ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――3―― page1


 紅い鎧――というよりかは、赤みがかった黒い 鎖帷子_くさりかたびら_ に身を包んだ、
小柄な騎士が風に髪を流し目を閉じていた。

 ……“漆黒の妖剣”、ルィシア。
これこそ、彼女の戦闘姿と言って等しい。
娘がこんな無骨な鎧に身を固めるのは何とも注意を引く姿だが、彼女のいるのは、とある不毛地帯である。
周りには誰も、いなかった。


“― 標的――ナザム村、ってところかしら ―”

 そういうなり、真っ先に反応した女騎士がいた。
ルィシアはそれを見て、眉をひそめた。その騎士のことは知っていた。
[あの四人]に近づき、監視していたもの。そして、生き別れた弟を探しているといつか言っていた騎士だ。
 『標的』、それは、帝国にとって最も驚異的になるだろうと言われている、“天性の剣姫”マルヴィナであった。
“天性の剣姫”を討った者には、昇格、そして一つ願いを思うままにしてやろうと――帝国内で、発表された。
それほどまでに、既にあの四人、特にマルヴィナは知られていた。
……無理もない。なぜなら、“天性の剣姫”をよく知るもの、天使イザヤールが帝国に手を貸しているのだ。
彼らの存在は、最早知らぬほうが馬鹿、という扱いをされている。

 ……この騎士が反応したのは、ナザムの言葉だった。
ルィシアは騎士を見て、そう思った。
ルィシアは昇格や願い事に興味はなかった。ただ、マルヴィナを、
剣の腕に冴えたものを、打ち負かしたいという思いしかなかった。ひとりで行くつもりだった。
だが、その騎士に、同行させてくれと言われ、食い下がられてはさすがのルィシアも渋々承諾するしかなかった。
「お前に“天性の剣姫”は討てない」
 そういっても、騎士は、飴色の髪を持つ女性は、答えなかった。




 現在その騎士には、ナザム周辺を探らせてあった。
『標的』がいるのは、そこだと知っていたから。
……白ピアス。マルヴィナがエルシオン学院で拾った、あの小さな粒は、もちろんただのピアスではなかった。
それは――帝国の兵を管理するために組み込まれた、発信機である。
つまり、ピアスを所持するマルヴィナの行方は、ルィシアには筒抜けだったのだ。
だからこそ、取り戻さなかった。



 ――ぴ、と。探りに行かせた騎士から、通信が入る。
ルィシアはそれに何とも気だるげに応じる。
 姿の見えない騎士は、その中で、『標的』が移動した、と告げた。
ルィシアは深々と溜め息をつく。そんなもの、発信機を見れば一発のことだ。そう思って、行方を探す――
「なによ。変わって、ないじゃない」
 通信機から聞こえる、困惑の声。
「全く同じ場所だわ。……寝惚けているの?」
 慌て繕う声を、ルィシアは完全に無視した。
「とにかく、正確な情報だけ伝えなさい。――分かってるの?」
 返事は、ない。
苛立った拍子に、その騎士の名を思いだす。せめてもの一括にと、ルィシアはその名を呼ぶ――

「分かってるの、“紫紅の 薔薇_そうび_ ”、ハイリー・ミンテル!!」



 ……しばらくして、震え気味の声が、了解を意味する言葉を発した―――。



 日が昇り始める。
例によって早い時間に目を覚ましてしまったキルガは、なんとなく、の思いに導かれて外に出ていた。
リッカの勤務時間にはまだ早いようで、カウンターには別の従業員が立っている。
対照的に、ルイーダの勤務時間は終わっていて、酒場は実質営業時間外とされていた。
見慣れた酒場も、なんだか別のものに見える。

 朝日が差し込み始めた。ちらほらと、早起きが好きな人々の姿が見え始める。おはようございます、と会う人皆に言う。
「おはよう。なかなか珍しいな、君みたいな若者がこんな時間に起きているのは」
 そう言ったのは、確か近くで靴屋を営んでいる主人だ。
「……良い朝だな。多分今日は、いいことが起きるぞ」
 主人はそう言い、笑ってキルガの肩をポンとたたき、散歩に戻った。
キルガは目を細めた。……起きてほしい。
今日こそ、笑って、お帰りと言いたかった。


 キルガは宿前の井戸に腰かけて考え込んだ。
大分、日が昇ってきている。そろそろシェナも起きるだろう。セリアスは……まず起きないだろう。
 ……果実は奪われ、箱舟は再び壊れた。
サンディは箱舟が落ちた後、セントシュタインに来て、
ちょっと厳しいからしばらく修理に出張する、……という内容をいつもの珍妙極まりない口調で三人に説明した。
 ……果実を探していた帝国。
七つそろったことで、強大な力を持ったであろう女神の果実。
 それが、敵国に。
それは非常に、危険なことであった。帝国、と名乗るのだ。恐らく、このまま野放しにしておけば、
人間同士の争いが起こる。……そう、戦争、という形で。
人間と魔物の戦いにだって悩まされているのに、まして協力すべき人間が、争う。
……それは、愚かしいことだ。
そんな考え、人同士が争うことを思いつく人間の心が、彼らにはわからなかった。
人は魔物ではない。ちゃんと、言葉が通じるのに。

 ……止めなければならない。
果実を奪われた者[たち]の責任を持って。

 だから、そのために。早く、四人に、サンディも含めて、いつものメンバーに戻りたかった。
早く帰ってきてほしい。マルヴィナ――



「あれっキルガ?」



 いきなり、背中から声を掛けられ、キルガはらしくもなく盛大に驚き――しかもその驚き場所が悪い、
井戸の上という不安定な場所に座っていたキルガは、バランスを崩して背中からそこに落ちそうに――

(っってのはさすがに不味いだろ!!)

 と自分自身に咄嗟に心中でツッコミ。
慌てつつも腕を頭の上に伸ばし、両手を井筒に必死の思いで突く――恰好としては、
井戸の上で腕だけブリッジをしているような、傍から見て妙に情けない姿になっているのだが、
そう見えないのは美形の特権か。
ともかく本人はその情けない姿を解除するために、腹筋を使って体勢を立て直す。はぁ、とため息を吐き、
そして落ち着いてようやく、声の主を正しく判断する――




「っマルヴィナ!?」




 それは、昨日セリアスと話していた――帰りを待ち望んでいた恋しい人の姿だった。






 マルヴィナが帰ってきたのはすごくうれしかったし、お帰りとも言いたかったが――
返ってきた瞬間のあの醜態をさらしてしまったのがキルガには大いに落ち込み要素だったらしく、
再会を喜び抱き合うマルヴィナとシェナ、屈託なく笑うセリアスの隣で、凄く微妙な笑顔を見せていたのであった。
 マルヴィナはサンディの行方を尋ね、少し顔を曇らせた。
今は、待つしかない。しばらく会えないかもしれないのは、悲しいけれど。
「こりゃまた目立つところに怪我をしたなぁ」
 ところで、セリアスが頬をかいて言った。もちろん、マルヴィナの頭の傷である。
「んー……多分もう、治らないんじゃないかと思う」
 言葉こそ軽い調子だが、声は重い。
 だが、重苦しい沈黙が来る前に、マルヴィナは言葉の調子を変えた。
「ごめん、実は、用事を残してきたんだ……もし、よかったら、手伝ってほしいんだけれど」
「どうしたの?」シェナ。「何でいきなり他人行儀っぽいこと言ってんのよ」
「よかったら、って、いいに決まってんじゃんか。な、キルガ」
 未だ若干沈鬱的な表情(もちろんそこまで酷いわけではないが)のキルガを、セリアスは『サッサと起きろ』的な
意味合いも込めて、バシッと背中をたたいた。……凄い音であった。
「え、あ、あぁ、もちろん! ………………」
 言ってから、じわんとやってきた痛みにキルガはぷるぷる震えた。
今頃背中に紅葉がくっきり浮き上がっているに違いない。
「……うん。ありがと、みんな」
 マルヴィナは笑った。笑えることが、うれしかった。