ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――2―― page3
マルヴィナは、改めて絶句した。 ・・・・・・
教会の上にのんびりと座る彼女は、確かにそこに存在している。
霊ではない。
・・
実体で。
「え。……え?」
「反応が遅い。何今更驚いてんだ」
いや、驚くなという方が無理だ。だって―こんな言い方もどうかとは思うが―何で存在しているんだ?
「あーもしかしてまだ疑っているとか? んじゃあ証明してやる――周りに敵の気配は?」
「え? い、いや、……ない、です、はい」
「何故敬語? ……そうだな、知っていることを簡単に――まずわたしの名はチェルスだがこれは仮の名、
本名は事情があって秘密だがわたしの唯一の戦友の名はマイレナ、本名マイレナ・ローリアス・ナイン、
元僧侶で最終的に賢者になった“賢人猊下”、それから“不人間”として“剛腹残照”マミことマラミア、
“悠然高雅”アイことアイリス、前者が武闘家で後者が魔法使い、相当の実力者で
わたしは色々職を転々としていたけれどまぁ最初は盗賊だった、んで最後にマイは言った通り賢者で究極呪」
「わかった、分かったもういい! 本物だ、さすがにそれは分かる!」若干暴走し始めたチェルスをどうにか止め、
マルヴィナは慌てて制した。何処が簡単だ。……しかもまたなんかキャラが濃い。
何故か聞いていた側のマルヴィナが疲れ、チェルスは「あ、そう?」とちゃっかりしている。なんだこの関係。
「あの、驚いたのは、本物かどうかを疑ったわけじゃない。……その……なんか言い方失礼になるが、
何であなたは現世にいるんだ?」
「おぅ、確かに失礼だな」
「先に言った!」
即座にツッコミを入れて、マルヴィナは更に顔を上げた。
隙だらけの、無防備な様子。男装ということを除けば、どこにでもいそうな女性だ。
だが、その実力は。
先程の真空波の、威力――……咄嗟に伏せなかったら、今自分はどうなっていただろう……?
「……ま、ね。一応最近までは、えっと、“未世界”って呼んでいたっけ? そこにいたんだがな。
面倒なことに、ガナンの野郎に甦らされちまったのさ――帝国に手を貸せってね」
「な……ッ!?」マルヴィナは驚愕した。だが、チェルスは変わらず、のんびりと話す。
「わたしの復活に、帝国のヤツラの派遣――いよいよ必死だな、帝国も」
「え、で、その――」
「ばか、誰があんな腐った国に手を貸すか。サッサか逃げてきたっての」
別の意味で絶句するしかなかった。
マイレナよりはずっと常識人に見えるが――別の意味で、常識外れだ。なんだこの人。……人?
「……あの」
マルヴィナは、そっと呟くように言った。んあ? と、やはり気の抜けた声で、問い返してくる。
いったいあなたは、何者なんだ。
そしてわたしは、なんなんだ。
言いたいことが伝わったかのように――チェルスは、にやりとした。
「話してほしいんだろ」
屋根の上に、立ち上がる。不安定な足取りのそこで、だが気にした風もなく続ける。
「ちょいと長い話になるよ。……それでもいいな?」
「…………………………うん。構わない」
「了解」
チェルスは満足げに頷くと――いきなり、爆弾発言をした。
「わたしは天使だ」
『わたしは天使だ』――
マルヴィナの耳と訳し方が正常であれば、チェルスはそう言った。
うん、天使。天使だろうな、なんせ――
「っええええええええええええええ!!」
「はい近所迷惑ーーー!!」
マルヴィナの叫びを叫びで封じるチェルス。「何だったんだ今の間」
「いやあの、完全に、天使界に住んでいるノリで答えかけました」
「言うまでもないがここ人間界な。わたしは天使だ。……さっきも言ったが本名は敢えて秘密な」
「敢えて?」
「敢えて」
「敢えた」
「敢えた。……何だこのやり取り」
傍から見てどう考えても変な会話をし、チェルスは一度わざとらしく咳払いをすると、
屋根の上で伸びをする。危なっかしすぎて見ている方が背筋が凍る。
「えーとね。大体あんたと同じだよ。わたしも落ちて翼と光輪消えた感じ。
……ま、わたしの場合は、原因分かんないんだがな」
「ふぅん……ん?」 …………
答えかけて、チェルスの言葉に引っ掛かりを覚える。――わたしの場合は?
「ちょっと、今の」
「で、こんなナリでのらりくらり旅して、マイに会って、……で、ちょっくらいろいろあってね。
あぁさっき遮られたけれど、あいつ『究極呪文マダンテ』覚えたんだよね」
あっさりと、とてつもないことを言ってくる。
「でもさ、賢者ってのはなんか複雑で。その究極呪文は名の通りすんごい力持っているからさ……
アイツ、自分に流れ込んだその力に耐えられなくってね。……爆発したんだ」
「……爆、発?」
「そ。……あいつ自身が」 ・・ ・・・・
――――――――――――――――っ!! 叫びにならない叫びをあげる。そんなまさか。人間が、爆発する?
(シェナ―――――!!)
脳裏に浮かんだのは、仲間の姿。彼女は、彼女は―――!!
「で、その爆発に巻き込まれたのが、わたしってわけだ。――早い話、その影響でわたしは、死んじまったのさ」
「…………………………」
それほどまでに、強い魔法。強すぎる、魔法。
「未練はかなりあったよ。多分、だから『未世界』に飛ばされたんだろうな……わたしは、
やり残したことがあった。叶わなかったことがあった。……だからわたしは、なりかわりを創った」
いきなり彼女は、天を仰ぎ、口調を変えた。見上げるマルヴィナには、その眸の色は窺えなかったが――
その眸は、はっきりと、強く何かを憎む色をしていた。
「わたしは、ちょっとばか特別な天使の一員だった。割と大きな力を持っていたのさ。
どういうわけか、その力は残っていた。でも、自分を蘇らせるのは無理だった――だから、『創った』」
マルヴィナの心臓が、脈打つ。
それは、その生命体は―――!!
「――――――――あんたをね」
――それが、マルヴィナなのだ。
途方もない話だった。だが、嘘をついているとは思えなかった。
天使でさえ驚愕する、異能の力。
世界はとてつもなく不思議だ、不思議だが――この話は群を抜いていた。
「で、その影響で、あんたはわたしの記憶を若干受け継いでんのさ。
あんたが本来知るべきじゃないことを知ってんのは、それが理由」
沈黙の末、カクッ、と―正確に言えば、カ、クッ、と言ったテンポだった―首を傾げたマルヴィナに
チェルスは思い切り脱力。屋根から転げ落ちそうになりマルヴィナは慌てた。が、落ちなかった。
「あのねぇぇ。あんた、自分が何でこんなこと知っているんだ的なこと妙に知ってんだろ? それのこと」
「え、と―――」
「あぁもう! 天の箱舟が蒼い木に停められるのを知っていたのはわたしが調べたことがあるから!
ガナン帝国を知っているのはわたしが係わったことがあるから!
箱舟の呼び出し方を知ってんのは最初に同じ!
グレイナルが竜だと知ってんのはわたしが会ったことがあるから!! …………どう、分かった?
(ちなみに何のことか忘れた人は>>221、>>387、>>538、>>604に飛んでくれ)」
一気にまくし立てて一息つくチェルス。この持久力は褒めるべきか。
「えーっと、一応理解」
「一応かよ」
「あぁ、だからわたしは昔の天使界のことを少し知っていたんだな!?」
得心いったようにマルヴィナが応えると――チェルスの眸は、またあの色を成す――そう、それは憎悪。
え、とマルヴィナは、少し身を引いて呟いた。それは凶暴な、餓えた獣すら怯む、殺戮の眸。
が――その眸は、彼女自身によって閉じられる。
「……どこまで知っている?」
「……えっ……いやその、……自分では思い出すことができなくて、でも誰かがなんか言ったら、
あぁそんなことがあったっけって思い出す感じで……そんな感じ」
焦って、慌てて、けれどちゃんと言った。いつの間にか俯いていた。
「……そうか」
短く答える。が――その声は、通常に戻っていた。そろそろと、顔を上げる。
が、そこでマルヴィナが見たのは。
「ふ――――――――……うぁぁあ、ねっむ」
「…………は?」
いきなり伸び上って大あくびをする姿。
「あー眠。なぁなぁそろそろ眠くないかー? わたしは寝るのが趣味なんだよー」
「そ、それは趣味と言っていいのか!!?」
さっきの様子の欠片もない、思いっきりだらけた様子である。一体さっきのは何だったんだ。
「いつでもどこでも寝られるぜ。ぶい」
「自慢する事じゃない、なんだぶいって」
「あー眠いそろそろ寝るお休み」
「ちょ、ちょっと待った!!」
棒読みでさらりと言ったチェルスに、マルヴィナは慌てて静止の声をかける。危ない危ない。
「あのさ、明日、急にいなくなるとかやめてよ? ……まだ聞きたいことは山積みだ」
「えー積むのかよーまーいーけどさー」
やはり棒読み。
「まーそろそろガナンがこの辺くるだろーしさーその時は加勢してやっから安心しなー」
変わらず棒読み。……って待て!!
「ちょっ今なんて!?」
「あー眠いそろそろ寝るお休み」
「どこまで戻ってんだ!!」 ・・・・・・
マルヴィナはツッコみ、急いで復唱する。ガナンが来る?
「ちょ、そんな呑気な」
「はいお休み。お腹すいた。備えて寝な。まぶた重い。問答無用。お休みー」
「……………………………………」
マルヴィナはむしろもう呆れて、何も言えなかった。
(……なるべく、里の人は巻き込みたくない)
だが、強い決意は、抱いたけれども。

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