ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅶ 後悔 】――2―― page2


「へぇ……村、ですかい?」
 デュリオ率いる盗賊団の一員が、興味深げに問い返す。マルヴィナは(言葉通り)おごってもらったスナックを
ひょい、と口の中に入れて、頷いた。
二秒で噛み砕いて(!?)食べ終え、続きを話す。
「そう。エラフィタ、ってのどかな村でね。前に行ったことがあるっていうのは、すでに言ったろ?
それが……全部、石でできていた」
「石っ!?」
「ラボオの爺さん、そこまですげぇジジイだったのかっ」
 酒を持ったまま何人かが驚き、中身が少し飛び散る。
「あ、勿体ねぇ」
「すまん」
 マルヴィナはそのやり取りを見て、くすりと笑い、話を元に戻す。



 目の前に広がる、灰色の景色。石のみの世界。
そこにいれば、まるで色を成したものがおかしな生き物であるかのような、そんな雰囲気を漂わせていた。
「……これ、全部、石だっていうの……!?」
 最早疲れている暇など無いように、シェナは言った。
「信じらんない……これ、一体、何年かかったっていうの……?」
「あの小屋の日誌の最後の日付、いつだったか覚えているか?」
 キルガがマルヴィナに訊き、マルヴィナは「……ゴメン」と謝る。
「つい最近だったぜ。一年も経っていない」
 覚えているのはセリアスだ。記憶力[は]いいセリアス、さすがである。
天使にしてみれば最近である一年前、大地震の起こったあたりではあるが。
「じゃあ、一年で、これだけの作品を作ったってこと?」
「まさか。さすがに、それはないと思うが……」
「あ、もしかしてさ」シェナだ。「これは、もっと前から作られていたんじゃないかしら」
「前から?」マルヴィナ、問い返す。
「そう。一番古い日誌の日付、正確には二十九年前だったでしょ。その時から作っていたんじゃない?」
「……何か、分からないことだらけだなぁ……とりあえず、何処かにラボオさんがいるかもしれないし。
探してみよ、う…………て、ちょ、…………・」
 いきなり歯切れを悪くしたマルヴィナに視線が集まる。
彼女の目線と指の先に視線を移すと、彼女の言わんとしていることが分かった。

 石像が一つ、動いているのである。

「……あれ、クロエさん家の前、……石像、……動いているんだよね?」
「……動いてるな」セリアス呟く。
「うわ……きしょっ」
 マルヴィナのフードから、サンディ素直な感想。どうやら今起きたらしい。
「つか、何このジミなとこ? さんちょーっつったら、もっとキレーな場所ってのがジョーシキっしょ」
「あんたの言う綺麗はハデハデきらきらだろ」
 ぼそりと突っ込みつつ、マルヴィナは警戒しながらクロエ宅に向かう。
本来川であるそこも石となっていたので、そこを[歩いて]行くことにした。
「まーさか、アレがラボオとかゆーおじーちゃんじゃないデスよね?」
「……あり得るけれど……あまり考えたくないな」
「マルヴィナに賛成。攻撃、絶対効かないわよ」
「何でも戦い方向に考えるな」
 シェナに突っ込んだのは珍しくセリアスである。



 石像は大きかった。
一番背の高いセリアスと、一番背の低いマルヴィナの頭から腰までを足したくらいである。
 動いていたことから分かるように、その石像には、魂が宿っていた。
“この地を荒らす者は許さない”――石像は確かに、そう言った。

 すなわち、この[村]を守る、石の番人。
 相手は決して、好意的ではなかった――……。



「おおっ、もしかして、そこで戦闘開始っすか?」
 盗賊団の一員が身を乗り出す。シェナはまたビールこぼれるわよ、と言ってから頷いた。
「ま、あっちに暴れられたら、やむを得ないでしょ」
「石だったしね。攻撃のしようがなかったんだ。わたしの剣も、あの一戦で少し刃こぼれしたし」
 マルヴィナが使い込んだ 白金剣_プラチナソード_ を見せる。後からしっかりと刃を研いだのだが、
どうしても小さな欠け部分が目立つ。
「まぁ、それでも、[色々]あってね。何とか倒した」
 そう言って、マルヴィナはひょい、とつまみを投げてみせる。
「あぁっ、それ、俺のつまみっ」盗賊団の仲間が喚く。
「ははっ、悪いね、もらったよ」マルヴィナ、ちっとも悪びれずに答える。
「物を盗まれる盗賊初めて見た」キルガがぼそり。なんとなく、この酒場で一番浮いている。
「すげぇマルヴィナさん。こいつとメンバー変わりませんか?」
「いや遠慮しておく」
 [色々]の中身を説明せずに済んだマルヴィナは苦笑して止めた。
「それで、そのあとは?」
「うん。……ラボオさんに、会ってきた」
「え」盗賊団一味、しばらく固まる。
「その果実食って、生きてたんですかい?」
「いやいやいや、果実食べても死にはしないよ」
「というか、その番人て、ラボオの爺さんじゃなかったのか?」
「いや、違うよ。……彼が果実に願ったんだ。石の村が、永遠に守られますようにと……
それが暴走しちゃって、あんな魔物を生み出したってワケだ」
「はー」盗賊団、納得。
 マルヴィナは続きを言おうとして、一度止める。先に、キルガ、セリアス、シェナに目配せしてから、頷いた。

「……ラボオさんは、腕を痛めて、もう石を彫れなくなって……
だから、もう山の下に降りる気は、ないんだってさ。……少し、悔しそうだったよ」



 マルヴィナたち四人は、 転移呪文_ルーラ_ を使って久々に[本物の]エラフィタを訪れた。
まっすぐ、村はずれの民家、北東に向かって(川を飛び越えるのにはもう懲りた)。
「こんにちはぁ」
 マルヴィナが声をかけと、クロエ――の旦那ジャコスが出迎えてくれる。
「んん? ――おおぅ、久しいのぅ! よう来なすった。して、祭りは一昨日ぞ。遅かったのう」
「祭り……? いやいや、今日はクロエさんに用事が」
「クロエか? 今は地下に行っとるよ。いや、今もまだ、というべきか」

「そこにラボオさんの石切り場があったから?」

 マルヴィナの一言に、ジャコスの顔色がさっと白くなる。
「ど、どこでそれを!?」
「実は、用事というのは、そのことなんだ。――ラボオさんは、最近、亡くなった」
「な……」
 ジャコスは慌て、地下への階段を降り、すぐに戻ってきた。
「す、すまん、手を貸してくれ! クロエの意識がないんじゃ!」
「えっ!?」
 四人は、急いで地下へ降りる。



「ごめんなさいねぇ……私ももう歳かしらね」
 クロエの家で、タオルを冷たい水に浸し絞ったものを、シェナがクロエに渡す。
「ふふ、それにしても、お久しぶり。こんな村に、一体どうしたの?」
「…………」
 四人が四人とも、黙り込む。話しておいた方がいいだろう、と思ってここまで来たのに……
いざ本人を目の前にすると、来るまでに考えていた何十もの説明の言葉が、すべて吹き飛んでしまった。
だが、これでは意味がない。代表で口を開いたのは、キルガだ。
「……ラボオさんのこと、です」
 キルガの声は少し小さめだったが、クロエははっきりとその声が聞こえた。
ジャコスの反応よりいっそう顔色を白くし、黙り込んだ。
「……彼は、最近……ビタリ山という山の頂上で、亡くなられました」
「………………っ」
 クロエの腕が震えていた。ぎゅっと空気をつかみ、がたがたと揺らして。
「……彼は、ビタリ山の頂上に、最後の作品を残されたんです。……それが、このエラフィタの村でした」
「唯一、この家だけ、入れるようにもなってたんです」耐えかねて、セリアスも説明に加わる。
「中にいた人は、二人で……見るからに、恋人って感じだった。だけど、表情が悲しげで……
俺、とても見てられなかった」
「あの村には」シェナも、また。「クロエさんの両親も[いたんです]。……そう、彫ってあったわ」
「だから、ラボオさんは――」
「ごめんなさい、もういいわ」
 マルヴィナが開きかけた口は、クロエのその一言で封じられた。




「……もう、終わったことなのよ」
 クロエは、しばらく黙ってから、そう言った。
「そんな……」マルヴィナだ。「そんな一言で、終わらせるんですか?」
「過去は変わらないわ。今の話で、よく分かったけれど……でも、今更、戻れないのよ」
 マルヴィナが絶句する様を見て、クロエは微笑む。
「あの人がどれだけ私を思ってくれていたのか、今更だけど、確かめられてよかった。でも……それだけ。
それがもっと昔の話だったら、わたしもあの人を待ち続けていたかもしれないわね」
「…………………………っ」
 マルヴィナは黙った。本人がこう言う以上、もう、何を言っても無駄だった。
それは分かっている。理解できる。でも、納得できなかった。

 待ち続けていた人の思いが、届いたのに。

「……マルヴィナ」
 キルガが、呟く。
「…………行こう」
 その、三文字を。



「……複雑ね」
 クロエの家を出てから、シェナが初めにそう言った。
「時は戻らない――か。考えてみれば、そうよね」
「……納得いかないよ。納得いかない……」
「……お節介だったのかな」キルガだ。「逆に、クロエさんを苦しめるだけにしかならなかったのかもしれない」
「後悔、か……確かに、辛いよな」
「運命って、時に残酷よね。人を苦しめて、悩ませて……縛り付ける」
「…………わたしは」
 マルヴィナは、伏せた顔を上げることなく、言う。
「わたしは……まだ、後悔したことがあまりない。だから……クロエさんの気持ちは、分かんない」
 だが、一度拳をぎゅっと握りしめると、辛さを振り切るように、勢いよく顔を上げた。
「だけど……何かに後悔して、事実を受け入れたくなくなっても……わたしは、
現実を見続けようと思う。……そうじゃないと、こうやって今日ここに来た意味が、なくなってしまう」
「……うん」キルガも、セリアスも、シェナも。三人とも、マルヴィナの言葉に、頷く。
「……同じだよ、マルヴィナ。僕らも」
 マルヴィナはようやく、少しだけはにかんだ。




 桜の花びらが、舞い散る。
 過去を悔やみ流した涙のように、それは、静かに落ちていった。








               【 Ⅶ 後悔 】――完結。