ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅴ 道次 】――3―― page1
ダーマの塔。
かつて転職の儀式があったというだけあって中はなかなか神聖な雰囲気を感じさせられた。
しかしこうも魔物が多くては、神聖もへったくれもない。そして。
「……………………・なんでアンタまでいるんだ?」
ちゃっかり横にいる“六人目”変人スカリオもうっとうしい。
「何でって、来ないなんて一言も言ってないよ」
「来るとも言ってないだろっ」
「まぁ、細かいことは――」
「気にするわッ」
「ああ、ようやくボクに気を――」
「前言撤回、気にさわる!!」
……そんな妙にテンポのいい会話が生じた。
案内人・ロウ・アドネスは、先頭にいた。当然の如く、セリアスはその後ろである。
彼は向かってくる魔物にのみ対抗した。逃げ隠れする魔物には、手を出さない。
だが、その一撃の、重さ、鋭さ、正確さ。初老であることなど全く気にならなかった。
一瞬たりとも隙を見せない。代わりに、無駄のない行動をとる。
そんな彼の動きを、セリアスは糸でつながれたように見続けた。これが、バトルマスター……
(常にまわりを意識し、集中する……仲間を、守る為……に)
セリアスの中で、決意が固まってゆく。
ロウの強さに恐れをなしたのか、魔物たちは上階ではほとんど手を出してこなかった。
しんがりのスカリオを狙おうとする魔物もいたが、意外なことにそいつらは
スカリオの剣技の元に次々ひれ伏して行った。
(……へぇ、意外とやるんだ)
マルヴィナはその様子を見て、(ほんの少しだけ)認める。
そんなわけで、意外と早く塔の頂上に着く。それでも、そろそろ夕暮れる前であった。
「……誰もいない……よね」
シェナが嘆息しつつ呟く。「もしかして無駄骨だった?」
「いや」答えたのはロウだ。「こちらだ」
ロウが指し示したのは、明らかに場違いそうな、そこにぽつんと立つ大きな鏡である。
銀色だったのだろうその縁は、今や永の時を超えて灰色にくすんでいた。
「これは己の決意を表す鏡」説明する。
「転職はなまかな決意で出来るものではなかった。
その決意を認められた者のみ、この先の空間へ行けたのだ……だが」
ロウはそのまま呻く。シェナが首を傾げて、言った。
「……確かに、何らかの魔法的な力がかかっているみたいだけど……
どっちかというと、呪いの匂いがしませんか? ……これは、きっと別の入る方法があるはず」
「分かるのか。……だがあいにく私は、魔法的なものの知識はないのでな」
そりゃそーだバトルマスターなんだから、と声に出さずマルヴィナ。
「“光戦士”殿」
「ん?」
ロウの特別な名の呼び方に、反応したのはスカリオである。
「なんだい? ……てか、知ってたのか。ボクのこと」
「無論だ。……任せても良いだろうか」
「あぁ、いいよ。魔法はボクの専門だからね」
前に進み出るスカリオ。
「…………・“光戦士”……?」
「ボク自身の称号さ」
スカリオは至るところを観察しつつ答える。
「知らないのかい? 旅人や城の兵士などには、たいてい称号が付けられる。神殿でつけてもらえることもあるんだ。
世界広しと言えど、同じ名前の人はいるからね。
称号なら、よっぽどのことがない限り同じものは現れない……分かったよ」
スカリオは肩越しに振り返る。「行くかい? この先に」
「行く。当たり前だろ」
「ん。じゃあ、みんな、目を瞑ってくれ。――行くよ」
マルヴィナは、目を閉じた。
身体がかあっと熱くなる。重い風が、彼らをさらった。
***
「っっっっっぱはぁっ!?」
マルヴィナは無意識に止めていた息を一気に吐いた。
「んあぁぁ……苦しかった」
「息止めてるからよ。……っと。お出ましかしら?」
軽くツっこんでから、シェナは銀色の髪を掻き分けにやりと笑った。
鏡の中の世界。
視線の先は、漆黒の魔神。針の如く鋭い二の腕を、その魔神はいきなりの来客六人に突きつけた。
「何だ……貴様ら?」
「そりゃこっちのセリフだよ」セリアスが呟く。「大神官はどこだ?」
「大神官? はっ!」魔神は突き放したように笑う。
「馬鹿め。分からぬか! 今は私は大神官ではない……この力で人間どもを従えさせる魔神ジャダーマである!」
「……俺が馬鹿なのは認めるけどよ。何? つまりアンタ、大神官?」
「魔人ジャダーマと言っておる!」
漆黒の魔神、元大神官は、唇と思しきそこをむぎゅうと歪めた。
「……ちょっと。何で、大神官が、魔物なんかになってるんだ? しかも、……ジャマーダ?」
「ジャ[ダーマ]ね」キルガが吹き出しそうになるのをこらえて訂正する。「……果実のせい、だろうな」
「果実? ……まさか…………うわっ、来た!」
マルヴィナが考えを述べる前に、大神官の腕が襲ってくる。六人はばっと散った。
左にセリアス、ロウ、シェナ。右にマルヴィナ、スカリオ、キルガ。……なんだか謀ったような組み合わせである。
がぁん! 腕が床に叩きつけられ、ヒビを作る。凄い破壊力だ、と四人は思った。
「ジョーダンじゃないって」
マルヴィナは呟き、仕方ないとばかりに剣を抜く。
「……果実が、大神官を魔物にしちゃったってこと?」
「だろうね。……彼の身体から破壊するために」
「……果実に強く願いすぎたって事か。……てことは、元は人間なんだな? 戦いにくいなぁ……」
マルヴィナは嘆息したが。
「いや……大丈夫だ」キルガは答える。
「彼は死なない。果実による呪いなら……彼を倒せば、呪いが解けるはずだ。……あの書物が正しければね」
書物、と言うのは天使界に帰った時にキルガが読んだものである。
「……そっか。じゃあ、……遠慮は、いらないんだな?」
「あぁ。……ま、ほら。既にセリアスもロウさんも、攻撃に専念しているし」
ロウが何かを呟くたびに、セリアスのいい返事が聞こえる。緊張しているのか、張り切っているのか。
いずれにせよ、セリアスは戦いの才能が四人の中では一番長けている。
セリアスなら、なれると思った。彼の憧れる、バトルマスターに。
「……うん。じゃ、ボクもだね。――せっ!」
スカリオの気合いの声が響く。マルヴィナが目をしばたたかせた時、元大神官を除く全員に、光の力が生じた。
きらきらと輝く、聖なる光。
「……な? 何今の?」思わず尋ねるマルヴィナに、スカリオは一度(嫌味に)笑う。
「フォースさ。ライトフォース! 魔物には、それぞれ弱点がある。
その弱点を突き、また自分たちの守りを固める……それがフォース。魔法戦士だけの!」
「……フォース、か」
マルヴィナは少し考える。受けた光の力を感じながら。ジャダーマの、隙を探りながら。
……悪くないかもしれない。この、魔法戦士というものも――いや、スカリオは別として。
ジャダーマが、両手を天に掲げる。刹那、どこからともなく稲妻がほとばしった。
雷は忠実に、敵の位置へ落ちる。呻き声が重なる。セリアスは攻撃への集中から、咄嗟に反応できなかった。
手が痺れ、剣がはじかれる。大きく弧を描いて、剣は飛び――
「わ、ちょっ!?」
……それはシェナの右手に収まる。思わず、彼女は剣を掴んだのである。
片手で。
「……えっ? シェ、ナ?」
剣は、重みのある、本格的なものであった。マルヴィナはその天性の才能からその剣を扱うことが出来たが、
シェナは賢者であり、普段力仕事は任せる方である。そんなシェナが、剣を、しかも咄嗟に――片手で、支えた。
「……あ、せ、セリアスっ!」
「お、さんきゅ!」
セリアスはその事実に気付かなかったらしい(相当攻撃に集中しているらしい)。
マルヴィナとキルガの訝しげな視線を背に感じて、シェナは少し肩をすぼめた。
「……相手の、隙を探る……守りを考えず……確実にダメージを与えるために……」
セリアスは、ブツブツと呟いた。そして、目線をあげる。
元大神官は完全に魔の神に従っていた。マルヴィナには、それが歯がゆかった。
神に絶対を誓うはずの神官が、他の神に従ってる? ふざけんな、そんな怒りが、マルヴィナを静かに取り巻いた。
マルヴィナに生じていた光の力が、だんだんと大きくなっていく。スカリオは一瞬目を見張った。
無防備となるほどに自分の光に集中するマルヴィナ、それに目を留めたジャダーマの攻撃を、キルガがさえぎった。
ジャダーマは舌打ちし(多分、だが)、攻撃の的をセリアスに向けた。セリアスも同じだった。
ただし、相手の動き、隙、そして自分の実力を、冷静に考えて。
ジャダーマとの差、八メートルほど。セリアスは動かない。微動だにしない。
「――――――――っセリアス!!」
マルヴィナがその時、叫んだ。マルヴィナの光の力が、一瞬にして消えた――否、移った。
精神を集中させるセリアスに、マルヴィナの――フォースに関しては素人であるはずのマルヴィナの光のそれが、
セリアスに移ったのである。
あとわずか。セリアスは、動いた。ジャダーマの攻撃を見事なまでにかわす。驚愕に顔を歪める彼の瞳を見る。
そして――斬る!!
……ジャダーマが、叫んだ。
痛み。そして、己が使えていたはずの聖なる神の声が――神の叱咤が――頭に、響いた。
あの剣に――少年の持った、あの剣に、何よりも清らかな、聖なる光が宿った。
それは、あの少女の、チカラ。
光……私は、何をやっていたのだ……何故私が、闇になっているのだ……
私は、光であり続けなければ、いけなかったのに――
黒い煙が、全身を取り巻いている。黒い力が、消えてゆく。
……煙が消えた時、中から現れたのは、力尽きたようにうつぶせになる大神官その人だった。
ぐらつく頭を押さえ、うつろな眸で、初めに目の前に立つセリアスを見る。
セリアスが息をつき、大神官に立てますか? と手を差し出した。
「……私は……一体、何を……してのだ? ……何故、私は……」
「果実」後ろで、マルヴィナは言う。「光る果実を食べた。……そうだろ?」
「果実……? そ、そうじゃ。果実……そうじゃ。
……だが、思い出せるのは……自分が、自分でなくなっていくような……そんな、恐ろしさ……」
言葉をいきなり切って、大神官は切羽詰った表情ではっと顔をあげた。
セリアスの差し出した手を無視して、ふらリ、と立ち上がる。ありゃ、とセリアスが気の抜けた反応をした。
「も……戻らなくては。神殿に、……人々が、私を呼んでおる……」
まだ何かに取り付かれているかのように、危なげな足取りで歩く。
「おっと……送っていくとしようか」
ロウがそう言い、スカリオがそれに続く。マルヴィナが続かないのを見て止まりかけたが、
マルヴィナ以外三人に睨まれたので、そそくさと退散した。
「……で。結局、果実……駄目だったのかな」
「さぁ………………ん?」
シェナの声に肩をすくめたマルヴィナは何となく横を見て、そしてそこにぽつんと残されたものをしばらく眺めた。
「……………………」
それは、黄金に輝く、綺麗な果実――
「………………」
マルヴィナは、それが何か判断するまでに四秒使い、
「ッあああああぁぁぁああっ!?」
叫んだ。セリアスが盛大に驚く。
「うわわっ! 何だいきなり!」
「か、果実だ! 女神の果実だ! まだ残って――たのか?」
「聞くの?」
シェナが最後につっこんだ。

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