小さな鳥たちを遊び狙う獣と同じだ! 生きるため以外の無駄な殺戮など、虚しくなるだけだ、違うか?」
反応は、ない。大したこと言うじゃんと眉を持ち上げるマルヴィナや、キルガ、セリアス、ポギー以外には。
呆れられてもいい。思ったことを率直に言っただけだ。ただ、それだけ。
「ナムジン」
ラボルチュが、厳しい声で彼の名を呼ぶ。ナムジンは臆することなく、強い眸で、真正面から向き合う。
「はい」
「………………………………」
ラボルチュはそんな息子を見て、心中で曖昧な溜め息を吐く。
「……そいつも、いつまでも人間の輪に囲まれているわけにもいくまい。
その魔物を連れて、戻る場所をつくれとでも言っておけ」
ポギーである。
確かに、ポギーは飼われているわけではない。食料を見つけるのも、寝床を見つけるのも、自分でこなしていた。
ナムジンはいつでも会いに来れるものではなかったから。
野生にいるべきものだったのだ。
だが、その前に、どうしても聞きたいことがあった。
「……何故、こんなことになったのだ、シャルマナ」
尤もである。マルヴィナたち含め、遊牧民たちも知りたかったので、草原は静かになる。
「わ……わらわは、気付いた時には、この地におったんじゃ……ここのやつらは、皆強すぎて……
お、怯えて暮らすのが、嫌だったんじゃ。そ、それで、あの果実に願ったんじゃ、わらわを、わらわを強くしてくれと」
「それであんな姿になっちまった、と」セリアスが呟く。「あの恰好じゃ嫌だったから、また正体を偽った……と」
おそるおそる、頷く。
「欲望は、連鎖を起こす。そして、最期に破滅を招く……か」
キルガの言葉に、マルヴィナが驚いて彼を見る。「それ、イザヤールさまが言っていた」
「あぁ、じゃあ多分ラフェット様から聞いたんだと思う。大抵、そうらしいから」
だろうね、と頷く。そして、ナムジンに向き直った。
「訊きたいことは、それだけか?」
ナムジンは数秒考え込んでから、頷いた。
マルヴィナは頷き返し、そしてシャルマナに近付く。最もひどい目にあわされた奴に近付かれ、
シャルマナは全身に毛があったら逆立つようなくらいにびくびくしてかたまった。
「情けないな。わたしを襲った時の威勢はどこへ行った? ……まぁ、そういうわけで」
マルヴィナは前かがみになり、じーっと半眼で見つめ――そして、いきなりにっこり笑い、言った。
「果実、早く返してくれないかな?」

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