ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――3―― page2
旅の支度を始める。
天使界に戻ると思って売ってしまった薬草などを戻すために道具屋へ行ったり、食料をもらったり、
マルヴィナはリッカに新たな料理を教えてもらったり……支度が整うのに、そんなに時間はかからなかった。
必要なものをそれぞれ背嚢や腰巾着にまとめ、四人は話し続けた。何かの抜けていた日々を、埋めるように。
だが。
「それにしても……サンディには、申し訳ないことしたな」
マルヴィナは小さく、そう言った。
「箱舟には乗らないで……せめてそのまま地上にいたら、箱舟が襲われることもなかったんじゃないかって、思って」
「……マルヴィナ?」
セリアスが、訝しげに言った。
「果実も奪われちゃって、さ。……本当、ごめん」
「マルヴィナ、どうしたんだよ。らしくないぞ」
「………………」
セリアスの問いに、マルヴィナは黙った。
「……まさか、マルヴィナ――」
キルガははっと気づき、その手を止めた。
(まさか――裏切られた、から……)
ずっと慕ってきた師匠、大切だった師匠。彼に裏切られたのが原因で――マルヴィナは、変わってしまったのではないか。
セリアスも気づいたらしい。らしくない、と言った自分の言葉を、後悔しているようだった。
「……なんか、さ。最後の最後で、油断していたんだろうなって思う。
……本当は、あの時の師匠……怖かったんだ。でも、逆らえなかった」
「マルヴィナ」イザヤールをあえて師匠、と呼んだマルヴィナの心情を思うと、心苦しかった。
「そんなに自分を責めるな。……マルヴィナのせいじゃない」
「あぁ、キルガの言うとおりだ。マルヴィナは悪くない。……悪いのは、ガナン帝国だ」
幼なじみたちから励まされ――マルヴィナは、少しだけ笑った。
シェナはずっと、顔を伏せていた――……。
ナザム村周辺の魔物はともかく、少し離れた大地に生息するものはどれも強敵だった。
ライノキングの突撃を、 紅き旋風_レッドサイクロン_ の真空呪文を躱し、アロダイタスの岩投げを避け、
死霊の騎士の眠り攻撃を受け流し、ブラッドアーゴンの吸血を免れ、そして斃す――そうこうしているうちに、
すっかりあたりは夜になってしまった。
「しまったなぁ……こんなに遠いとは思わなかった。ラテーナ、待たせちゃうなぁ」
「仕方ないわよ。ここで屍になったら一生待たせることになるわ」
シェナがさらりと、さりげなく恐ろしいことを言って、肩をすくめた。
「ところで……本当に良いの?」
不寝番のことである。彼女は、戻ってきたばかりで、つい最近目を覚ましたばかりだというマルヴィナに
気を使って自分たちが不寝番をしようかと言っているのだ。
だが、マルヴィナはそれを断る。
「いいんだ。それに、どうせ寝られない」
マルヴィナは笑って、そう答えた。だが、その笑顔は、どこか無理をしているようだった。
けれど――シェナは、それ以上は言えなかった。言ってはいけないような気がした。
隣でセリアスのいびきを聞きながら、キルガは――やはり起きていて、虚空を眺めていた。
が――眠れない上に隣から聞こえる[少々]うるさい音に我慢するのも疲れたので、キルガは起き上がり
少しでもマルヴィナに休んでもらうためにとテントの外に出た。
「あれ、キルガ……まだ早いよ?」
たき火に薪代わりの枝を入れながら、マルヴィナは答えた。
「いや、いつもの通り隣の誰かのせいで寝られないから」
キルガの真面目な口調の冗談に、マルヴィナは思わず吹き出した。
「とにかくマルヴィナ、」
「代わるつもりはないよ。シェナは静かだけれどね」
すべてを言う前に否定された。キルガは空いたままの口を閉じてやれやれと苦笑した。
夜空は満天の星が散りばめられていた。今夜は、新月だった。
マルヴィナは包帯を外していた。キルガは、ざっくりと刻まれた、その痛々しすぎる傷に――思わず、目を細めた。
「……治らない、のか」
キルガは、小さく、本当に小さく、言った。
マルヴィナは空を見上げたまま、まぁね、と答えた。
「時間もたっているし、深すぎるし。……まぁ、傷が浅くなることはあるだろうけれど、残ることは、残るだろうね」
「………………………………」
キルガは空を眺めて、口を開く。
「……謝るのは、僕だって同じだ」
「……?」
マルヴィナはいきなり何かと、キルガを見る。彼は視線を空に上げたまま、続ける。
「守りたくて、後悔したくなくて、聖騎士の道を選んだのに……結局、僕は何もできていない。名ばかりの、聖騎士だ。
魔物と戦って、そこで守ることだけが、役割じゃない。……それなのに」
キルガは、拳を固めた。
「……なのに、届かなかった」
マルヴィナが落ちた時に、伸ばした手。届くことのなかったもの。
「肝心な時に、動けなかった」
イザヤールの剣の前に倒れるマルヴィナに――仲間のもとに、駆け寄れなかった、弱い自分。
「……じゃあどうすればいいんだって、考えても……所詮は机上の空論にしかならない。行動に、移せないんだ。
それで、あとから、後悔ばかりする」
「……キルガ」
マルヴィナはキルガの腕を握った。キルガは思わずどきりとして、マルヴィナを見る。
「……自分を責めるなって言ったのは、キルガじゃないか。キルガも、責めないでよ」
「………………・僕は」
キルガは、優しく、哀しく、笑った。
「僕は、もう後悔したくないんだ」
後悔するだけの自分に、何の意味がある? それを生かせないのなら、ただあぁまた駄目だった、の連続にしかならない。
「後悔なんて、誰だってできるだろ。……そうでありたくはないんだ。もし、このままだったら」
キルガは腕に込められた力を気にせずに、言う。
「……僕は聖騎士なんかじゃない」
「キルガ」ぐっ、とさらに力を込めた。その腕は、華奢ではあるけれど、ずっと丈夫で、ずっと強い。
「キルガは、聖騎士だ。でも、悩みがあるうちは、まだそうじゃないかもしれない。
後悔なんて誰でもする、それを生かせないことだってある、でも」
マルヴィナは、ぎゅうと、いつの間にか彼の袖をつかんでいた。
「それでもキルガは、聖騎士だ。……だって、こんなに、考えてくれているんだから」
マルヴィナの言葉に――キルガは、少しだけ意外そうな貌をする。
聖騎士だ、と。それでも、そう言い続けてくれる。
マルヴィナは、キルガを、聖騎士として認めている。
そんな仲間が、言葉ひとつで思いを軽くしてくれる幼なじみが――キルガには、たまらなく愛しく思えた。
「……あぁ」
マルヴィナに手を離させ、キルガは今度こそ、本当に微笑んだ。
「あぁ……ありがとう、マルヴィナ」
流れ星が一筋、空を横切った。

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