ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリー  【 聖騎士 】1


「……ちょっと、だれか、手を貸してくれない!?」

 時は一年前、世界を揺るがせた大地震の起きた翌日のことである。
 世界の東側に、砂漠の大陸がある。その大陸を統治する国の名から、その砂漠は、グビアナ砂漠、と呼ばれる。
すなわち、国の名は、グビアナ。その城下町には、聖騎士団がある。
砂漠の安全を守る役割を持つ聖騎士たちは、その日も大地震の影響を受けて砂漠に変化が起こっていないかを
落ちた針を探すような目つきで見まわっていた。

 叫んだのは、聖騎士団の女小隊長、名をパスリィと言う。
男勝りで負けず嫌いな彼女は、どちらかと言うと異性よりも同性に憧憬の目で見られている。
 彼女は、持ち前の行動力と、槍術の腕前で、聖騎士たちから一目置かれていた。……と言うか、一部は、
パスリィの恐ろしさに負けて従う者もいたのだが、それをパスリィは知らない。
ともかく、彼女のその一声で、彼女の部下である聖騎士たちが四、五人集まってくる。
「この子、大怪我負っているけど、生きてるわ。とりあえず、修道院に運んで!」
 パスリィの指先には、黄砂の舞う中で、異国風な服を身に纏った、十代後半あたりの整った顔立ちの青年がいた。
だが、横倒れになり、全身に傷を負っている。頬と頭から直視できないほどの血を流し、目は開かない。
「こ、これだけ怪我負ってて、生きてるんですか……?」
「あー、つべこべうるさい! 朝の教訓で聖騎士の誇り忘れるなかれ、って言ってるのは、アンタでしょうが!」
「わ、分かりましたよぅ」
 すっかりしぼんだ聖騎士たちに青年を担がせる。かなり華奢だ。だが、言った通り、息はしっかりとしている。
昨日の地震の被害者だろう。だが、この生命力。
もしかしたら、聖騎士の素質があるかもしれない。パスリィは、そう思っていた。



 その青年が目を覚ましたのは、一日と半分が経ったころである。
「……つ……」
 その呻き声に、やることがなくてぼーっ、としていた騎士たちは、即座に反応した。
「……おおおっ! ほんとだ、目、覚ましたぞ!!」
「なにぃ!? くそう、俺の有り金、ほとんどパァだ!」
「ばか、うるさいっての。……よう、兄ちゃん、大丈夫か? まだ痛いところはあっか?」
 聖騎士たちは、頭を起こし、呆然とした表情の青年に、声をかけていく。
「水いるか? 水」
「腹減ってないか? 賭けの勝利祝いだ、おごってやるぜ」
「何ならグビアナダンスホールのおねぇさん呼んでこようか? かなりたくさんの子が心配していたぞ」
「それ、お前が会いたいだけだろうが」
「えぇ、だって、最近入った子、知らねぇのか? かなり初々しいって……」
「あー、コホン」最初に、痛いところ云々を訪ねてきた男が咳払いで関係ない話をする男どもを黙らせ、
いまだ困惑顔の青年を見る。
「………………」
 が、その青年の端整な顔に、だんだんと驚愕の色が見え始める。
青年は、急に、後ろ……否、背中を見、そして、不意に頭を押さえた。
「おぉっと、頭痛か? 鏡要るか?」
「え……あ、お願いしますっ」
 切羽詰まったような青年の声に……不思議な声色に少し驚きつつ……その騎士は
手鏡にしては大きなそれを差し出し、「ほれ」と言った。
「……………………・っ!!」
 青年は、鏡に映った自分の姿を見て、声を失っていた。さすがにただならぬものを感じた騎士たちは
怪訝そうな顔をする。が、やはりその空気を消し去らせたのは、今は鏡を持っているその騎士だ。
「……とりあえず、な? 何かいろいろ混乱してるようだが……初めに、差支えなければ、
お前さんの名前を教えてくれねえか。ここはグビアナ城下町、そしてこの宿舎は聖騎士団のものだ。
俺はハルク、聖騎士団の副団長だ。お前さんは?」
 ハルクと名乗った聖騎士副団長を、青年はまっすぐ見る。そして、名乗る前にとりあえず立とうとして、
痛みが戻ってくる。おっと、いいから、安静にしてな、と言われ、体制を戻し――青年は、名乗った。




「……僕の名は……――――キルガ、です」


   ***


 半日が経つ。つまり、翌日の、朝。
キルガは、起き上がり、頭を押さえた。結局眠れなかった。
 無意識に、鏡を見る。そこには、血だらけとなった天使界の服ではなく、グビアナの兵士の予備のシャツを纏った、
翼も光輪もない、[人間のような]青年が映っていた。
「…………っ」
 キルガは悔しげに、顔を歪める。眠れなかった夜を使って、いろいろ考えて――
そして、自分に起こったことを、大体理解した。


 天使界、世界樹に、女神の果実が実った。
 言い伝えの通り、天の箱舟が姿を現し――だが、刹那、人間界から放たれた邪悪な波動によって、
天の箱舟は砕け散り、そして自分は、天使界から投げ出された――。
(マルヴィナも)
 脳裏に浮かぶのは、その時隣にいた、恋しかった天使。
彼女もまた、同じように、投げ出されていた。片手で、天使界の柱に掴まっていた。
彼女を助けることはできなかった。自分の方が、先に落ちたのだから。

(……助かったのだろうか)

 そう、思う。助かっていれば、うれしい。だが、二度と会えない。それが……悔しい。
 キルガは頭を押さえていた手を降ろした。もう痛くない。傷は残っているが、そうたいしたことはない。
 生命力は、天使のままのようだ。ということは、翼と光輪を失っただけで、自分はまだ天使なのだろうか。


 しばらくの時間が過ぎてから、キルガは立ち上がって扉を開けた。
声のする方へ向かい、開きっ放しのドアから部屋を覗く。
「ん? ……おぅ、キルガ。って、起きてて、大丈夫なのかよ?」
 声をかけてきたのはハルクだ。えぇ、と軽く答え、おはようございます、と挨拶する。
「ええ――っ、もう回復しちまったのか!?」
「こんな短時間だって誰も考えてないぞ!」
 騎士たちがそろって頷く。また賭けの対象にされていたのか、とキルガは苦笑した。
「ふぅむ……お前さん、そんなナリしてっけど、なかなかの生命力じゃねぇか。ただもんじゃねぇな」
「ちくしょう、うらやま憎らしい! 丈夫でしかも女にモテモテなんて、そうそういるもんじゃねぇぜ!」
「うるさいっての。お前、今37だろ? そろそろ身を固める覚悟をもちやがれ」
「覚悟はあるぞ!」
「相手がいないだけで、だろ」
「それを言うなそれを!!」
 騎士たちがどっと笑う。“女にモテモテ”のくだりがいまいちよく分からなかったのだが(自覚していない)、
とりあえず、助けてくれたことへの礼を述べる。
「ま、それが仕事でもあるからな。それに、助けたっつーか、見つけたのは、パスリィだしな。いいってことよ」
「おぉ、そういや、パスリィの奴、兄ちゃんの目が覚めたら呼ぶように、とか言ってたな。呼んで来いよ」
「えぇ――、俺がかぁ!?」
「俺も勘弁だー!」
「情けない奴らだなぁ」
「じゃぁお前が行けよっ」
「それとこれとは話が別であ~る」
「逃げるなぁ!!」
「…………あの」
 ほとんどキルガそっちのけの討論(?)に、キルガ本人が口をはさむ。
「……僕自ら行って来ます。助けてくれた人に、来いとも言えませんしね」
「っおおお、兄ちゃん、よくぞ言った!!」
「くぅ、丈夫でイケメンで丁寧で優しいなんて、完璧すぎんだろぉ!」
「…………はぁ」
 どう反応しろと言うんだ、とは、キルガは言わなかった。



 そんなわけでキルガは、ハルクに案内されて、噂のパスリィを尋ねる。
「まぁ、見てわかると思うが、こっちは女騎士の宿舎だ。女といえど強いからな、気をつけろよ」
「……えっと、何にですか?」
「襲われんなよってことだ」
「………………………………」
 反応のしようがない。

 朝の見張りに立つ女騎士に朝の挨拶をし、パスリィを呼んでくれ、と言う。
見張りの騎士はキルガに見惚れること数秒、いそいそと扉を開け、若干上ずった声で「小隊長~」と呼ぶ。
「何? 朝から」
「あの、副団長さんが」
「ハルクが? 何だってのよ……」
 小隊長と言えど副団長の名を呼び捨てにしていいのか、とキルガは思ったのだが、その考えを読み取ったのか、
ハルクが横から小声で説明を入れる。
「パスリィは敬語使うのが嫌いでよ。団長以外はいつもあんなんだ。まぁ、その代わり、
部下にも自分を呼び捨てで呼ばせてっけどな」
「あぁ……いますね、そういう人」
 なんとなくマルヴィナの姿がちらつく。
パスリィは短い髪をガシガシ掻き、面倒くさげにハルク――の横の青年を見る。たちまち目を見開き、
ざかざか大股でやってきて、キルガをじ―――っ、と品定めするように見る。

「…………ふぅん。もう、歩けるんだ」

「……はい?」
 開口一番がそれか、とは言わないが。
「名前は?」
「……キルガです」
 出身は、とか聞かれたらどう答えようか。とりあえず、ベクセリアと答えるか――いや、それは危険だ。
 だが、そんなキルガの思考内容を読み取れるはずもなく、パスリィはいきなり、「あんた」とか言う。
名乗った意味がない。
開かれた扉の奥で、数人の女騎士たちが物珍しげな視線を扉の外に送る。そして小声で、だがしっかりと騒ぎ出す。
「見える? 見える?」
「うん、分かる分かる! かっこいー!」
「えぇ、見えないよぉ。副だんちょーさん、ちょっとどいてー!」
 誰をネタにしているのかは言うまでもない。
 ともかく、パスリィは相変わらずキルガを品定めの目で見続けつつ、次なる言葉を言う。
「……聖騎士になりなさい」
「……………………」
 キルガ沈黙。
「……………………は?」
 答えたのは、ハルクだ。
「アンタはいいから。キルガ、ね。聖騎士になりなさい、っての。返事は?」
「ちょっと待ってください。……何で、いきなり、……それなんですか?」
 一応は反論の義理はある。会ったら真っ先にお礼を言おう、とキルガは考えていたが、どうやらその余地はない。
「分かってないわねぇ。あんた、あの大地震の被害者でしょ? あんたこの砂漠で、血だらだら出して倒れてたのよ?
どー考えても、普通助からないような怪我負ってたのに、二日で歩けるほど回復したなんてまずありえないでしょ?」
 まさか天使ですから当たり前ですと言うわけにもいかないキルガ、
「そうなんですか」と言うことでわざと詳しい説明を逃れる。
 横で黙らされていたハルクは、たまりかねて助け舟を出す。
「……いや、おいパスリィ、ちょっと待てよ。そりゃいくらなんでも唐突すぎ――」
「ま、それはそうね」
 あり? とハルクが首をかしげる。何かやけにあっさりと引き下が――

「だから、今からあたしが聖騎士についてみっちり教え込んであげるわ」

 ――っていなかった。